第4話 004 盗賊とカエル


 草原での狩りを終えて、川に寄り新しく蜂をスカウトした男はそのまま半日ほど歩き……今はまた森の中だ。

 森と言っても、墓地からの鬱蒼とした深い森とは違い、ここはより林に近い感じの少し木々の間隔の広い所だった。

 スキルが有るとはいえ、随分と歩き易く成ったと喜ぶ男。

 しかし日が陰り始めれば夜も早かった。

 森はやはりか森なのだ。


 腕時計に目を落とした男。

 時間は19時半。


 「この辺りで夜営でもするかの」

 時間を確認したのを骸骨は見ていた様だ。

 不死者の骸骨には休む事は必要無いのだが、生者の男に気を使ったのだろう。

 大きな木の根元に腰を落とした。


 男も頷いて座る。

 男はヨハンと呼ばれるのを待っていた。

 それを否定する為だが……いまだに一度も骸骨はそう呼ばない。

 なのでそれを否定も出来ない。

 仕方ないので煙草に火を着けたヨハン。

 

 蜂達も各々がくつろぎ始めた。

 今は……十一匹になっている。


 川に寄った時。

 四匹の蜂達に命じて仲間を探させたのだ。

 人である男が探すよりも早いと踏んだのだが、それは正しかったようだ。

 程無くして各々が死んだ蜂を抱えて戻ってきた。

 それを繰り返す事、数回。

 合計で二十匹以上の蜂の死骸が集まった。

 蜂達が殺したのか? それともたまたま死んでいるのを見付けたのか? は、男は考えない様にした。

 見た目にも綺麗なムクロだったのだ。

 同種の仲間同士での殺し合いを強要でもさせたか? と頭に過ったので考える事を放棄したのだ。

 申し訳無くも感じるが……今更だ。


 その蜂の死骸から男が召喚出来たのは……また七匹だった。

 残りは動かないムクロのままだ。

 一度に召喚できる数は最初の頃のそのままなので男の能力は殆んど成長していないと思われる。

 まあ、弱い魔物しか倒していないのだからそれも道理だ。

 しかし、それでも少しは強くなったとの実感も有る。

 直接は戦ったわけでは無いが、使役している部下の蜂達の戦闘経験はネクロマンサーの男にも配分されているのだろう。

 上前を掠める。

 ピンはねする。

 そんな気分でも有るが……男が元居た世界でも、政治家や役人を含めたトータルの国がそれと同じ様な事を遣っていた。

 消費税なんてモノはその最たるものだ。

 納得は出来ないが何と無くは飲み込める……何処の世界でも世の中はそんなものだと、だ。


 さてとともう一度蜂達を見る男。

 その生き残った四匹の蜂達は確実に成長している様だ。

 新しい蜂達とはサイズが既に違っている。

 三倍程の大きさに成っているのだ。

 元が小さいので比較対象がなければ気付かなかったのだろうが。

 その腹は男の親指程に成っていた。

 そして、確実に強くも成っている。

  今は隊長の一匹だけだが、尻の針を銃弾の様に跳ばして攻撃できる様にも成っていた。

 それはハリヌートリアのスキルだ。

 不思議で理解不能なスキルだ。

 本来は切り放せない体の一部を跳ばして、それがまたすぐに再生される。

 蜂はそれに痛みは感じないのだろうか?

 人で言うのなら髪の毛が針として飛ぶのだろうか?

 それとも爪か?

 爪なら痛いだろうにと、背中に何やら上ってくる感覚を覚える男だった。

 まあしかし、一度死んでいる蜂にしてみればその痛覚が有るのかも怪しい。

 男の理解するゾンビに痛みは感じない筈だ……その知識はゲームか映画か、それ以外の物語でも有るのだが。

 元の世界には実際に存在しないのだから、所詮は空想上の事。

 正解は本人に聞いてみなければわからない。

 しかし、その本人の蜂はそのスキルがたいそう気に入っているようだ。

 練習がてらか時折プスプスと針を跳ばして遊んでいた。

 針を跳ばせない蜂達に羨ましげに見られて自慢気にしている。



 そんな蜂達を横目に火を起こした男。

 薪は其処ら落ちていた枯れた枝。

 火種はライターのジッポだ。

 平面がブラス処理されて角の二角に二本の斜め線が刻んで入れられた物。

 男が大事にしていた年代物だった。


 そして、男はライターさえ有れば火を起こすのは簡単なくらいにはアウトドアの経験が有った。

 

 結構な勢いで燃え上がる焚き火。

 そこに昼間に倒したハリヌートリアを放り込む。

 コイツは喰える! と、スキルが教えてくれたからだ。

 最初の何の役に立つのかもわからなかったスキルのヤツだ。

 それは目にした物が喰えるか食えないかを判別してくれる……ただソレだけの事なのだが、とても役に立つ。

 素晴らしい。

 が、料理の仕方はわからない。

 そもそもが男は料理が出来ないし、やった事もない。

 何時もはコンビニ弁当かファーストフードだ。

 もちろんこの世界ではどちらも見掛け無いものだ。

 もっとも、男は城の中の一部と人の居ない森や草原しか見ていないのだが。

 少しは大きな町にでも行けば、コンビニは無くても屋台くらいは有りそうだ。

 それくらいの文明レベルで有って欲しいとの願いも込めての思いだった。

 流石に未開の地では……キツすぎる。

 

 丸焼きに成る姿はそのままのハリヌートリアを見ながらに眉をしかめる男。

 とにかく……焼けば大丈夫だろう。

 ただそれだけだった。

 

 ハリヌートリアの姿焼きは……臭いも酷いものだが、味も酷かった。

 腹を満たすにも気合いと根性が必要な程だ。

 それでも食わなければ腹は減る。

 飢える寄りはマシだと噛まずに飲み込んだ。


 そのハリヌートリアの捨てた内臓に蜂達は集っていた。

 焼く前の最低限の下拵えと内臓を取ったそれだ。

 蜂達はそれを生のままに食っている。

 みるみる減るその勢いに……たぶん旨いのだろうとも思えるが、所詮はゾンビの味覚だ。

 男にはわからんと首を振るだけだった。


 「料理……問題だな」

 流石に我慢の限界に達した男は、まだ殆んどが食べ残しのハリヌートリアを蜂達に放って渡す。

 満腹感には程遠いが、それでも旨いと喰う者に譲るのが良いだろうと自分に言い聞かせて。

 ふて寝した。

 


 翌朝。

 時計を見ると9時を過ぎていた。


 「のんびりじゃのう」

 骸骨はやっと起きた男に向かって、天を指差し。

 「もう日は昇っとるぞ」


 確かに寝過ぎた様だ。

 頭がボウッとしている。

 「また森を歩くのか? まだまだ遠いのか?」

 男はボケた頭を起こそうと、愚痴のついでに骸骨に尋ねる。

 歩く事には疲れないが……それ以外は普通に疲れる。

 知らない世界に居れば、それは疲れる事しか無いし起きない。


 「この先の平原を越えて、山を二つ程登った先じゃ」

 骸骨は立ち上がり、腰の剣の位置を整える。


 「もっと楽な道とかは無いのか?」

 男も立ち上がった。

 朝飯は食わない。

 喰える物が無い。

 ハリヌートリアの残りからは視線を外す男。

 

 「有るぞ……楽で早い、チャンとした道じゃ」

 

 簡単に答える骸骨を見た男は。

 「人に出会えば……面倒か」

 骨だけのアンデッド。

 見られれば騒ぎに成るのは必然か。

 

 「そう言うことじゃな」

 頷いて歩き出す骸骨。

 

 

 道中。

 骸骨の言う草原は丘陵地帯だった。

 幾つもの丘や谷が連なる様な場所。

 山ほどでは無いがそれでも登り降りの連続。

 森や林ほどでは無いが、腰までの草は男の行の邪魔をする。

 そして、相変わらずにスライムとハリヌートリアにしか出会わない。

 スライムはもちろんだが、ハリヌートリアももう楽勝だ。

 蜂達が見付け次第に瞬殺してくれた。

 針を跳ばせる様に成って蜂達も強く成った。

 その針には毒も乗るのだからえげつない。

 瞬時に殺すのでは無くてジワジワとだ。

 人間なら……数十分も持たないかもしれない程だった。

 


 男と骸骨はそんな寄り道をしながらだが、確実に進んでいた。

 丘を登り。

 そして下る。

 夕方前には登った丘の半分が崖に成っている所に出た。

 

 骸骨はその崖を上から下に覗き込みながら。

 「ここで、夜まで待ちじゃな」

 

 男も同じ様に覗き込む。

 3メートルほど下に石畳の道が見えた。

 「凄いな! 舗装された道路が真っ直ぐに伸びている」


 「舗装道路は国の力を現しておるからの……この国は強いぞ」

 何の自慢かはわからないが。

 それでも骸骨が誇らしげにしていた。


 「力? 国力?」

 男はその骸骨には突っ込まない。

 滅ぼせと言う国を自慢してどうするのだ?

 

 「どちらもじゃ」

 やはり誇らしげに見える。

 「綺麗に平らに真っ直ぐに……造るのも大変じゃが維持もじゃ。しかしそれはイザ戦争に為れば速さと量をもたらす。兵士の行軍の速さ。補給の速さ、それらの量じゃ」

 聞きもしない講釈を並べ始める骸骨。

 「勝敗は速さが決める。速さが強さじゃ」


 「平時は経済の速さか……」

 適当に返した男。

 成る程とは思うが……それでも、どうでも良い話だ。

 「で、夜まで待つ意味は?」

 

 「ここからは迂回できん。この道を進むしかない」


 「それはなぜ?」

 見たところ道を外れても今までと同じ様な丘陵地帯なのだが?


 「この辺りの魔物が少し強いのだ。しかも群れる」

 頷いた骸骨。

 「道には結界石が混ぜ込まれておってな、城の結界よりは随分と弱いがそれでも道を行くには十分な効力もある」

 男に目線を移して。

 「ワシ一人なら問題にも成らんが……数で来られては貴様等を守りきれんやもしれんでな。安全策じゃ」


 「わかった……任せる」

 男は素直に頷いた。

 「昼間は人通りも有るようだしな」

 そして、道に向かって指を差した。

 指した先の少し遠いところ。

 道路を幌馬車? が、一台近付いて来ている様だ。

 しかし、良く見ると引いているのは馬では無くてカエルだった。

 ……?

 「カエルだ……」

 目を凝らす男。

 

 「ん? ニヒキガエルじゃな」

 骸骨も確認したのか教えてくれた。

 「前と後ろで車を牽くのを得意とするそんな擬人じゃ。

 崖から離れて、座り良い場所に腰を落ち着けた骸骨。

 その馬車? には興味無いようだ。

 「あれでも結構速いのじゃぞ」


 「擬人? とは?」

 

 「ふむ……」

 骸骨は少し面倒臭そうにしながらも説明してくれる。

 「人間。亜人。獣人。擬人。魔人。魔物」

 指折り数えて並べた。

 「その順番で人から遠くなる」

 一つ目の指を立てて。

 「亜人はエルフとかドワーフとか……イロイロじゃ」

 二つ目の指を立てる。

 「獣人は色々なタイプの獣の様なモノ……一度見たじゃろう? と、ここまでが人間に近い霊長類じゃ」

 3つ目の指。

 「そして、擬人はカエルとかその他。人間からは随分と離れるが知力は人並みじゃ。骨格のせいか喋ったりはできんが聞く事は理解出来ている……分類的には魔物なのじゃが。まあ、良いモンスターかの? そんな感じじゃ」

 四本目。

 「魔人は魔物……そのままのモンスターじゃ」

 五本目は省略された。

 「大雑把にはそんなもんじゃ」

 やはり面倒臭いのだろう。

 最後は適当に流していた骸骨。

 骸骨の分類は……亜人か? それとも魔人に成るのだろうか?

 それも良くわからないと思う男。

 だが……もうどっちでも良いとも考え始めていた。

 骸骨は骸骨だ。

 男をヨハンと呼ぶならそれも受け入れる。

 人間は余りにヤヤコシイ事は思考放棄するものだ……ヨハンもそう考え始めていたのだ。


 頷いて聞いていた男は、質問を投げた。

 「で……ここではどんな魔物が出るのだ?」

 目線は崖のしたの道路のままで。


 「うーむ……昼間はイノブタンとかウリボークンとかじゃな。夜に成ればその上にイノキングが出る」


 「そいつ等は……二本足で立つのか?」


 「おおお! 正解じゃ……魔人に分類されとるからの」


 「槍が得意とか?」


 「それはイノブタンじゃの」


 「斧は?」


 「イノキングじゃ! ちなみにウリボークンは体術の使い手じゃ」


 「成る程……あれはウリボークンか」


 「?」

 骸骨の首が少しだけ傾げた。


 「カエルの幌車がその三種に襲われて居るようだが?」


 骸骨は立ち上がり、男の横に立つ。

 「本当じゃのう」


 「助けるべきか?」

 幌車は明らかに人で、魔物に襲われている。


 考え始めた骸骨。

 「ワシが出てはヤヤコシイ事に成やも知れんぞ?」


 「ああ」

 男は頷いて。

 「先ずは俺達だけでやってみる」


 「そうか」

 男に合わせて頷いた骸骨。

 「危なく成ったらワシを呼べ」


 それに男も、もう一度頷いた。


 

 「作戦開始だ」

 蜂達に告げた。

 「偵察任務を命じる! 候補者を選出せよ」


 ブン! と、返事を返す蜂。

 『先行隊三名』

 隊長蜂が新人の中から選び指示を出す。


 程無くしてカエルの幌車に向かって飛んでいった。


 男もそれに合わせる様に動き出す。

 崖をよじり降りて、草に隠れる様にして走る。


 道中。

 報告が入った。


 魔物は合計で五匹。

 内訳は……。

 イノキングが一匹。

 イノブタンが一匹。

 ウリボークンが三匹だった。


 カエルの幌車からは人間の男が三人。

 飛び出して応戦している様だ。

 男が近付くにつれ詳細が目に入る。


 車のそばにはカエルが腹に槍を突き立てられて踞っている。

 それをもう一匹のカエルが庇いながらに支えていた。

 近くにはイノブタンが一匹、倒れていた。

 カエルが殺ったのか?

 相討ちなのだろうか?

 イノブタンは戦闘不能のようだ。


 「全隊に告げる……戦闘体制に入れ」

 小声で呟くようにだが、それでも蜂には聞こえる様だ。

 蜂の声は直接に男の脳に響くのだから、それとは逆に蜂に届いているのかも知れない。

 「目標! 魔物! 全隊で遊撃せよ」

 一呼吸置いて。

 「戦闘開始だ!」


 ブブブブーン。

 蜂達は一気に加速した。

 

 

 人間と魔物が戦っている隙に後ろからソッと忍び寄る蜂達。

 そして、背後から針を跳ばしてチクリ。

 もちろん攻撃を仕掛けているのは魔物に対してだ。

 だが、その毒針も致命傷には程遠い。

 ジワリジワリと体力を削るだけ。


 そのうちに魔物達も蜂の存在に気が付いた。

 幾ら小さくても鬱陶しい攻撃をされればわからない筈もない。

 その場は人間と魔物と蜂達の三つ巴の争いにと変わっていった。

 唯一、蜂だけは人間を攻撃しないのだが、そんな事は当の人間にはわからない。

 人間にとっては蜂も自身に驚異をもたらす魔物でしかないのだ。


 慌てふためく人間達。

 新たに魔物が増えれば敵も増える。

 それでなくても人間達の方が劣勢なのにそれに輪を掛けての新しい魔物の襲来だ。

 今まで相手をしていた魔物に加えて蜂達にも剣を向けている。

 右往左往のドタバタだ。

 が……それも次第に落ち着いて来た。

 魔物と蜂達とから微妙な距離で離れていく。

 気付いた様だ。

 蜂はデカイ魔物しか見ていないと、だ。

 どう考えたのかは知らないが、魔物同士が勝手に争うなら近付かない方が得策とでも思ったのだろう。

 その行動は、明らかに消極的で……魔物同士の争いに絡んでトバッチリだけは避けようと、そんな戦い方に為っている。


 一方。

 魔物の方は蜂達を見咎めて、攻撃を仕掛けようとするのだが的が小さすぎるのか苦戦している。

 仕方無くか?

 やけに成ったのか?

 攻撃の当たらない蜂達は後に回してか……的の大きい方の人間達を狙い始めた。

 

 暫く続くその状態。

 蜂はデカイ魔物を襲い。

 デカイ魔物は人間達を狙う。

 人間達はそれを避ける様に後ろに下がる。

 結構な時間がそのまま。


 しかし、そこに変化が訪れた。

 突然にウリボークン一匹が何も無い所で倒れたのだ。


 「毒が効いたか?」

 襲われている幌車から少し離れた草村の影に、しゃがんで隠れていた男が呟いた。


 そして、それを合図にか次々とデカイ魔物が倒れていく。

 地面に伏して……手足をピクピクと痙攣させながらに緩やかな死を迎える魔物達。

 男はそれを見ていた。

 人間達もただ見ていた。

 男の方は……それがネクロマンサーのスタイルだからだ。

 今までの何回かの戦闘……雑魚狩りでそれを学んでいた。

 戦闘は使役している蜂に任せる。

 使役側の自信が出て、戦闘に巻き込まれて死ねば……それは全部隊の崩壊を意味する。

 蜂達はネクロマンサーの造ったゾンビなのだ、その大元のネクロマンサーが死ねばそれはただの動かないムクロに戻るだけ。

 つまりはネクロマンサーは何が有っても最後まで生き残らねばならないのだ。

 それが男の仕事でも有った。

 直接の戦闘は極力避ける。


 人間側は、もっと簡単な理由だった。

 デカイ方の魔物は戦闘不能に陥っている……が、側には蜂達がまだ飛んでいた。

 そこに飛び込んで、蜂達の標的には成りたくないとの心理だろう。

 至極、当たり前の判断だ。


 そして、最後に残った一匹の魔物……イノキングも崩れ落ちた。

 「完勝だな……」

 男はその隠れていた繁みから立ち上がり、幌車に向かって歩き出す。

 

 蜂達は帰還させて男のパーカーのフードの中に隠れさせた。

 これから人間達の所に向かうのだ、怪しまれない様に蜂達には消えて貰わねばならない。

 蜂の魔物が飛び回っているの中に人が普通に歩いて居ては、あまりにもおかしいだろうからだ。


 ユックリと近付く男。

 視線はチラリチラリと転がっている魔物に向けている。

 死んでは居るようだが……ネクロマンサーの能力なのだろう、その生死は人目でわかる。

 それでもそれまで見たことも無いような魔物だ、興味も有るが……怖さが先に立つ。

 

 そんな魔物達を避けて幌車の横にヘタリ込んでいる人間達に声を掛けた。

 蜂達も消えて……安心して力尽きた感じか?

 「大丈夫か?」


 声を掛けられた人間達は一斉に男に視線を向ける。

 ギロリとした目だ。

 そして、驚いた顔に成り。

 次に何かを納得した顔。

 大方……目の前を歩いている男も魔物達の襲撃の巻き添えを食ったのだおろう、とか考えたか?


 「兄ちゃん……なかなかに運が良いな」

 何処かに逃げて、隠れて居た? そう見えた様だ。

 最初の逃げては的外れだが、後の隠れては正解だ。

 しかし男にはそう感じただけで、ヘタリ込んでいる人間の本当の処はわからない。

 あくまでも男の勘だ。


 「モンスター同士の同士討ちで命拾いなんて……」

 ニヤリと笑みを溢した人間。

 「一生の内で在るか無いかだぜ」


 男はそれには曖昧に返す。

 蜂達をけしかけたのは男なのだから。


 「無事な様だな」

 男は辺りを確認しながら頷いて。

 それでは! と、片手を上げて踵を返した。

 多少は怪我をしている様だがそれでも大した事も無さそうだと見た男。

 長いして面倒事に巻き込まれるのも嫌だし。

 何より骸骨を待たせている。

 そそくさとその場を離れようとした。


 その男の背中に……人間達が声を掛けた。

 「待ちな! 兄ちゃん」


 男が振り向くと。

 ニヤ着いた人間達が武器を手に立っている。

 その中の一人……先程に声を掛けた人間だ。

 「本当に運が良い」

 一歩出て先頭に立った人間。


 「有り金全部で命が買えるぜ」

 右手に回り込んだ別の人間がそう男に言葉を投げた。


 「その異世界の服と左手の光り物もだ……全部置いていけ」

 左手に回り込んだ人間。


 男は考えた。

 コイツら盗賊か?

 「骸骨を呼んでこい」

 小声で蜂に指示を出す。

 それに呼応するように、一番小さな蜂が一匹……パーカーから抜け出して飛びだって行った。

 コイツ等が盗賊とするなら骸骨を見られても問題は無いだろう。

 所詮は盗賊。

 騒いでも誰もまともに相手にもしない筈だ。

 なので呼んでこい……だ。


 その飛び去った蜂を見送った男は。

 さてと……と、盗賊共を見る。

 

 先頭の最初に声を掛けた男が盗賊のボスか。

 先程とは違い自信に満ちた立ち居振舞いで思うよりも大柄にも見える。

 そのボスの武器は日本刀だった。

 が……体のサイズとは関係無くに小さい。

 脇差しだな。

 

 それを振りかぶったボス。

 「さあ」

 と、一言。

 金を出せと置いていけを一言で纏めたのだろうが……あまり知性は感じられない。


 と、何処からか声がした。

 「およ!」

 少し甲高い声……女か? それも子供? そんな声音だ。

 が、聞こえた気がした。


 男は辺りを探る。

 声が何処から聞こえたのかわわからないが……近くに子供が居る?

 幌車の中だろうか?

 盗賊の子供?

 しかし……それよりも気になる者が居る。

 左に動いた男のがいつの間にかに後ろに回っていた。

 三本のナイフをジャグリングしている痩せた小柄なニヤケ顔のオッサンだ。

 なかなかに器用なヤツが。

 「さあ」

 男に背後を取ったぞ、もう逃げ道は無いぞと告げるようにだ。


 そして、もう一人の右の男は少し下がる様にして……脇差しを構えるボスの後ろ、影に隠れる様にしているが手には杖を持っている。

 成りは魔法使いの様だが……その通りだった。

 小さな火の玉を空に向けて撃ち始めたのだ。

 威嚇か?

 火だけではなく男のすぐ横を氷の魔法か? で、凍らせたりもする。

 火だけでは無いぞとの意思表示なのだろう。


 しかし、初めて見る魔法なのだが……それが自分に向けられるとわけがわからない分、怖さも相当に増すのだと男は背中に汗を感じた。

 その魔法使いも。

 「さあ」


 「さあ」

 「さあ」

 「さあ」

 合計三人の盗賊達がニジリ寄る。


 「ウザすぎる……」

 眉を寄せた男は呟いた。

 怖さは有るが……それでも倒れている魔人の魔物達に比べれば見た目も含めて雑魚にしか見えない。

 男と蜂達はその魔人を、時間は掛かったが簡単に倒したのだ。

 

 「殺れ」

 骸骨を待つ気も失せた男は小声で蜂に命じる。

 「威力攻撃開始だ……」

 

 その合図で男のフードから飛び出した蜂達。

 骸骨を呼びに出ている蜂、それが一匹減って十匹の蜂の群れ。

 前後左右に三人の盗賊達なので一人に三匹の計算だ。

 

 突然に現れた蜂の魔物に驚いた盗賊達。

 何処かに消えたと安心しきっていたのだろうそれが目の前にだ。

 それこそ蜂の巣をつついた様な大騒ぎ。

 五人居た自分達が苦戦していた魔人を倒した蜂達だ。

 盗賊達は明らかに狼狽していた。


 男の背後で叫び声。

 「イテッ! 刺された!! 毒だ! 毒消しを寄越せ!」

 叫び声の主はジャグラー。

 

 そのジャグラーにボスの後ろに居た魔法使いが小瓶を投げ付けた。

 ジャグラーに当たり、割れて液体が振り撒かれた。


 だが、間髪入れずに蜂はまた刺す。

 一人に三匹だ。

 一匹が前で飛んで気を惹き付けているうちに背後に回った蜂が首筋を刺している。

 それを気にして後ろを向けば……前で飛んでいた蜂が襲い掛かる。

 針を跳ばせる様に成った蜂は強かった。

 遠目ではわからなかったが、近くで見ると相手の武器が届く間合いを微妙に外している

 攻撃されている方は慌てているのか、蜂のサイズが小さ過ぎて幻惑されているのか。

 その間合いの外の蜂を攻撃しようとするのだが……それはやはりか届かない。

 そして、飛び回る蜂は速かった、

 器用にホバリングして、瞬時に横や後ろに移動する。

 それが上下左右に前後までなので何処に移動するのかも予測し難い。

 縦横無尽だ。

 

 「もう一度寄越せ!」

 ジャグラーが叫んでいる。


 だが、その時には魔法使いも他の盗賊も自分達にタカる蜂達に手一杯に成っていた。

 小さな飛び回る蜂に火の玉を撃つ魔法使い。

 しかしそれは掠りもしない。


 飛び道具を当てるには的が小さすぎるのだ。

 それはヤッパリ、ジャグラーの投げナイフもそうだ。

 もう既に手元にナイフは一本も無い。

 投げ尽くした後だ。

 それももちろん掠りもしなかった。

 

 「蜂達のスピードを嘗めて貰っては困る」

 ニヤリと笑みを溢す男。


 と、ジャグラーの足元が凍った。

 蜂が巧みに飛び回りながらに攻撃を誘導して……それに、魔法使いがまんまと填まったのだ。


 「おお素晴らしい」

 男は感嘆の声で蜂達を誉める。

 もちろん声は小さく。


 「お前何しやがる」

 叫ぶジャグラーは男では無くて魔法使いの方を見ていた。

 流石に蜂達を動かして居るのが目の前の男だとは露程も思わない様だ。


 しかし叫ばれた方の魔法使いは……もう顔色が悪く成っている。

 毒が回り紫色に変色していた。

 既に……耳も聴こえず。

 目も見えていない様だ。

 魔法も滅茶苦茶に撃っている。

 それがまたジャグラーに当たった。

 ジャグラーの肩から火の手が上がる。

 が、そのジャグラーも既にヘロヘロで虫の息だ。

 「うわぁ……」

 との悲鳴も出る声は小さい。

 

 「これは……もう時間の問題だな」

 男はジャグラーをもう見る必要もないと魔法使いの方に目線をやる。

 しかしそちらももう既に終わっていた。

 地面に伏して倒れ込んでいる。


 左右の盗賊達も今まさに倒れた所だ。


 そして盗賊達のボス。

 旗色の悪さを見てか、独りで逃げ出そうとしていた。


 「子分を置いて逃げようとは……見下げ果てたヤツじゃ」

 そこに駆け付けた骸骨に殴り倒された。

 剣は使わずに素手でだった。

 

 その骸骨は男に向かって。

 「ほれ、加減してやったぞ」

 次に蜂達を手招きして。

 「トドメを刺せ」


 骸骨が現れたその時。

 また何処からか声がする。

 先の子供?

 女の子? が。

 「きゃっ」

 と、小さく叫び。

 同時にバフンと音がする。

 そして、周囲に強烈な臭いが漂いだした。

 鼻がもげるかと思うほどに臭い。

 そしてもう一度……声。

 「いやーん」


 骸骨と男は顔を見合わせた。

 男は自分の鼻を摘まんでいる。

 骸骨には摘まむ鼻は無い。

 そして、二人して同時に首を傾げたのだった。

 「なんだ?」

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