第22話「魔性の男」

 フェリトル王国国王、グレイス・フェリトル。フェリトル王家は、かつて魔王を封印した勇者の血族だと伝えられている。空色の長髪は光を帯びているようで、シャンデリアの下でキラキラと輝いた。端正なかんばせにキリッとした紅の瞳。容姿端麗、頭脳明晰、最高の地位。望めば何でも手に入るこの賢王は、魔物の去った謁見室で玉座に着いた。


「先程は悪かったな」

「別に」


 さっきとは打って変わり、立ったまま、憮然とした表情で国王を見上げるガルシア。キッシュとシルヴィは跪きながら、激しく動揺する。


(勇者の血族のくせに、魔物の耐性がないのか)


 周りの兵士も混乱する中、大したことないと開き直る魔道士を前に、国王は怯むことなく続ける。ガルシアの心中を見たかのように返答した。


「俺の血は薄いぞ。勇者の加護というものは、ほぼ無い」

「……」

「濃い奴も居るがな」


 ふ、と口角を上げるグレイスが誰を連想したかはわからない。束の間、王の瞳に何かが垣間見えた気がする。

 気を取り直した国王は頬杖をついた。仁王立ちしたまま微動だにしないガルシアに、問を投げかける。


「何故逃した」

「シルヴィがそう望んだから」

「あれはまた騒ぎを起こすぞ」

「そんなことない。シルヴィと約束してた」

「シルヴィ、シルヴィと……己の意志も持たぬ腑抜けか、貴様は」


(人の名前そんなに連呼しないで……!)


 話題の少女はトホホ顔である。

 国王の冷たい眼差しを感じ、周囲の兵士たちは必然的に身をこわばらせる。キッシュとシルヴィは最早動く気すら起きないでいる。王たらんとする青年の威圧プレッシャーに、人々は固まるばかりだった。

 ガルシアは口をへの字に結んだが、目を伏せて冷静になるとまた言葉を放つ。


「……あの魔物は珍しい。雑魚じゃない。言葉も使えるし、複数人を一気に操っていた。それも、まだ年端も行かない個体だった」

「だから何だと言うのだ。尚更危険ではないか」

「俺だって倒そうとしたけど」


 今日はやけに話さなければならないシーンが多い。少しの苛立ちを胸に、ガルシアは顔をしかめる。隣にはシルヴィが居るから、あくまで穏やかに、冷静に。


「あんなの一匹倒したところで何も変わらない。それよりも、殺さずの誓いを立てた上で外界に放って、他の魔物に干渉させるべき」

「また闇堕ちするかもしれんが」

「その時は倒す。二度目は無いし、あれより俺の方が強い」


 魔道士はきっぱりと言い切る。堂々たる姿勢は自然と周囲の目を引き、赤髪の青年に魅入られる。


「……魔性の男だな、貴様は」


 口角を歪める王に、親睦の欠片など一片たりとも無いようだった。選択次第で脅威にもなりうるガルシアを、丁重にもてなすつもりは断じて無いらしい。せっかく天災を払ったのにと文句を言うつもりは無いが(自分が原因でない訳でもないし)、これほど邪険にするとは何か理由でもあるのだろうか。

 グレイスは目を伏せると、諦観したように片手をひらりと振った。


「キッシュ、そしてシルヴィよ。面を上げろ」

「は!」

「はっ、はい」


 命令口調に、二人の身体は反射的に動く。シルヴィはやっと見ることのできた真の王の姿に、少しだけ惚けてしまう。


(かっこいいなあ……凄い怖いけど)


 笑えばもっと素敵だろう。断じてそんな場合ではないが、空気を読まない思考が彼女の中で生まれる。


「キッシュ、よくやった。下がって良い」

「は!失礼致します!」


 キッシュは深く一礼すると、歳を感じさせぬ足取りで謁見室から立ち去る。しばしの沈黙の後、グレイスは再度口を開いた。


「……して、シルヴィと言ったか。このような魔道士の道連れにして、すまぬな」

「えっ」


 まさか謝られるとは思っておらず、動揺のあまり声が出てしまう。ぱちくりと目を瞬かせるシルヴィから目を逸らすも、国王は眉一つ動かさない。


「……魔道士及び付添人シルヴィは、しばらく城内に滞在せよ」


 グレイスの命令に、唖然とするシルヴィ。ガルシアは何処か不服そうながらも納得せざるを得なかったようで、「わかった」とだけ呟いた。封印以前の記憶の影響だろうか、多少国王を舐めてはいるものの、あまり反抗するつもりは無いらしい。付添人、というなんとも微妙な立ち位置の彼女だが、こうでもしないとガルシアは拒否するのだろう。国王も大変だと割り切り、シルヴィはこくりと頷いた。


「はい」

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