第10話

 次の日――つまり日曜日の昼近くに、六帖の部屋できょうの予定を立てようとしていたときだった。スマホを畳の上に放り投げたとき、そのタイミングで電話が入った。その客もやはり口コミで、どうしても依頼したいという電話だったのだが、基本的に日曜だけは仕事をしないというポリシーのある良壱は、丁寧に断わりを入れた。

 この宅配が他の宅配と根本的に違っているのは、急ぎあるいは配達指定日のないのが何よりだ。電話の依頼人は週が明けてから事務所に行くから、そのときにはまた電話を入れると残念そうな口振りで切った。

 良壱はせっかくの依頼を逃したとは思わなかった。なぜならば、この種の依頼は冷やかしというものがない。現に一年半のうちに一度もそういうことがなかった。この依頼人も近いうちに必ず連絡してくることを確信しながら、参道の入り口にあるスターバックスへ向かった。

 火曜日の朝になって例の依頼人からあらためて電話が入った。いつものように事前にシステムを丁寧に説明する。納得した先方は午後から品物を事務所に届けるといった。

 いつもの定食屋で早めの昼食をすますと、寄り道をせずにまっすぐ事務所に戻った。

「オカエリ」

 嗄れ声が部屋中に響き渡る。

「はいよ」

(いっそのことこいつを外に放してやろうか……)

 依頼人がいつ来てもいいように、後ろの小部屋からノートパソコンを持ち出し、デスクの上に置くと早速電源を入れた。すると、一通のメールが届いているのに気づいた。金沢のN高等学校の同級生の星野清架(ほしのさやか)からだった。良壱は懐かしく思いながら急いでメールを開いた。

 【 良壱くん、お久しぶりで~す。

   元気でやってますか? 芳子もみどりも祥子も、みんなお嫁に行っちゃいま    した。

   私はまったくその気配がありません。誰かいい人がいたら紹介してくださ    い。

   良壱くんはどうですか? 彼女はできましたか?

   今回メールしたのは、クラス会を開催したいと思って連絡しました。

   高校を卒業してはじめてのクラス会なので、できるだけ参加をお願いします。

   日時 平成27年11月1日

   場所 卯辰山の松魚亭

   時間 12時30分より(12時には集合)

   会費 7,000円

 ※ 出欠の連絡は私のところにお願いします。

   連絡先 090―5723―××××

    それでは季節の変わり目ですからご自愛くださいますよう。 

幹事代表 星野清架 】


 良壱は短いメールではあったが、ふとあの胸を熱くしながら過ごした高校生活を思い出し、二度三度と読み返したあとで、壁にかけてあるカレンダーを捲ってみる。

(そうか、仕事さえ上手く行けば四連休となる。これを機会に実家に顔を出してみようか)

 そんなことを考えていたとき、ドアがノックされて「梅澤です」と聞こえた。

「イラッシャイマセ」

 またしてもバタやんが奇声で迎える。案の定客は事務所に足を踏み入れたとたん愕いた顔になって天井から下がったゲージを二度見する。

「気にしないでください、いつもこうなんです。さあ、どうぞ」

 良壱は笑いながら丸イスに誘う。

「失礼します」

 依頼人は、白髪混じりの髪にパーマをかけ、上品そうな顔立ちの初老の夫人だった。

「お待ちしてました。で、ご依頼の品物は……?」

「はい」

 白髪の夫人は、持って来た手提げの紙袋から、紫の風呂敷に包まれた箱のようなものを取り出してデスクの上に置き、紙袋をたたんでから風呂敷を解いた。

なかから出てきたのは、燻った色の桐の箱だった。丁寧に紐を解き、両手で蓋を外すと、ウコンで染めた黄色の布に包まれた黒色の器が現れた。余程大切にしていたものなのだろう、それが夫人の指先でわかった。

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