第48話「キス、してもらっていいですか」
「ガルシアさんっ」
少女を見たまま、ガルシアは目を見開いた。シルヴィの身体の中で、アグネはププッとほくそ笑む。
(最初は距離取って〜、段々と詰めようかなぁ)
それにしても、ガルシアはこんな容姿が好みだったのか。アグネは心の中でチッと舌を鳴らす。
色仕掛けには向かない体型だから、いつもとは趣向を変えようとしているらしい。とてとてと魔道士に近づくや抱きつく訳でもなく、ただ上目遣いで相手を見つめた。
「ガルシアさん。好きです、大好きですっ! あの……」
アグネは自身の唇を艶っぽく舐めて、頬を赤らめる。微動だにしない魔道士の首に、そっと腕を回す。空気は桃と紫の雲煙が混ざり、彼女の魔力が部屋全体を包み込んでいるとわかった。
「キス、してもらっていいですか」
「……」
ガルシアの表情は固まったままだ。しかし、アグネの頬に手を添えると、徐に顔を近づける。
(んっはああ、キタキタ!)
んー……と目を閉じて口づけを待つアグネ。ガルシアは親指で軽く彼女の頬をなぞり、興味なさげに目を細めた。
「なんなのお前」
「へっ」
心なしか、周囲の空気が凍りついた。
「 な、なんなのってなんですかあっ! 私はシルヴィですよガルシアさん!」
辺りの魔力がざわめくのを感じて、ガルシアの顔は険しくなる一方だ。アグネは心に冷や汗をかきつつ、腕をブンブンと振って言葉を紡ぐ。
(そんな、まさか)
「身体だけだろ、早く返せ」
(わ、私の完璧な魔法が、)
まるで効いてない!!!???
ガルシアには魔法が異様なまでに効き辛い。それは既に把握済みだった。その為、最初から魔力を全開にして誘惑しているのに、この男は!
黒魔道士の眼が、ギラギラと怒りの色を秘める。それはアグネを沸騰させるかの如く強烈で、凍てつくような冷たさを持っていた。
「シルヴィは何処だ」
「……な、何よぉっ! 私じゃ不満なワケ!?」
右手でほっぺを鷲掴みにされ、とんだ間抜け面を晒すアグネ。なんとか引き下がろうとするも、最早意味を成すことができない。アグネはやけくそ気味に自身のシャツの前を全開にし、胸に手を当てて怒鳴った。
「ほら! このちんちくりんが好きなんでしょ⁉ 触ればイイじゃん、なんでもするしぃっ!」
「ちんちくりんじゃない伸びしろがあるだけだ」
お互い一歩も引かぬ言い合いに、部屋の温度は幾分か上がったようだった。アグネは半ば目をぐるぐるさせながら必死に吠える。
「私の方が可愛いじゃん!」
「誰」
「ア・グ・ネ!」
「知らない人……」
「はあ!?」
ふるふると首を振るガルシア。彼は人差し指で空中に弧を描いた。すると、ポッカリと黒い穴が生成される。己の魔力が穴に吸い取られるのを感じ、夢魔はギリギリと歯を鳴らした。
「なんなのよっ、ホントっ、ワケわかんない……!」
「こっちのセリフだ」
(マズい、マズいマズいマズい)
何か、現状を変えてくれる何かが必要だ。
アグネの切実な願いは、すぐに叶えられることとなる。部屋の扉が唐突に開け放たれ、第三者が現れたからだ。その者の後ろに、アグネの撒いた魔力は微塵も無い。
「ガルシア様ー……ってあれ、お嬢さん?」
(……このっ、この気配、嘘でしょ)
知ってる。
夢魔があからさまに動揺した様に、ガルシアは眉をひそめる。現れたエスは口元に笑みを貼り付けたまま、「ああ」と言葉を続ける。
「違うね」
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