第四章 噂・その5

「ヒロキ、話がある」


 と、昼休みに声をかけてきたのは、同じクラスの津村と後藤の通称クルクルパーズであった。こうして見ると、結構ガタイのあるふたりである。


「なんだクルクル坊主? テルテルソースとタルタルパーズの話はもういいのか?」


「微妙に言いにくい言い間違いをするな。クルクルパーズとテルテル坊主とタルタルソースだろうが。と言うか、クルクルパーズとはなんだ。第一、テルテル坊主とタルタルソースは昨日の話だし」


「今日は、ナタリー・ポートマンとニコール・キッドマンは、どっちの名前が男らしいか、で、少しな」


「はァ? 何を言ってるんだ? ナタリーもニコールもハリウッド女優じゃねえか。男らしさならデニス・ロッドマンが一番だぜ。というか、そんな理由で昼間からバトルばっかやってると、そのうち停学になるぞ。停学に」


「やかましい。おまえだって、もとは俺たちとバトルってただろうが」


「そうそう。俺たちのなかで、一番強かったくせに」


「そりゃ中学の頃の話だろ。俺はとっくにドロップアウトしたぜ。もう関係ねえよ。それで? 話って?」


「いや、大した話じゃないんだけどな。――おまえ、ボタンって女の人と同棲してるって本当か?」


 大した話である。一瞬置いてヒロキくんが目を剥いた。


「その話、誰から聞いた!?」


「おまえと同姓同名の女子が言い触らしてるぞ。ヒロキが同棲してるって」


「ユウキは同姓でも同名でもねーよ」


 あきれた顔でヒロキくんが立ちあがった。左右を見まわすと、教室の隅でユウキちゃんが島崎晶ちゃんたちと話している。


「ユウキ」


「あら、なァに? ヒロキくん?」


「まァ。いいから。ちょっと。こっちへ。とにかく」


 ヒロキくんがユウキちゃんの手をとった。


「本当に仲がいいわね、あんたたち」


 なんて冷やかし気味に言う晶ちゃんに返事をする余裕もヒロキくんにはなかった。ユウキちゃんをつれて教室をでる。


「俺とボタンさんが同棲してるって、どういうことだよ?」


 人けのない非常階段まで行って、ヒロキくんがユウキちゃんに訊いた。ユウキちゃんが、ボケっとした表情で小首をかしげる。


「私、そんなこと、言ってないけど?」


「はァ? だって、津村と後藤のクルクルパーズが言ってたぞ」


「誤解があったのかな。ヒロキくんが、姫ちゃんていうかわいい小学生の女の子と一緒に住んでて、それから、ボタンさんていう綺麗な女の人も、なんの付き合いがあるのか、居候してるらしいってことは私も言ったけど? 一緒に住んでるとか、居候ってことと、同棲って、意味が違うでしょ? ヒロキくんも言ってたし」


「あーそれでか」


 火のない所に煙は立たぬと言うが、ヒロキくんの場合、それっぽい消し炭がくすぶっている。納得しかけたヒロキくんだったが、あらためて困った顔でユウキちゃんを見つめた。


「で、なんでそんなこと、ベラベラしゃべったんだよ?」


「しゃべっちゃいけなかったの?」


「だって、常識で考えて――」


「昨日、ヒロキくん、私にむかって、普通に説明してくれたでしょ? 私に話してくれるってことは、誰に言ってもいいことなんだろうって思ってたんだけど?」


「――だったら、ユウキが家に帰ったあと、夜中に自転車こいで占いの館までおまじないの本を買いに行ってるって俺が言い触らしていいわけか?」


「べつにかまわないけど? 犯罪を働いてるわけじゃないし。少しは恥ずかしいなーって思っても、それは仕方ないじゃない。それに私、ヒロキくんに、これは秘密だからって言ってないもの。ヒロキくんが言いたいんだったら、私、とめる権利もないし」


 相も変わらず、飄々と言う。このへん、少しばかりヒロキくんが押され気味だった。恋愛がらみになったらヒロキくんの鈍さがユウキちゃんのアプローチを一切合切スルーするんだが、そうでなかったら、ユウキちゃんのボケっぷりに一日の長があるらしい。そもそも、このふたりはどっちがボケでどっちが突っ込みなのか。ヒロキくんがため息を吐く。


「ま、やっちまったもんはしょうがないか。ただ、こういうのは個人情報の漏洩だから、少しはひかえてくれよ」


「あ、うん。ごめんね」


 ユウキちゃんが素直に頭をさげた。ツンデレみたいに意地を張る気はないらしい。めでたしめでたし。今回、この話はこれで終わりである。少なくても、ユウキちゃんとヒロキくんはそんな感じだったのだが。

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