第43話 罰を受ける者



 王宮 通路


 しばらくの間、エルランドが王位を取り戻した後はごたごたが続いた。

 当然ステラも勇者の後継者としてやらなければならない仕事に忙殺されて、息つく暇もない数日を過ごす事になる。


 そんなある意味で普通の生活をしていたらできないような貴重な経験をした後、落ち着いた頃合いにリートに声をかけられ、ステラとツェルトは王宮にある牢屋へ向かっていた。


「だから言ったじゃない、わざわざあんな事しなくてもって」

「でもなぁ、目の前で困ってたからつい話しかけちまったんだよ」

「優しくするからストーカーなんてされるのよ」

「ひょっとして焼きもち焼いてるのか、ステラ?」

「ち、違うわよ、私はただ……」


 話題はここ数日、ツェルトの周りに急激に増えた女性の影についてだ。

 王都を救った人間の一人として名前が上がったツェルトを放っておくような女性がいるはずもなく、連日のようにちょっかいをかけられているのだ。


 すっぱり断ればいいのに、泣き出されればうろたえるし、困ってればとりあえず手を貸してしまうし……。


 そんな事を考えながら言い合いをしていると、共に歩いていたリートが呆れたような顔をして見せた。


「乳繰り合ってないで、これから会う人間をどう説得するか考えろ。後輩」

「そ、そんな事してないわよっ! 誤解だわ」


 心外だと憤慨しているステラの横で、行く先を見つめるツェルトは納得いかなさそうな顔をする。


「悪いけど、あいつが俺達に何か言われたぐらいで心変わりなんてするか?」

「……そうよね、私も難しいと思うのだけど」


 これから向かう牢屋の住人について考えれば、ステラもツェルトの言葉に同意するしかない。


「ああ、まったくもってその通りだろうな。だが今私は上機嫌だ。やっと大っぴらにエルランド王直属の特務騎士を名乗って活動する事ができるようになったのだからな」

「はあ、まあ……。おめでとう言っておくか。リート先輩には世話になったし」

「そうね、良い事だと思うわ」


 よく分からないところに話題がそれたようだが、家族を助けて貰った恩もあるので一応祝福の言葉を述べておく。


「だから、機嫌が良い今の内に馬鹿に向けて手を差し伸べてやろうというわけだ。あいつの力はお前達も知ってるだろう。味方に引き込めばかなり強力になるだろうからな」

「……だろうけどなぁ」

「……」


 困った様なツェルトと顔を見合わせる。きっと自分も同じような顔をしているに違いない。

 レイダスの力を借りるということは諸刃の剣となる行為だ。

 手綱を引ききれなかった場合、害を被るのはこちら側になる。


「あいつを何としても引き込んで我々は日の目を浴びる。我々は働きに見合う称賛を浴びるべきなのだからな」

「なんか、先輩って一歩間違えたら危ない考えしてるよな」


 どこまでも自分の為に突っ走るリートの言動にツェルトと一緒になって引いてると、行く先に意外な人物が牢屋に入っているのが見えた。

 歳をとったせいか、随分記憶の中の姿より変わったが……。


 ツェルトは視線を向けるなり、親の敵にでも遭ったような顔をする。


「あ、こいつってステラに何か悪い事言ってた奴じゃねーか」

「やっぱりあの時盗み見してたのね……。ラシャガル・イースト。どうして彼がここにいるの?」


 ラシャガルは、しかし気の抜けた様子で座り込んでいる。

 ステラ達に何の反応も返さない。

 確か彼はウティレシア領をイースト領にして領主を代行していたはずだ。

 悪政をしていたことは知っているが、それでこんな所の牢に入れられるだろうか。

 首をひねって考えていると、リートがとんでもない事を言った。


「こいつは呪術を使ってカルル村の衰弱事件を起こした犯人だからだ」

「えっ、呪術? 衰弱!?」


 あれは疫病が原因だったはずではないか。

 いや、だけど、父様も母様もいくら調べてみても原因は分からない、と言っていた。

 そもそも物理的な原因がないのだとしたら……。

 呪術で間接的に行えば証拠なんて残らないだろう。


「領主から降りたくないとか言って屋敷にこもっていたからな、余計な手間をかけさせた腹いせに、ついでに家を色々と漁らせてもらった。余罪ならまだまだあるぞ」

「職権乱用じゃね? まあそのおかげで判明したのはありがたいけど、王宮の牢屋に入ってるんじゃこっそり殴りにこれないな」


 事件があった当時のことを思い出しているのか、悔しそうな表情をするツェルト。


 王宮じゃなくてもどこでも駄目よ。気持ちは分からなくはないけど。

 ラシャガルの一件はステラとしてもずっと気がかりだったので、解決には感謝するところだが、色々とリートが特務騎士をやっててる現実に不安になってきた。


 疲れ果てた様子で呆然としているラシャガルの前を通りすぎる。


 そのまま牢の並ぶ通路を歩いて行くと一番奥、例の場所へとたどり着いた。


 中の人物、レイダスが剣呑な視線を向ける、


「女と話す言葉なんてねぇ」


 そんな言葉を投げ掛けられる。

 だが、リートは聞こえなかったかの様に話を始める。


「お前、特務騎士になるつもりはないか」

「あぁ?」


 当然、何言ってんだこいつという顔をするレイダス。


「エルランド王からの伝言もある。聞け。そこでなら本当の強さが分かるだろう、とか何とか言っていたぞ」


 王の伝言を自分の要件の後にするリート。

 しかも内容も正確かどうか怪しい。


「特務騎士なんてもんを、この俺様がやるとでも思ってんのか? 小細工ばっかりの裏方じゃねぇかよ」

「お前の愚痴なんてこの私が聞くわけないだろう、やるかやらないかどちらかだ」

「……」


 高圧的なリートの言葉に黙り込むレイダスは、怒っているというよりは真意を測りかねているような様子だった。


「ねぇツェルト、私達もあんな感じで話せばよかったのかしら」

「いや、やめといた方がいいんじゃないか。あれはよく分からないところがあるリート先輩だからだと思うし、何よりステラには似合わないよ」

「そ、そう……?」


 大人しくなったレイダスを見て考えた可能性だったが、良い案ではないようかった。

 ステラはちょうど良い機会なので前々から疑問に思っていた事をぶつけてみる事にした。


「レイダス。ねぇ、貴方ってどうやってその強さを見につけたの」

「あぁ? だから女と話す事なんてねぇって……」

「それにどうして私達の通う学校にいたの? 王都の学校の方が色々良いと思うんだけど」

「誰がてめぇなんぞに教えるか」


 そうよね。

 アリアみたいに噂という形で間接的に関わったわけでもないのに、原作を無視した行動を取った理由が分からなかった。直接彼から聞きたかったが、予想通り素直に教えてくれる彼ではないらしい。


「だけど、不思議。本当にどうしてそこまで貴方は強くなったのかしら。冷静に考えてみるとすごく疑問なのよね。レイダスが誰かの下につくなんて想像できないし」

「ごちゃごちゃうっせぇし、俺を呼び捨てにすんじゃねぇ」


 そういえば直に名前を呼んだことは無かったな、と思う。

 呼び掛けた事自体が無かった気もするし。


「俺様は誰かの下になんかつかねぇ、誰の指図も受けねぇ。俺様がやるのはやりてぇと思った事だけだ」

「すごいわね」


 ステラの発した感嘆の言葉にはレイダスだけではなく、ツェルトやリートもあっけにとらせてしまったようだ。


「そんな風に自分に迷いがないって羨ましいわ。私は迷ったり悩んだりばかりだもの」


 人間としてはどうかと思うけど、強者としては認めてるしその強靭な精神には尊敬している部分もある。


「……ちっ、こんな奴に俺は負けたのかよ」

「それに一人でもそんなに強いなら、他の力を借りた場合もっと強くなれるって事でしょ……」

「……」


 そんな風に考えたことは無かったのか、レイダスはこちらの言動を受けて面食らった表情になる……。


「ふむ、まあそういう事だ、ばっさり提案を蹴る前に、もう一度くらい考えても罰は当たらんだろう」

「俺様はつかねぇ」

「そういう事にしといてやる、今はな」


 それから二、三言やりとりをしたのちその件は保留ということになって、ステラ達は牢を出た。


 リートは先にツェルトを追い張ってから、ステラに向かって何でもないようにとんでもない話をする。


「お前のことはずっと気にかかっていた、瀕死のお前を手当てする私に十分な技術があれば結末は違ったのではないだろうか、とな」

「え?」


 いきなりいずこかへと飛んだ話について行けないステラは困惑するしかない。


「大精霊と話した時、子供の頃の私はお前の居場所を探して謝るべきかとも思った事もあったな、今の私を見れば想像もつかないだろうが」


 しかし、淡々と彼女から発せられる言葉を飲み込むうちに、次第に理解が追いついて来て、ステラは絶句した。


「え、まさかあなた……あの時の」

「見届けられて良かったよ、幸せそうになったお前を」


 彼女の知る限り初めてになる笑顔の表情をリートは見せた。


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