第20話「ボクに頂戴」

「凄い」


 シルヴィがぽつりと言葉をこぼした。彼女の素っ気無い一言に、ガルシアはうんうんと頷く。

 基色は赤。装飾は金。まさにその二色で構成された謁見室。絢爛豪華という言葉がぴたりと当てはまる、シルヴィの家が十数件は建ちそうな広さだ。


(にしても、変わった)


 ガルシアも城の変貌具合に好奇心が湧き、年相応にきょろきょろと辺りを見回している。

 途中、何処かで変な音がした。ドプン、というような、とにかく不思議な音だ。

 注意深く辺りを見回しても、そこにあるのは高そうな調度品ばかりだ。気のせいかとガルシアは瞬きをする。

 窓際には兵士が姿勢よく並んで立ち、この国の兵隊における規律の良さが見て取れる。キッシュはシルヴィたちを引き入れた後、二人よりも先、王座の前で、片膝をついて頭を垂れた。慌てて真似るシルヴィと、なんとなく釣られたガルシアはさておき。先程までとは違う、歳が感じられる硬い声を轟かせる。


「失礼致します、国王陛下よ。例の天災を薙ぎ払いし魔道士と、その付添人の少女をお連れ致した」

「……ごく……ろ」


((声ちっちゃ))


 ざわ、と胸が跳ねて渋い表情になる二人。一国の主声ちっさ、私の国の王様どんな人なんだろう?と一瞬にして畏敬の念が飛び去る。しかし、国王はシルヴィたちが頭を下げてから入ってきたため、その顔はまだ見ることができていない。とても気になる思いはシルヴィと同様にガルシアもだったが、彼は彼なりにマナーを遵守しているらしい。意外とそこはきっちりしており、顔は上げなかった。

 しかし、周りも様子がおかしい。沈黙が痛い。

 キッシュとガルシアはちらりと横に立つ兵士を見やった。兜から覗く顔は皆虚ろだ。


((おかしい))


「お、恐れながら!」


 パッと顔を上げたキッシュは、そのまま硬直してしまった。口をあんぐりと開け、目をみはったまま。ぞくっと鳥肌を立てたシルヴィは、勢いよく国王の方を見上げる。しかしガルシアのローブによって視界は遮られ、彼はと言えば、半ば睨みつけるように玉座を捉えた。


嚥下えんか音だった……魂の」

「んーと…… もしかして見えてる?」


 そう言って魔物は、また一つ魂を呑み込む。噛まずに、まるで液体かゼリー状かのように、つるんと喉に滑り込ませた。ドプン、とお腹に魂が溜まる。

 玉座に座っていたのは、上等な衣服だけが艶やかな、虚ろな人間だった。生気を失い痩せ細った面持ち。成人を迎えたくらいの青年であろうか、綺麗だったであろう空色の長髪は今や蓬髪ほうはつとなり、国王にはまるで見えない。

 そんな人物の上、玉座の背もたれに腰を据えて足をぶらぶらさせるそれは、一見魔物には見えない。お腹がぽこりと膨らみ、桃色のモコモコアフロといった髪型の幼年男子。周りには兵士たちから抜き取った魂がふわふわと浮いている。彼は魂を、一個、また一個と掴んでは、お菓子のように軽々と腹に入れてしまう。

 呆然とした表情のまま固まったキッシュに、異変が起きた。口から、魂が抜き出ていく。勝手に、自然に魔物の元に漂っては、順番待ちをするかのように他の魂の横で止まった。


「んーと、んーと。まだ魔力が足りなかったのかなあ。この人たちもろくに動かせないし! やっぱりお人形遊びはつまんないや」


 ドプン。魂を呑み込んだ魔物は、勢いをつけて玉座から飛び降りる。格好良く赤い絨毯の床に降り立ちたかったのだろうが、その目論見は外れてしまったようだ。すってーんと派手に顔面ダイブを決めたそれは、泣きべそをかきながらも一生懸命立ち上がった。


「やーめた」


 拗ねたように鼻を啜った魔物。彼の一言がまるで呪文だったかのように、虚ろな顔をした兵士たちは倒れ込む。国王はだらりと上半身を折り、キッシュもまた床へ伏せた状態だ。

 いつもと変わらないお昼の日差しが窓から差し込んでいて、逆に不安を煽らせる。


「が、ガルシアさんっ、何がどうなって……」

「見たら駄目だ」

「ひっ」


 ガルシアは馬車の時と同じく、いやそれ以上の力を込めて、シルヴィを腕の中に閉じ込める。

 普通の人間があれを見たら、魂を抜かれる。あれはそういう類の魔物だ。

 魔物の幼子は赤くなった目元をそのままに、また一つ魂を頬張った。ドプンとお腹に入れると、ぺろりと舌なめずりをしてみせる。


「んー、と。イマイチおいしくない」


 難しそうに顔を歪めた後、真ん丸な目を輝かせてガルシアを見つめた。口からよだれが垂れている姿はまさに幼児そのものだが、纏う気配は異形でしかない。


「……ねえ、おいしいモノ持ってない?」


 ボクに頂戴。

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