第五章 命・その1

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 その後、普通に五時間目の授業も終了し、帰り支度をはじめたヒロキくんが、いそいそと教室をでた。ユウキちゃんが目をむける。談笑していた島崎晶ちゃんがつられて視線を変えた。


「どうしたの? ユウキ?」


「ヒロキくん、どうしたのかなって」


「どうしたって、普通に帰るんじゃない? もう学校終わったんだし」


「ううん。普通じゃなかったな。いつもと違う」


「いつもと違うって、どういうふうに?」


「左手で鞄を持って、右手を上着のポケットに入れてたから。いつもなら、右手に鞄を持って、左手はブラブラさせてるか、ズボンのポケットに突っ込んでるのに。あれ、マナーモードで着信がきてたんじゃないのかなァ。それで、右手を上着のポケットに入れて、スマホをいじってたんだと思ったり思わなかったりするんだけど」


「シャーロック・ホームズかあんたは」


 晶ちゃんが半分あきれて半分感心したような顔をした。二学年にあがったときは、興味のないクラスの男子の名前を覚えるだけで半年かかったのに、気になる相手に関しては別格らしい。ユウキちゃんがカバンを持って晶ちゃんに手を振る。


「ごめんね晶ちゃん。私、今日、ひとりで帰るから」


「あ、そう。それはべつにかまわないけど、なんで?」


「ちょっと、気になることがあってね」


「ヒロキのこと?」


 笑いながら訊く晶ちゃん。一瞬置き、ユウキちゃんが笑みを返した。


「実は、その通りなんだ。ボタンさんのこと、話したでしょ? ヒロキくん、なんでもないって言ってくれたけど、やっぱり気になって」


 実際は年頃のボタンじゃなくて小学生の閻魔姫がヒロキくんにつきまとってるんだが、さすがにそこまではシャーロックユウキちゃんにも読めなかったらしい。晶ちゃんが苦笑する。


「じゃ、行ってきなさい。がんばってね」


「うん。ありがとう」


 と言って、フワラカフワラカとユウキちゃんが教室をでていった。掃除当番が机を片付けはじめる。晶ちゃんも教室をでると、もうユウキちゃんの姿もヒロキくんの姿も見えなくなっていた。


「ユウキ、いつも言ってたね。自分は天然ボケじゃない。養殖ボケだって。前々から、ギャグだって思って笑って聞いてたんだけど」


 ここにはいないユウキちゃんにむかって晶ちゃんがつぶやいた。口元がニヤついている。


「まさか、本当だったとは思わなかったな。ちょっと驚いた。二年間、うまくかわいい娘を演じて好きな人に近づいたのはいいけど、あわててるせいか、メッキがはげかけてるし。そんなにヒロキがお気に入りとは思わなかったよ」

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