第34話  10

「ねえ良壱、私いいこと思いついたんだけど聞いてくれる?」

 清架は突然えらく弾んだ声になっていう。

「いいことって?」

 良壱はいつもの顔で訊き返す。

「いつも良壱が向こうに行って証拠の写真を写してくるじゃん。その写真をマスコミに流したら、結構いい収入になると同時にこの仕事の宣伝効果にもなるんじゃないの?」

 まだここに来て三日しか経っていないが、去年のクラス会のときに良壱から聞かされてからずっと清架なりに見返りについて考えていた。充分な見返りがあることで社会に貢献する仕事が永続できると信じている。

「ふん」

 良壱は清架が話す途中でぷいと横を向いてしまった。

「どう、この考えよくない?」

「やめてくれ。前にも話したけど、俺は儲けようと思ってこの仕事をしているわけじゃないんだ。あるとき偶然特殊な能力を手に入れることができた。おそらくこんな能力を持っているのは世界中でこの俺しかいないだろう。清架がいうように、金を手に入れようとするなら、おそらく想像もつかないくらいの大金を手にすることができることだろう。でも俺はこの神からもらったこの能力を金儲けの道具にはしたくない。清架はもっと俺のことをわかってくれてると思ったのに……。これ以上俺のしていることに横槍を入れるようなら、すぐ金沢に帰ることだ」

 良壱は語気を強め、これまでに見せたことのない表情になって清架にいった。

「ごめん、そういうつもりでいったんじゃないの、誤解しないで。ただいま良壱がやってることをもっと世間の人に知ってもらいたいと思ったの。そうすれば数多くの図らずも悲しい別れとなってしまった人たちの救いになると思ったの」

 清架は目に少し涙を溜めているようだった。

「清架の気持がわからないわけじゃない。ただ、これは俺にしかできないから、あまり依頼が増えると躰が持たないという現実的な問題があるんだ」

「そうね、わかったわ。もう良壱のやってることに口出しはしません。でもまだ金沢には帰るつもりもありません。もう少し傍にいて良壱のやることと観察させてもらいます」

 清架はさっぱりとした笑顔になってイスから立ち上がると、背を向けて奥に向かった。

 それからしばらくして電話が入った。

「おーい、仕事の電話が入った。お昼から出かけるから」

 二階にいる清架に階段の下から大きな声で伝える。

「私も一緒に行っていい?」

 顔も見せないまま清架も負けずに大声で訊く。

「別にいいけど」

 昼食をすませたふたりは、事務所から三十分ほどの住宅地にあるマンションに向かった。やっと見つけたコインパーキングに車を停めると、少し歩いてマンションの前まで来た。

エントランスでインターホン集合機の前に立ち、行き先である「403」をテンキーで打ち込む。宅配屋であることを告げると、待ち望んでいたのかすぐにロックを解除してくれた。四階でエレベーターを降りて左に折れると、すぐに右に曲がって開放の廊下を歩いた。冷たい風がやけにきつかった。ドアの前に佇み、「相田」という名前を確認すると、躊躇することなくチャイムを押した。

すぐにドアが開けられ、なかから化粧気のない中年の女性が顔を覗かせた。頭にヘヤーバンドを嵌め、黒いレギンスに灰色のパーカー姿の女性は、一見して水商売であることが窺えた。

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