王女様は狂剣士 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに気付いたら、すでにヒロインにざまぁされてました。その上、現在進行形で命狙われてます

仲仁へび(旧:離久)

第一部

プロローグ 元王女様は熊殺し



 大国グランシャリオにある王都の騎士学校。

 そこにはある噂がある。

 魔物を退治する為の騎士を養成するその学校には、実は元王女だった少女が通っている……という噂だ。


 その少女は王家から追放された名無しの王女なのだが、逞しく生き抜き庶民の生活に順応し、己の身分を隠して日々を過ごしているらしい。

 そして、そうして隠れて慎ましく過ごしながらも彼女は、王女であった責務を果たそうと、民を守るために剣の修行に身をやつしている。


 ……と、そんな具合の噂も。


 半分はあたりだった。

 王女は確かに王家から追放されていて、そして騎士を養成する学校に入り、日常を過ごしているのだから。

 だが、半分はハズレ。

 彼女は民を守る為ではなく、自分の為に騎士学校に入学したのだから。

 




 山林


「熊だー! 熊が出たぞー!」

「きゃー! 大変よ。早く逃げないと!! こっち来たわ!!」


 阿鼻叫喚の中、のっそりとした動きをする巨躯の毛深い野生動物が、逃げまどう少年少女たちを追いかけている。

 その大型動物は、通常の個体よりも大きく、獰猛な気配をまとわせていた。


 だが、混乱する状況の中、一人平然と佇む人物がいる。

 熊の前に立ちはだかる剣を持った少女だ。


 淡い金髪に橙の瞳を持った十五くらいの少女は、暴れ回る野生動物の前に、緊張する様子もなく立ちはだかった。


 当然その大型動物、熊は狙いを変えて目の前に立つ少女に向かって襲いかかろうとする。


 何も知らない人間が見たら、誰も彼もが少女の敗北を予想しただろう。

 少女の体格は華奢で、普通のその年頃の物と全く変わらず荒事慣れしている様には見えないからだ。


 だが……。


「ちょうど腕がなまってたのよ、皆を驚かせた罪だと思って剣の相手をしてくれない?」


 なんの緊張もなくそう発言した少女は次の瞬間には、熊の背後にまわっており、一呼吸もしないうちにその大型動物を切り伏せていた。


「ちょっと物足りなかったかも……」


 倒れた熊を前に残念そうにする少女。


 その少女こそが、王家から追放された少女だった。

 身に付けた礼儀や淑女らしい振る舞いを落っことしてきた代わりに、猛獣である熊をも恐れぬ剣の力をつけてしまった、王女ステラード・グランシャリオ・ストレイド改め……一貴族の身分の少女ステラード・リィンレイシア。


「狂剣士だ」


 そんな彼女の周囲の者達は、畏怖の感情を込めてそう呼ぶ。


 強敵との戦いを望み、嬉々として剣を手に取り振るうその姿は、紛れもなく剣に狂った姿に見えたからだった。






 私は乙女ゲームの世界に転生している。

 といっても、生まれたばかりの赤ちゃんだった最初の頃には、前世の記憶が無かった。

 今生きている世界が乙女ゲームだの世界だと分かったのは、私が子供の時に起こった事故で負った、とある怪我の影響でだった。


 ある事情があって森の中で魔物に襲われた後、九死に一生を得た私は、自分が前世でやっていた乙女ゲーム「恋する乙女と騎士学校」の世界に転生している事を知った。


 そのゲームの内容はありふれたもので、騎士学校に通う主人公「アリア」が攻略対象と仲良くし、騎士学校の最後の学年、三年生の学校生活を送りつつ、攻略対象者達と絆を結び、切磋琢磨しつつ恋愛をしていく……というものだ。


 だがそんなありふれたゲームの中身を思い出した時に、とある理由があって、私はとても驚愕することとなった。

 まさか自分がそのゲームの中で、あんな役割の人間に転生してしまうとは……。

 という感じで。


 少し話が横にそれるが。

 乙女ゲーム「恋する乙女と騎士学校」では、ヒロイン「アリア」を邪魔する人物……貴族の身分を持った悪役令嬢が出てくる。

 彼女は、王宮に自由に出入りできるほどの身分の少女で、国の中ではかなりの力を持っている。

 

 そんな彼女にあの手この手で嫌がらせし、ヒロインと攻略対象との中を引き裂こうとやっきになり、数々の邪魔をするという、とても悪役らしい悪役がいる。中にはヒロインの意中の相手と婚約するという大胆な手もあった。

 

 しかし、まるで絵に描いたような悪役がする悪事は、長く続くことはない。


 なぜなら彼女はそのゲームのエンディングで、その攻略対象から婚約破棄され、これまでの悪事を暴露されてしまうからだ。


 しかし、私はその事実に別の意味で驚いていた。


 自分がその、とてもほめられた人物ではない悪役に「転生してしまった」という事ではない。

 なぜかそのゲームのエンディングより遥か前に、ヒロインにすでにざまぁされている、という事についてだ。


 しかも、それらが起こったのは、私が記憶を思い出すよりはるか前だ。


 首を傾げつつも、王女としてお払い箱になってしまい、弱小貴族となってしまっていた私は、かねてから興味があった騎士になるために、趣味の剣を振ることにしている。


 少々私をざまぁしてくれた人の存在のせいで、ちょっとした人間不信になってしまったが、今の所は問題ない。

 日常がちょっぴりバイオレンスになってしまったが、とても普通な日々を送っている。


 ヒロインがちょっと私を陥れようとして、たまに邪魔してくるが、表面的にはとても普通だ。


 私を陥れた犯人……同じ年頃の貴族の少女アリアは、王宮によく遊びに来る仲の良い友達だった。

 親友だとも思っていた子だ。

 だというのに彼女は、他にたくさんいる私の兄弟達と仲良くなって、彼等をそそのかし、私を貶め、魔物のいる森へ追いやった。


 なぜ、そんな事をしたのだろうか。

 私自身は彼女に何もしていない。


 だが、その答えは簡単だった。

 後に分かることだがそれは、彼女が私と同じ転生者で、前世の思い出とゲームの知識を持って生まれて来ていたからだ。

 将来邪魔になる人間を前もって排除しておきたかったのだろう。


 王宮から追い払われて以来私達は、互いに何の交流も行っていない。が、彼女が遠回しに私に嫌がらせをしてきている事だけは分かっていた。


 私は現在騎士学校の一年生になったばかり。

 きっとこれからも、彼女はあの手この手で嫌がらせをしてくるだろう。


 彼女が転入してくる三年生になったらどうなるか、非常に先が思いやられる。


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