第一章 魂を狩りました・その5

「しっかし、これってマジかよ。えらい目にあっちまったなー」


 布団に潜り込み、こればかりは、誰にも聞こえない声でヒロキくんがつぶやいた。冷静に考えたら頭がおかしくなりそうな状況なのに、この程度で落ち着いているのは、不死者になったせいで、ヒロキくんの思考回路が特殊な変質を起こしているためかもしれない。そのヒロキくんがスヤスヤ寝ている閻魔姫を見る。


「あげくに、こんな小さな娘と同居するなんて。ボタンさんも押し入れで寝てるし、普通じゃねェぞこれ。つか、ユウキをどうするか? が先だな」


 これは閻魔姫に話してない、ヒロキくんの秘密だった。同じ学校の同級生、大野裕樹。閻魔姫の言うことが真実なら、本来、寿命が尽きて魂を狩られるはずの被害者ということになる。


「ユウキのことを正直に話すってことは、ユウキを見殺しにするってことだ。そんなこと、できるわけないし。なんとかしねーと」


 こんな状況で寝られるわけもない。ヒロキくん、グダグダ考えていた。


「それに、正直に話したからって、俺の魂が戻ってくるって保証もないからな。うまく魂が戻ってきたからって、俺が蘇生するって保証もないし。それから、姫もどうするかなー。家出少女だから、普通は警察に通報しないといけないんだけど、なんか、大騒ぎになりそうな気がするし。だからって知らんぷりして家から追い出して見捨てるのは男がすたる」


 グダグダ考えること三時間。いつの間にか深夜を過ぎていたのにヒロキくんは気づかなかった。不死者の特性なのか、あまり眠くもならない。


 そのとき、横でむくっと起きあがる気配がした。


「ヒロキ、電気をつけなさい」


 ギク。ユウキのこと、聞かれたか? 慌てるヒロキに気づいてない閻魔姫が暗闇でヒロキくんを見つめる。なんとなく、瞳が光って見えたのはヒロキくんの気のせいか。


「ななななんですか姫?」


「いいから電気をつけなさい」


「なんで?」


「いいから。電気」


 ゾンビの分際で意味もなくビビるヒロキくんと、静かに命令する閻魔姫。どうしようかと焦るヒロキくんに、閻魔姫が切れ気味に叫んだ。


「早く電気をつけてよ! 私、トイレに行きたいの!!」


「あ、そういうことか」


 三分後、ヒロキくんが閻魔姫を一階のトイレまでつれて行った。とっとと自室に戻って考えなおそうと思っていたヒロキくんを閻魔姫がにらみつける。


「ちょうどいいわ。あなたに、私の家来としての礼儀作法を教えるから。とりあえず、そこで待ってなさい」


「は? なんで?」


「地獄界では、私がトイレに行ったときは、側近が外で待つことになってたのよ」


「はァ、さいですか」


 本当は夜が怖いから、とは口が裂けても言えない閻魔姫であった。


「それから、何でもいいから、唄も歌いなさい」


「それも地獄の伝統ですか?」


「そうよ」


 言って閻魔姫がトイレに入った。ヒロキくん、少し考えて口を開く。


「あのさ、姫。質問だけど、閻魔帳に名前が載っている人間って、絶対に殺さなくちゃいけないのか?」


「ううん。絶対ってわけじゃなくて、例外もあるってパパが言ってたけど」


「そうか」


 すると、なんとかすれば、ユウキの魂を狩らさずにすむかもしれないってことか等々、ヒロキくんは考えていた。何か方法はないものか? ヒロキくんが必死に頭をひねっていると、ガパガパ、ゴーっと、トイレの流れる音がする。閻魔姫がブーたれ顔ででてきた。


「お、でてきたか、姫。じゃ、部屋に戻るぞ」


「最っ低。大っ嫌い」


「は?」


「とぼけないでよ!」


 ぶん! と閻魔姫が手を振った。ヒロキくんにビンタを働いたのだが、当たらない。ヒロキくんがよけたのではなく、身長の関係で届かなかったのである。仕方がないからボディブロー。これは、ぼごん! と食らったのだが、平気な顔のヒロキくん。苦しく感じないのである。


「そういえば、首を縫ってもらってるときも痛く感じなかったな。ガチで俺はゾンビ確定か」


「唄を歌いなさいって言ったのに! あなた、音を聞いたでしょ!!」


「へ? 音って? あ、オシッコの音か」


「はっきり言わないでよ!」


 金切り声で閻魔姫が叫ぶ。着替えはどうでもいいのに音は恥ずかしかったらしい。そんな特殊なお嬢様の心理、わかるはずもないヒロキくんは目を白黒させていた。


「いや、べつに、音を聞きたかったわけじゃ」


「じゃ、なんで唄を歌わなかったの!?」


「それは、なんつうか、その、えーと、考え事してて」


「考え事って何?」


「それは、ちょっと言えないんだけど」


「本当は考え事してない人って、そういうこと言ってごまかすのよね。あっきれた」


 自分のことは棚にあげて、プリプリ怒った顔で閻魔姫がヒロキくんから背をむけた。


「次から、こんなことやったら、本当に野良犬の餌にするからね、あなたの魂」


「愛想をつかしたみたいに言っておいて、今後も面倒を見てもらう気か。俺がお払い箱になる可能性はないわけだな」


「この程度で暇をもらえると思ったら大間違いだからね」


 わざと失敗して嫌われるという作戦も世のなかに存在するが、これは使えないらしい。そもそも、魂をとられてるんだから、従うしかないし、まずったなーと思いながらヒロキくんが閻魔姫に続いて二階に上がる。


「ま、考えても仕方ないし、とっとと寝るか」


 プリプリ顔の閻魔姫が自分に背をむけて布団に入ったことを確認して、ヒロキくんが電気を消した。明日は明日の風が吹くのか、わかったものではない。正確に言うと、もう日付変更線も越えている。それにしても困ったお姫様なのであった。

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