第八章 魔人同士の対決・その6

 三〇分後。


「なるほど。こんな人目のあるところで、よくけりをつける気になったなって驚いてたんだけど、不気味なくらい人の気配がないな」


 ヒロキくんが河川敷のサッカー場でつぶやいた。夜中、ユウキちゃんと出会い、その後、アズサと長話をした場所である。まだ昼間だというのに、本当に人の気配がない。ザクロが人払いの術を使ったためであった。そのザクロと魔人がサッカー場の中央に立っている。ザクロは上半身をグルグル巻きに縛られていた。それで猿ぐつわ。ヒロキくんが目を細めて魔人をにらみつける。


「やっぱり腕がつながってやがる」


 気どられないように小声でひとりごちてから、あらためて口を開いた。


「よう魔人。もういいだろ。ザクロちゃんを放せ」


 大声で言うヒロキくんに、魔人が苦笑した。


「その前に確認するぞ。本当に閻魔大王にチクリは入れてないな?」


「安心しろ。約束は守ってる」


「それ、どうやって証明できる?」


「俺は武道をやってた。もう引退したけど、一応の誇りはある。その誇りに誓って嘘は吐いてないぜ。そもそも、このへんに牛頭や馬頭なんて鬼や死神軍団が潜んでるように見えるか?」


「ふむ」


 魔人が笑いながらサッカー場を見まわした。だだっ広いし、自分たち以外に誰もいない。土手のむこうまで不明であるが。


「わかった。とりあえず、それは信用してやる」


 返事をした魔人が、ザクロを縛り上げている縄に手をかけた。鉤爪の形にして、ひょい、と振り下ろす。ザバザバザバ、という派手な効果音とともに縄が切れた。これだけで、魔人の体術が尋常ではないことがわかる。ヒロキくんも眉をひそめた。とはいえ、逃げるわけにもいかない。


「ほれ、もう行っていいぞ」


 魔人の許可をもらうと同時にザクロが走りだした。半ベソをかいている。怖かったのだろう。


 ただ、いきなり抱きついてくるとはヒロキくんも予想してなかったようである。ギョッとなるヒロキくんの身体に、中学生サイズのザクロが両手をまわしてきた。


「ごめんねヒロキ、心配かけて。私、役に立てると思ってたのに」


「い、いやいや、べつに。気にしなくていいから」


 目を白黒させながら、ザクロの頭をなでるヒロキくんであった。好かれてるとは想像してなかったらしい。


「もう大丈夫だから、怖がらなくていいぞ。しかし、縛られてる状態で、よく人を寄せつけない術をかけられたな」


「人払いの術のときだけ、縄をほどかれたから。それで、腕を振って術をかけたら、また縛られて」


「縄をほどかれたんなら、その場でズラかればよかったんじゃないか?」


「髪の毛をつかまれてたのよ。逃げようとしたら、力まかせに引っこ抜くぞって脅されて」


 ヒロキくん、ザクロの頭から手を離して、ザクロの黒々としたポニーテールをながめた。あらためて魔人に目をむける。


「おまえ本当に最低だな」


「言い訳するけど、ありゃ、ただの脅しだった。本当にやる気はなかったぜ。嘘も方便って奴さ」


「ま、いいか。俺も信用してやる。詮索しても仕方ないし。それからザクロちゃん、アズサさんが心配してたぜ。朝から見えないけど、どこに行ったんだって。早く帰って、元気な顔を見せてやりな」


 ザクロに言い、ヒロキくんが歩きだした。心配そうな表情のザクロには一瞥もしない。


「あ、あの、ヒロキ?」


「早く行きな。また人質にとられたら面倒だ」


「でも、あの、もう私、手も自由に動かせるから。ふたりがかりで戦えば――」


「それはできないんだよなー。俺にはこれがあるもんでね」


 ヒロキくんから目をそらさずに魔人が言い、ポケットに手を突っ込んだ。とりだしたのは、ヒロキくんの魂が入ったガラス瓶である。ザクロがおとなしくなった。確かに、これでは魔人の言いなりになるしかない。ヒロキくんが振りむかずに口を開いた。


「じゃァな」


「う、うん。それじゃ」


 ザクロが言い、腕を振った。その姿が消える。あとに残るのはヒロキくんと魔人のみ。


「もうひとつの約束も確認しようかヒロキくん? ほら、ふたつ目の奴。ほかの死神女たちはつれてきてないよな?」


「つれてきてるように見えるか?」


「そりゃ、見えねーけど。連中、瞬間移動ができるからな。つれてきてないってフカシ入れて、いざってときに、いきなり俺の後ろから斬りかかってくるってパターンもないとは言えねーし」


「さっきと同じだ。武道精神と誇りに誓ってそれはない。信用しろ」


「裏切ったら赦さないぜ」


 言いながら魔人がガラス瓶に目をむけた。


「そうだな。こっちにきな」


 言いながら魔人が歩きだした。魔人の考えがわからいながらも、ヒロキくんがついていく。魔人はサッカー場の外のベンチまで歩き、その上にガラス瓶を置いた。


「とりあえず、ここに置いておく。どうせ何をしたって死なないんだ。お互い、手も足も動かなくなるまでブッ飛ばし合いやって、俺が勝ったら、俺はここから去るから、その後で持っていきな。ヒロキくんが勝ったら、そのときはそのときで好きにしていいぜ」


「なんで俺に直接渡さないんだよ?」


「べつに渡してもいいけど、それで、どこにしまうんだよヒロキくん? このあと、バトるって約束だったろうが。考えなしに胸ポケットに入れて、俺がハートブレイクショット撃った拍子にバリンってなっても、それは俺の責任じゃないぞ」


「あ、そうか。わかった。じゃ、そこに置いててくれ。しかし、人質とるような最低野郎だと思ってたけど、バトるとなったら、急に正々堂々とした態度をとるんだな。蔑んだらいいのか感心したらいいのか、よくわからない奴だ」


「俺が使いたくて汚い態度を使ってると思ってたのか? 戦争と差別を知らない世代はこれだから困る」


「そりゃー悪かったな。ご老人」


「ご老人はないだろが小僧。まだまだ若いもんに負ける気はないぜ」


「七歳の閻魔姫に言い寄るようなロリコン趣味に勝つ気なんてねェよ」


「ほう? 勝つ気なんてねェ? ヒロキくん破れたり、だな」


「ロリコン趣味と暴力行為をごっちゃにするな。殴りっこになったら話はべつだぜ」


「じゃ、それを証明してもらわないとな」


 言いながら魔人がベンチから離れた。ヒロキくんもである。


「で、もうはじまってるって判断でいいわけか?」

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