第44話

 良壱は優花ちゃんの夢で目を醒ました。

「大丈夫? 良壱、すごい汗」

 夢か現か判断のつかない状態で目を開くと、タオルを手にした清架が目に入った。

「夢かァ」

 良壱は起きる気力のないまま天井を見たまま呟く。

「ご飯食べられそう?」

 清架は優しく訊いた。

「ああ」

 まだ頭のなかが朦朧としたままの良壱の返事は、とりとめのないものだった。

 これまで何十回と向こうから帰還をしたが、こんなことはいままでになかった。どうしてこうなったかを解析しようと試みるが頭のなかが無秩序になったままでどうにもならない。良壱は諦めて寝床から出ると、ふらつく足で階下の洗面所に向かった。

 部屋に戻ると、すでに朝食の用意がされてあった。きょうは目玉焼きではなくてハムエッグだった。それに野菜サラダまで添えられている。

「ねえ、良壱、あんた躰大丈夫?」

 清架は唐突に訊ねた。

「うん?」

「私がここに来て一週間だけど、その間にずいぶん痩せたと思うんだけど、そんなことない?」

 清架の目は間違ってなかった。確かにたった一週間なのに見る見るうちに頬はこけ、躰はひと回り小さくなっている。そういえばまるで新婚のようにずっと一緒に食事をしているが徐々に食が細くなっているようだ。そんな良壱の体調を思ってハムとサラダを付け添えたのだ。

「そうかなァ。いつもと変わりないはずなんだけど」

 良壱は箸を持つ手で右頬をぽんぽんと叩きながらいった。しかしその目は清架を見てはいなかった。

「それならいいんだけど……。私、良壱に話があるんだけど、いまいい?」

「ああ、構わない。何、話って?」

 トーストを齧りかけた手を止めて訊く。

「じつは私、ここに来て一週間ちょっとになるのよね。ちょっと家のことが心配になって……違うの、良壱の仕事をもうちょっと知りたいというのは嘘じゃないんだけど、一度家に帰ってちゃんと親に話してこようと思って、そいで……」

 清架は良壱のほうを向いてはっきりと話した。

「いいよ。俺がいえた義理じゃないけど、親にはちゃんと話しといたほうがいいよ。そりゃあ清架が来てくれてずいぶん助かったこともある。でもそれまではずっと自分ひとりでやってきたんだから何の問題もない、ノープロブレムだ」

 そういってから良壱は大きな声で笑った。

「ありがと。でも、さっきもいったように、良壱の躰が心配だから……」

 清架は顔を曇らせていった。

「俺のことなら大丈夫だって」

「本当に?」

「ほんとだって。そんなに心配だったらスマホかスカイプで連絡を取り合えばいい」

「わかった。じゃあそうする。でもちゃんと出てよ、そうじゃないと余計に心配になっちゃうからね。それと、食事はちゃんと摂ること」

 つい母親のような言い方になる清架だが、本当に心配をしている。いま良壱から目を離したら傷口が大きくなってしまいそうな気がしてならないのだ。でも、いまだから家に帰って用事をすませ、心置きなく戻って来られそうな気にもなった。

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