第四章 噂・その1

       1




「あの人間、よくも――」


 火山の噴火する地獄界に舞い戻り、まさしく地獄の怨嗟みたいな声をあげるアズサであった。オッパイ鷲づかみにされたのがよほど頭にきたらしい。スッポンポン見られても平気な顔をしていたボタンとは思考パターンが違うようであった。


 それはともかく、閻魔大王様になんと報告するのか。


「アズサ姉様、大変です!」


 報告のことは懸念する必要もなかったらしい。アズサの前に、妹分らしいべつの死神が現れる。ポニーテールで、中学生くらいの美少女であった。さすがに、ボン、キュ、ボーンではない。――どころか、ペッタン娘である。もちろん、五年後にはボタンのように実って、一〇年後にはアズサのように熟すのだろうが。


「何があったの、ザクロ」


「地獄界の釜の封印が、気がつかないうちに緩んでいたんです。それで魔人が逃げだしたらしくって」


「――なんですって!?」


 ザクロと呼ばれた死神の言葉に、アズサが目を剥いた。


「そのこと、閻魔大王様には――」


「もちろん報告しました。そうしたら『おまえたちに任せる』って。閻魔大王様、こんな事態なのに、閻魔姫様のことしか考えてないみたいで」


 どうやら本格的に地獄界も終わりらしい。


「それで、仕方がないから、いま、私たちで捜索しています。まるで見つからないんですけど。そんなことよりアズサ姉様、閻魔姫様は?」


「ちょっとあってね。まだ見つかっていないと――いや、虚偽の報告は忠義に反するわ。私が直接行って、刑罰を受けてくる」




「で、貴様は、死神でありながら、人間にオッパイ揉まれて逃げ帰ってきたと言うのか?」


「恥ずかしながら」


 ガチで恥ずかしそうに言うアズサである。何もかも正直に白状したらしい。それは結構なことだが、だからといって相手の怒りが収まるわけでもないのが現実である。目の前でふんぞり返る閻魔大王様が、灼熱に輝く眼光をアズサにむけた。頭から煙まで吹いている。


「アズサよ、この閻魔にむかって、そんな言い訳が通用すると思っているのか?」


「いえ。いかような罰も受ける覚悟でございます」


 はしたないスリーサイズはしていても、いざというときは男らしいアズサであった。しばらく閻魔大王様がアズサをにらみつけ、苦々しげに腕を組む。


「この事態だ。罰を与えて、閻魔姫捜索の手を減らすわけにもいかん。もう一度行ってこい」


 魔人が逃げだしたというのに、閻魔姫、閻魔姫とは。親馬鹿にも程があるだろうが、特に反発するでもなく、アズサが顔をあげた。


「では、行って参ります」


「ちょっと待て。その前に、さっき言った、閻魔姫のそばにいた男について、もう少し話してもらおうか」


 行きかけたアズサに閻魔大王様が声をかけた。さっきまでの威厳と恐怖の象徴という感じではなく、少し心配そうな表情である。一体何を考えているのか?


『儂の愛する娘を傷物にされてたまるか。その得体のしれない男、閻魔姫に何かしたら、無理矢理地獄界にひきずりこんで、生きたまま八つ裂きどころか十六裂きにして、それでも絶命しないように《処理》したあげく、バラバラにした肉片を八熱地獄と八寒地獄に送りこんで、未来永劫苦しめてくれる』


 予想するなら、こんなところであった。


「八熱地獄と八寒地獄に送りこんで、未来永劫苦しめてくれる」


 ガチで言う閻魔大王様であった。もう完全に私情で地獄界を運用する気らしい。ヒロキくんも気の毒なことである。


「閻魔姫様は、ヒロキと呼んでおりました。本人も名乗っておりましたし」


 アズサが報告した。


「それに、あの男、すでに魂が存在しませんでした。閻魔姫様かボタンに、寿命が残っている状態で魂を狩られたようです」


「なんだと?」


「このたび、地獄界の釜の封印から逃げだした魔人と同種の、存在してはならない不死者と化しておりました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る