第8話 「これはもう結婚したも同然」

 朝日が窓から差し込んで、私の目元に直撃した。段々眩しさに覚醒していく意識は、昨日の出来事を思い出させる。上半身を跳ね起きさせた。

 雀のさえずりが耳に心地よい、爽やかな朝だ。ソファから降り立って伸びをすると、そのまますっぽりと背後から抱きすくめられる。


「おはようシルヴィ。寝癖ついてる君も好き」

「おはようございます、離してください……」


 朝も早くから頬を染める私に、未だ眠たそうな瞳の黒魔道士様は素直に応じた。両手をパッと上げるとソファから遠のく。しかしすぐに動きを止めると、今度は私の姿をじろじろと見つめ始めた。

 居心地の悪さから、私は苦々しげに彼を見上げる。


「な、なんかおかしいですか?」

「おかしい。こんなにパジャマの似合う人間なんて居たのか。やはり天使か……」

「まだ寝ぼけてるんですね」


 いちいち取り合っていたら埒が明かない。私はため息を1つ吐くと、着替えを手に脱衣所へ向かった。

 ガルシアさんは私をぼーっと見送った後、そのまま手早く着替えを済ませたらしい。


「……あ。そうだシルヴィ、」

「きゃああ!?」


 唐突に私の前へ姿を現したガルシアさん。私の悲鳴に驚いたのか、はたまたそれ以外が原因か。端正なオッドアイは大きく見開かれて、眼球に反射する私が見えるかのようだ。何せまだ着替え中、下はズボンだけれど上は下着のままだったから、とてつもなく空気が固まっている。

 私は押し殺した声で彼に呼びかけた。


「あっ、あっち行ってください!」

「……」


 少しキツく言ってしまっただろうか。そんな私の心配をまるで気にせず、ガルシアさんは無言のまま頷いてリビングに去って行く。何かしら言われるかと思っていたから拍子抜けしてしまった。慣れって怖い。

 そんなこんなでバタバタと着替えるシルヴィを他所に、ガルシアは弱々しくソファに腰を下ろしたようだ。両手を組んで頭を凭れ、盛大にため息をつく。


(ピンクのフリル付きとか……萌え死にそう)


「朝から刺激強すぎ……俺の俺が持たない……」


 下半身に集中する熱をなんとかしよう。でもこれどうすればいいんだろう、トイレを借りるのも手だが天使のトイレで不純なことは断じて致したくない。熟考の末、そっと氷魔法で萎えさせることにした。鋭い冷気に、なんとか自分を押さえ付ける。することが無くなってそわそわすると、近くに落ちている新聞を見つけた。読んでいるふりでもしようと広げると、何やら難しい言語だ。(なんだろうこれ)と思っているうちに、ようやく自分が逆さに持っていることを悟った。


「朝ごはん作りますね」

「! う、うん」


 素早く切り替えたらしい、彼女の柔らかく朗らかな声。仰ぎ見れば白いノースリーブにデニムのショートパンツを身につけたシルヴィが、ちょうどピンクのエプロンを着けるところだった。思わず頬が緩みそうになるが、唇を噛むことでやり過ごした。包丁のリズミカルに刻む音、湯がグラグラと煮立つ音を鼓膜に響かせ、そっと目を閉じる。


「新婚みたい。これはもう結婚したも同然」


 それなら新婚旅行先は何処にしよう。綺麗なオーロラの見える雪国? 絶景のオアシスが魅力の砂漠の国もいいかもしれない。なんにせよ、彼女と行くなら何処だって楽園だろう。子どもは2人は欲しい、男女1人ずつ。名前は自分たちの名前から取って付けよう。シルヴィと名前すら1つになれるなんて……正直たまらない。しょんどい。


「朝ごはんできましたよ、こっちに来て一緒に食べましょう」

「ちょっと待って……今君が2人目産んでるから……」

「え゛」


 頬を赤らめて妄想に耽る魔道士に、シルヴィは眉をひそめた。

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