遅刻の迷宮

 

「遅刻遅刻~」

 委員長のたわわな胸を一秒でも多く拝みたかった僕は、目覚ましを止め、迂闊うかつにも寝坊をした自分を叱咤しったしながら食パンをくわえ、オレンジ色のカーブミラーがぽつんと立ちすくむ十字路へ勢いよく駆け込み、目覚ましが鳴るベッドの上へと立ち戻った。

 妙だ―――とは思ったものの、胸を拝まねば僕は死ぬ。ので、再び目覚ましを瞬時に仕留め、「遅刻遅刻~」と食パンをくわえ、夢の通りに、オレンジ色のカーブミラーがぽつんと立ちすくむ十字路へ駆け込み、そして再びベッドに目覚めた。ループにちたと気が付いたのは、食パンをくわえること三〇回目の朝だった。

 どうしてループへちたのだろう。まったくもって見当がつかない。別に悪いことはしていないし、酷い目にあう理由もない。僕はただ、委員長のたわわな胸が大好きすぎる平凡な高校生でしかない。とにもかくにも、僕はこの理不尽なループから抜け出さなければならない。でなければ一生、いや、永遠に委員長のたわわお胸を、僕は手に入れることができなくなる。それだけはどうにか避けねばならない。 

 ループ世界から抜け出すため、ありとあらゆる方法を試すことにした。十字路への突入がループ原因なのではと思い迂回路を駆けたり、その日に外出することそのものが原因なのではと、母の怒号を無視するまま、延々と部屋に引き籠もったりもした。が、結局のところどうしたって、僕はループにちてしまった。

「きっともう、どうしたって抜け出せぬのだ」

 何百回もの試行の末に悟った僕は、死を選ぶことは怖かったので、抵抗することそのものを諦めた。繰り返される時間に自己を溶かし、廻り続ける日々を選んだ。目覚ましを止め、寝坊を叱咤し、食パンをくわえ「遅刻遅刻~」と、オレンジ色のカーブミラーが待つ十字路へ駆け込む―――そんな日々を無心で続けた。

 が、とうとう限界がきた。ある日僕は本当にどうしようもなくなって、十字路の前にへたりこんだ。虚無でいることそのものに疲れた僕は、気付けばわんわんと泣いていた。

「死んでもきっと、死ねないだろうなあ」

 ―――せめて最期に、委員長のたわわを拝みたかった

 無念のまま、喉元へ包丁を突きつけたとき―――僕はある場所に『あるもの』がずうっと映っていたことに、このときようやく気が付いた。

 どうしていままで気が付かなかったのだろう。十字路の奥に据えられた、オレンジ色のカーブミラー。その中央に。あの、たわわな胸―――僕の大好きな胸を有する委員長が、ばろろんばろろん胸を弾ませ、僕と同じく、十字路へだあっと駆け込むさまが、はっきり映っていることに。

「―――ユリイカわかったぞ

 ひらめくまま、ベッドの上へ戻った僕は、目覚ましを止め、迂闊うかつにも寝坊をした自分をたたえながら食パンを「くわえず」、オレンジ色のカーブミラーがぽつんとたちすくむ十字路へ、勢いままに駆け出した。 

『遅刻をする食パン少女との衝突と出逢いの現象―――それを正しく引き起こすためには、もう片方の人物、つまり男性側が、食パンをくわえていてはならない』

 磁石のS極とS極が、決して出会えぬのと同じだ。遅刻をしたたわわ美少女が、食パンをくわえるまま勢いよく十字路へ駆け込んでくるならば、こちらもそれにこたえるべく、食パンなしの平凡な高校生として、十字路へ突入せねばならない。

『委員長のたわわ胸と運命的に出逢うこと』

 これこそがたわわの神が引き起こしたであろうこのループ世界から抜け出すための、たったひとつの解法なのだ。そんな馬鹿なと思うだろうが、僕にはこれしか救いがない。信じるしかない。

「たわわの神よ。私をたわわの先へと、みちびいてくれ」

 僕は神に祈るまま、運命的な出会いをすべく、食パンをくわえぬ少年として、十字路の中心へ突入した。

 ―――きゃあ

 食パンをくわえ、究極的に理想的なたわわ胸を有する委員長が、眼前に現れた僕に驚き悲鳴を上げている。

 この解法は正しかった。

 僕の勝ちだ。

 ―――という確信もつかの間、「きゃあ」と悲鳴を上げた委員長の背後から、ナンバープレートを顔面にくわえた凄まじき形相の4tトラックが、「遅刻遅刻~」と云わんばかりに猛スピードで突進してきて、勢いままに僕を飛ばした。

「ぐはあ」

 五〇mはヤングをし、僕は地面へちて死んだ。が、気付くと僕は、究極的に理想的なたわわ胸―――委員長の『たわわ』とまったく同じ形状をした『たわわ』を有するそばかす美少女に、草原の上で優しく介抱されていた。異世界らしい。

 異世界そばかすたわわ美少女は、何故かこの世界にも存在するのであろう、六枚切りくらいの厚みの食パンを口にくわえるまま、僕の頭を膝へのせ「大丈夫ですか」と心配そうに、僕をじいっと見据えている。

わせわざかあ」

 僕は思い、思って彼女のたわわをんだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る