第12話「二人きり、ってやつ」

「がっ、ガルシアさあん……!」

「んー……?」


やめてください、なんて声は出すに出せず。喉にキスをされるととてもくすぐったくて、思わずくぐもった声を上げてしまう。慌てて両手で口を抑えるシルヴィに、ガルシアは幸せそうに笑った。


「はあ…………………………可愛い」

「間が長い!」

「そこなんだ」


外はすっかり真っ暗である。先程まで野営していた兵士たちも既に就寝したのだろう、焚き火はとうに消えていた。見張りの兵士を除いて、起きているのは馬車内の二人だけだ。

ガルシアはさっき渡された毛布をシルヴィにも掛けると、彼女にすり寄る。もふもふの赤髪を少女の肩に預けると、たまらないと言うように笑みを零した。


「二人きり、ってやつ」

「すいません兵士さん居らっしゃいませんか」

「シルヴィ」


生憎と、扉の閉じた馬車からは声が届かないらしい。観念したように口元を歪め、名を呼ばれた少女は魔道士の方を向く。両手は自身の前でパーにして、警戒態勢はバッチリだ。

その様子に、ガルシアは一つ息をつく。


「怖がられるのは……やだ」

「すっ、すいませんでもちょっと本当にあのあのえっと、ま、魔法使わないで下さいね!」


事を犯されては大変だ。寝てる間に悪戯されるのも堪える。暗闇に浮かぶオッドアイに息を呑んで、ギュッと目をつぶった。

ガルシアの、淡々とした声が耳朶を打つ。


「君くらい、魔法なんて使わなくたって……えい」

「ええっ」


えいって掛け声を初めて聞いた!

その思考の次に認識したのは、自分の置かれた状況。目の前には暖かく少し硬い胸板、絹のようなローブの感触。背中には二本の腕がしっかりと回されており、身動きができない。ふんわりと、家の柔軟剤の香りがした。

抱きしめられている……!


「ううう、ガルシアさんっ!」

「君の嫌がることはしない。抱きしめられるのは……嫌なこと?」


上から覗き込んでくる彼の瞳は真っ直ぐだ。とても整った顔立ちだから尚更たちが悪く、シルヴィは顔を真っ赤にして狼狽えてしまう。目をぐるぐるさせながら、声を上ずらせた。


「いっ、嫌っていうかそのっ、世間様の目がですねっ」

「今は俺と君だけ。遠慮なんていらない」

「そうではなくて! えーと、えーと……!」


答えられずにもごもごとしていると、徐に頭へキスの嵐が振り下ろされた。最早上に向くことすら叶わず、しっかりとした体躯を見つめる他ない。

止めないと。ずっとガルシアさんのペースに呑まれていってしまう……!

んぐぐ、と唸った後、シルヴィは一気に右拳を突き上げた。


「もう、おしまい! 終わりですからねー! あっ」

「Oh……」


突き上げた拳はガルシアの顎に命中。空を仰ぐ魔道士は静かに痛がっている。なお、シルヴィを抱きしめた手は離さない。

あわあわとテンパる少女は、顎をよく診ようと顔を近づけて謝る。


「ごっごごごめんなさい! 当たると思ってなくてっ」

「ううん君がくれるものならなんだってごほうっ」


ご褒美、と言いかけた口が塞がれる。シルヴィに向き直ろうとしたガルシアだったが、そこには顔を近づけたシルヴィが居たのだ。角度的に、位置的に……二人の唇が触れた。

双方目を見開くと硬直する。暫くの後、シルヴィが息を止める限界だろう、とガルシアからそっと顔を離した。シルヴィはただ口を開閉させる。じんわりと涙が浮かんでくるその様に、魔道士は胸をドキリとさせた。 


「ち、違うんです、これは事故で」

「偶然? どうかな」

「が、ガルシアさん〜!」


およおよと困り果てる彼女に、一抹の満足感すら覚える。ガルシアはまた素直に笑うと、腕の中からシルヴィを解放した。すかさず距離を取る彼女に苦笑しながら、自分の隣をぽんぽんと叩く。


「今日はもう何もしない。寝よう」

「約束ですよ。もう……」


信じてくれる彼女が好き。

ガルシアは毛布をシルヴィに渡す。汗ばんだ彼女を見て、そうか暑いんだと今の季節を思い出す。ローブに身を包んだ自分を氷魔法で冷やしていたから、気づけなかった。そっと両手で円を描くと、そこに小さな氷の球ができ、空中に浮遊する。シルヴィが不思議そうな声をあげた。


「ガルシアさん、これは?」

「これで馬車の中を涼しくできる。だから、寝て」

「なるほど……クーラーですか。ふふ、ありがとうございます」


シルヴィはにこりと笑ってお礼を述べると、その直後に寝息を立て始めた。余程疲れていたのだろう。壁に寄りかかって寝る少女は、ガルシアの目に、儚げに映る。


「俺の肩に寄りかかってくれるまで……どのくらいかな」


すやすやと眠るシルヴィの隣で、魔道士はそんなことを考えた。

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