第47話  13

 ひと騒動あったが、良壱は何とか一週間で退院することができた。

 玄関のドアを開けた第一声は、「そういえばバタやんに餌をやってなかった」だった。

 そういいながらケージに近づこうとする良壱に、清架は「もう手遅れよ。一週間前に私がここに来たときにはすでに死んでたわ」と事務所の隅にあるダンボールを指差した。

「ここに入れてある。良壱が戻ったらどうするか相談しようと思ってたの」

「そうかァ、可哀そうなことしてしまった。口はわるいけどいいやつだったよ」

 良壱はいったあと唇を真一文字にした。

「バタやんには気の毒だけど、臭いがするとだめだからビニール袋に入れてそのダンボールに……」

 清架は申し訳なさそうな顔で良壱を見る。

「うん。少しでも一緒に生活した仲間だからあいつの葬式をしてやりたいんだけど、ペットの葬式ってどうするんだろ? まさかこのまま燃えるゴミで出すわけにもいかないだろ」

「やめてよ。それじゃああまりにもバタやんが惨め過ぎるわ。いいわ、あたしがネットで調べてみる」

「頼むよ。いまごろいってもしょうがないけど、あいつの最後くらい見届けてやりたかったよ」

 良壱は、そういいながらバタやんの眠っているダンボールの傍に腰を降ろした。

「良壱、あんた何か忘れてるんじゃないの?」

「えッ?」

 良壱はきょとんとした顔で清架を見上げた。

「良壱にしかない特殊な能力を使ってバタやんに会いに行けばいいじゃない」

「そうだ、そうだよな。なぜ気がつかなかったんだろ」

 にこやかな顔でいった清架の言葉にふと目の前が明るくなった。

「コーヒーでも淹れようか?」

「そうだな」

 良壱が先になって二階のへの階段を昇る。久しぶりの見る自宅は陽が多く差し込んでいるように思えた。


 階下からお盆に載せた湯気の立つマグカップを搬んで来た清架が、「ねえ、良壱、心配してると思うからお母さんに電話したほうがいいんじゃない?」と、小さなテーブルに置きながらいった。

 良壱が病院に搬送されたあの日、清架が良壱のスマホから実家に連絡を取ろうとしたが、どういうわけか繋がることがなかった。気をもんだものの、明くる日の午後になってようやく電話が通じた。どうやら親戚の法事で大阪まで出向いていたようだった。

 清架からの電話に良壱の母親は息子のことが心配ですぐにでも来たいようなことをいっていたが、たいしたことがないという説明を聞かせ、とりあえず電話を切ったのだった

「俺だけど……心配かけてごめん」

 病院に搬送されてから一週間してようやく良壱は母親に電話を入れた。

「大丈夫なの?」

 久しぶりに聞く母親の声は少し震えているようだった。

「ああ心配ないよ。ちょっとインフルエンザをこじらせて、飯も喰えなかったから栄養失調になったらしい。でももう大丈夫だ、いまはちゃんと食ってるから」

 マグカップのコーヒーを啜った。

「それならいいけど、お父さんもずいぶん心配してたわよ」

 母親は、息子の元気な声を耳にして安心をしたのか、明るい声に戻っていた。

苦労して大学を卒業させ、親元を離れて何とか一流の商社に就職することができた。母親にしてみれば遠く離れてはいるものの安心しきっていた。ところが何年か振りに戻って来たと思ったら一日二日ですぐに帰ってしまう。ようやく電話をかけて来たと思ったら病気で入院しているという。母親としてはいつまでも目の届くところにいて欲しいというのが偽らざる心境だった。それは父親にとっても同じかもしれない。

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