ACT2 アラビアンオブザデッド



「言い忘れてたけどさ、狙撃いい腕だな。助かったよ」


 帰り道、ムハンマドが礼を言ってきた。

 リーダーは残って報告書だか反省文を書かされているので任せて二人で先に出た。とりたてて特技も戦績もないリーダーにはそれが一番の仕事なので誰も気にしない。 


「助っ人で女の子が来た時は勘弁してくれよなんて思っちゃったけどさ。それも東洋人の、こんなにちっちゃい子が」


 タグにDと上書きで刻印されたムハンマドはそれを残念そうになぞっている。


「本当にAランクのスナイパーだなんて、タグ見ただけじゃ信じられなかった。でも馬鹿にしてた訳じゃないんだ。あいつだって」


 照れたような、申し訳ないような、曖昧な表情を彼は浮かべる。

 気にも留めていなかったが、出がけにレイコはハキムや彼らにからかわれたような記憶がある。


「ごめんなさい、友達を助けられなくて」

「あれは……仕方なかったさ。これも神の思し召しだよ。食われちゃった4人と比べて、認識票タグを持って帰れただけでも恵まれてるよ」


 低ランクに配給される武器弾薬は酷いもので、あてがわれる安物のフルメタル弾など貫通してしまうだけでゾンビにはいまいち効き目が薄い。

 実績を上げてある程度の貢献をしない限り酷い装備で戦わされる。それは実を言えば限りある食料の振り分けを見据えた口減らしにも違いなかった。


 無能は死ね。


 食料や弾薬を取ってくる便利な奴は許してやる。


 何のことはない、いつの世も変わらぬ世界の構造。見えないようになっていた綺麗事が破滅を目前に暴露されただけの話だ。


「結果はあんなんでもとにかく君は今日のMVPだ。誰よりも沢山ゾンビを倒してくれた。目の前でゾンビの顔が弾け飛んだんだ、今に食われるって寸前でね。本当に凄かった。

 今回は報酬が出なかったから、かわりっていったら悪いけど俺に何かご馳走させてくれないかな」


 レイコは誘いに乗るつもりなんて一欠片もなかった。

 馴れ合いは嫌いだし、友人なんてゾンビを殺すには必要ない。それにムハンマドは弱そうなので知り合っても無駄だと、つまりじきに殺されて動き回る死体の仲間入りをするだけので親しくなっても仕方ないと踏んでいた。

 レイコが黙っていると、ムハンマドは続けた。その顔からすっと表情が消える。


「って言うのはただの口実でさ。 本当は違うんだごめん。

 あれが初めてだったわけじゃない、でもさ。

 俺、目の前でさ。

 ゾンビになったって言っても友達を……それも自分の……、俺の手で」


 よく見るとムハンマドは少し青い顔をして震えていた。

 仕方ないいつもの処理だとはいえ、簡単に割り切れるほど彼の心はやさぐれてはいなかったらしい。


「いい奴だったんだ、ハキムは。本当に」


 と涙目になっている。

 少し考えてからレイコは言った。


「分かったわ。まあそんな時もあるよね」


 気持ちが動かされたのは他ならぬ同情からだ。親しい人を亡くす辛さは理解出来た。

 本当を言えば、痛いほど。

 一人でそれに立ち向かう耐え難い苦しみを、彼女は知っていた。


「話を聞いてあげるくらいしか出来ないけどいい?」

「あ、ありがとう」


 彼に別の意味での警戒は必要なかった。

 厳しい戒律によって、彼らは女性関係については非常に健全だ。いい歳をした青年でも、R15指定レベルの軽い艶話ですら聞くだけで顔を真っ赤に染めるほど純朴なのだ。結婚するまでという但し書きはつくし、本来は異教徒には適応されない戒律ではあるものの。


  ※※


 乗り合いの手漕ぎボートで食堂関連のある島へ渡る。

 距離は300メートルほど離れた島、インドだ。


 ムハンマドの案内する料理屋は焼いた肉を出す店だった。


「君はコレ食べれる? 一応ハラールなんだけど」


 ケロシンバーナーで炙られているのは、串刺しの鼠。そして蜥蜴。皮も剥がれていないし形もそのままだ。


「お腹の足しになるなら何でもいいわ。ベジタリアンでもないから大丈夫」


 製油の純度が低いのか炎は時折不完全燃焼の赤火になり、体に悪そうな匂いのする黒煙を吹く。

 カウンターの奥の調理場で髭男が巨大な包丁を振り回している。

 『慈悲深く慈愛あまねき神の御名において』という意味の短いアラビア語を唱えながら喉に鋭い刃を当て横に引くと食材は鳴き声を止める。


 好きこのんで食べたい訳じゃないけど、の言葉はすんでのところで飲み込んだ。

 今迄で一番厳しい時期なのだ。文明が滅びて5年、備蓄は尽きかけ、食糧生産の目処はまだ立たない。

 砂漠の国でそれは、特に深刻だった。

 人々はこんな鼠や蜥蜴の死骸ですら食って生きながらえている。

 砂漠に住むトビネズミやダッブという蜥蜴はハラール、食の禁忌から除外されている。とはいえ一般的なアラブ人にとって忌避感がないわけがない。


「ごめんね、もっといいものが食べられたらいいんだけど、ここ安いんだ」


 ムハンマドは臆面なく言い放つ。


「構わないわ。あなたがお金持ちじゃないってことは分かってる」


 あえて文句を言うつもりはなかった。


 先にコインをひと摑みカウンターに置くと時を置かずに汚い皿に串刺しのセットが差し出される。

 もちろん払いはレイコがした。

 喜捨。持つものが持たざるものに与えるのはこの世界では義務なのだから。


「済まない」

「気にしないで」


 通貨は暫定的にディルハムが使われているが、その価値に保証はなく非常に不安定だ。

 例えば極端な話、探索のついでに街の銀行などで運良く大量の紙幣や硬貨を入手出来たとする。それを島へ持ってきて豪遊したすぐ次の日にはひと匙の小麦粉が数億数兆ディルハムに値上げされる。

 小さな社会では致命的なインフレ。それはまさに水際、オーストラリアの管理局で防がれている。

 探索、採取で得たものは余さず全て一旦互助組合に提出する。

 その際硬貨や紙幣は全部徴収されて銀行業務を受け持つ純粋国民の本部でプールされ審査された後、そこから労働や遠征の収穫に応じて、褒章や報酬として振り分けられて支払われる。

 その量の多寡によって市場への流通量が管理されている。

 今回の収入がゼロだったせいで説明のタイミングが取れなかったが(それもこれもジャクソンの野郎が全部悪い)要はそういった仕組みになっている。

 銀行屋が死に絶え、素人の思いつきで作られた制度の為、雑でいい加減な粗と不公平さによる不平不満だけが積もってゆく欠陥標準だ。

 それでもこの暫定システムが制定されるまでは腕時計や金歯、缶詰めなど実質的なモノで物々交換のやり取りをするしかなかったので多少は便利になった。

 とはいえ、生活水準は低下の一途どころか奈落の底を長いあいだずっと這いずり回っていた。


 雑な料理。皮も剝がずに毛を焼いただけのトビネズミ。耳が大きく、後脚がよく発達している。そしてカリカリに丸まったミミズのような尻尾。痩せて小骨だらけだ。

 鱗の付いたトカゲはナイフで黒く焦げた表皮を剥いで食べる。味は鳥に似ていなくもない。

 付け合わせは豆。


「改めてよろしくムハンマド。私はレイコ、歳は16。今はジャパンに住んでる。本当の出身も日本よ」

「すごいなあ、お金持ちしかいないんだろそこ。さすがAランクだね。俺なんか、この前やっとCランクに上がれたと思ったら1ヶ月で落ちちゃったよ。

 俺はイエメン出身なんだ……ハキムと同じで。

 中学校までは家族でサウジアラビアに亡命して暮らしてた。今17歳で、去年からはタンザニア島のキャンプで過ごしてる」


 彼は握手の手を伸ばしながら続けた。


「あと俺の名前はムハンマドじゃなくて、アフメットだよ」

「……」


 少し気まずい握手を交わしたその後レイコは彼と同郷だったらしいハキムの思い出話を夜の礼拝時間近くまで聞かされる事になるがそれは凡庸なので省略する。






______________

設定メモ


 登場弾薬紹介


名称 備考

エネルギー量


.22ロングライフル弾 弾速が亜音速のものもあり静か もともとボーイスカウトの訓練用でおもちゃみたいな扱い 弾頭の重さがBB弾の約10倍、初速が3〜5倍 

140〜260Jと野球ボールに毛が生えた程度のエネルギー量 でもこれで意外と貫通力がありケネディ暗殺もこの弾だとか 本当か?


※NATO規格


9×19mmパラベラム(ルガー ) ゲームでお馴染み

450Jくらい


5.56x45mm 軽くてアサルトライフル用 FA-MASのF-1型に真鍮薬莢のものは非対応 (詰まる

約1300J ちな、タイソンのパンチが1000Jくらいだとか


7.62x51mm ゾンビに最適

3500Jくらい。大抵は一発で倒せる。


12.7x99mm .50BMG 銃が超重たいけど掠るだけで倒せるから楽 ゾンビ戦ではロマン兵器 マシンガン用なので調達しやすい

1.8〜2万J


※ この設定メモはフィクションであり実在のものとは無関係です

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