第2話 002 ネクロマンサー


 真っ暗な闇の中に男は立っていた。

 男の前、その一歩先は深い崖に成っている。

 見えない筈の男にもそれはわかったのだが……その理由はわからない。

 

 その崖の向こうの空中を、光る何かが男の方へと近付いて行く。

 その動きはユックリだ。


 男はそれに目を凝らした。

 闇の中の光。

 とても目立つそれは……しかし、良くわからないモノでも有る。


 瞬間。

 男の目の前。

 崖の上に、淡く光る骸骨が浮いていた。


 「死後の世界?」

 目線は、浮いた骸骨に止めながらに呟く。

 男の記憶では、最後は棺桶に閉じ込められて……土の中だ。

 「三途の川のイメージとは全く違うな……何も無い」

 顔の下半分だけで笑った。


 「カカカカカッ」

 男に合わせたかのように、骸骨も笑う。

 声には成らない乾いた音だ。


 「死神ってヤツか? 無宗教だとそうなるのか」

 骸骨を見ながら。


 「ワシは死神では無いぞ」

 骸骨は男を、無い目玉を向けて見た。

 一呼吸後。

 「そして、貴様はまだ死んでおらん」


 「生き埋めにされた筈だが?」


 「まだ、ギリギリで生きておる」


 「そうか……これから三途の川が見られるのか」

 死ぬ寸前の予兆ってヤツだろうか?


 「貴様は……そんなに死にたいのか?」

 骸骨は、普通に問い掛けた。


 「そんなわけ有るか! 生きたいに決まってる!」

 男はその問いには叫ぶ以外に無い。

 生と死だ、天秤に掛けるまでもなく答えは一つしかない。


 その返答に笑って返した骸骨。

 男の燗に触る音だ。

 顔が歪んだ。


 「なら、ワシが貴様を助けてやろう」

 頷いて。

 「生かしてやる」

 言いきった。


 「本当か? なら頼むまだ死にたくは無い」

 骸骨の言葉を完全に信用した顔ではなかったが……今の男には失うモノも無いとそう考えたのだろう。

 即答だ。


 それに対して笑う骸骨。

 そして、また口を開いた。

 「では、一つ……頼みを聞いてくれるか?」

 

 男の眉間にシワが寄る。

 「契約ってヤツか?」

 頭の中に悪魔と文字が浮かんだのだろう、返答。


 「それでも構わんが……まあ、約束事じゃな」


 「命はやらんぞ」


 骸骨が笑う。

 「だから、助けてやると言うておるではないか」

 笑う。


 「……」

 息吹かしんだ男。

 「その頼み事とは……なんだ?」


 笑う骸骨。


 「何でも聞いてやる! 約束してやる!」

 骸骨に怒鳴り付けるがごとくに叫んだ。

 「言ってみろ! 俺に何を求める!」


 その返答に満足した様に頷いた骸骨は、大仰に腕を振り上げて。

 「この国の王となれ」

 

 その言葉と同時に、世界が暗転した。






 闇の中でガンガンと音が鳴り響く。

 その音に我に返った男は、少しの身動きで動く隙間の無い棺桶の中だと理解した。

 「まだ……生きてる」


 そう呟いた、その時。

 

 突然に棺桶の蓋が引き剥がされて、男の目を月の光が刺した。

 眩しくは無いが、手でひさしを造る。


 「さて、貴様には約束を果たして貰うぞ」

 骸骨が棺桶に首を突っ込む様にして、中の男に告げた。


 

 深く深く……喘ぐように少しでも多くの酸素をむさぼる男は、上体だけで体を起こして、そのまま辺りを見回した。

 月だけの明かりの暗い闇の中だが、それでも今まで居た棺桶の中よりも明るい。

 ……そこは男の予想通りの場所だった。

 少し掘り下げられた場所からでも墓場だとわかる。


 そして、男は覗き込む骸骨を見上げた。

 月を背にした骸骨はスコップを肩にして、男に視線を向けながらに待っていた。

 何を待っているかはわかっている。

 

 「どうやったら成れる?」

 骸骨の欲する王に成れ……にはどんな意味が有るのかはわからない。

 男を王にして何をさせる積もりだ?

 そもそもがその王に成る方法もわからない。

 宣言をすればなんてだけで、簡単に王に成れるわけも無いだろう。

 その成り方すらも見当も着かない。


 頷いた骸骨は、掘り出した棺桶を椅子代わりに座り。

 「方法は二つ。一つは貴様の持っている勇者の卵を育てる。もう一つは他の勇者の卵を奪う」

 わかるか? と、頷いて確認を求めるが……男にはチンプンカンプンだ。

 それを見た骸骨は、肩を竦めて続けた。

 「どちらでも良いし……どちらでも強くなれる」


 「強く成ってどうする? 国を乗っ取るのか?」

 革命?

 それともクーデター?

 テロか戦争?

 男の頭に浮かぶのはそんな言葉ばかりだ。

 「例えば……今の王を殺せたとして。そう簡単に王に成れるものなのか?」

 無理だろう?

 何処の馬の骨ともわからん奴に王が務まる筈もない。

 誰もそんな奴を王とは認めないだろう。

 王を殺したその時点で、この国は戦国時代の始まりだ。

 ……この国は? とわなんだ?

 男は自分の考えに疑問が湧いた。

 確かにここは日本では無さそうだ。

 実際に王らしき者の前に引き摺り出された。

 何が男に起こったのかは理解不能だが……それでもここが見知った世界では無い事は理解出来る。

 現に骸骨だけの姿で男に語りかける存在が目の前に居たのだからだ。


 「そうじゃな……成れんな」

 骸骨は男の問に笑い。

 「首がすげかわるだけじゃな」


 「強く成る意味が無い」

 そうだろうと予想した答だ。


 「普通ならばな……しかし勇者は別だ」

 骸骨は男を指差して。

 「貴様は勇者だ。勇者は勇者としてだけで民衆の心を掴む事が出来る。そして、そのまま王にも成れる」


 「今の王が黙って玉座を明け渡すのか?」

 そんな感じの王には見えなかったが?

 

 「そんな筈は無かろう」

 骸骨はスグに否定した。

 「現王と勇者の力の戦いだ」


 「王の力とは兵士達? そのまま軍隊か……」


 「そうじゃ……戦争だ。勝たねば為らない。故に強さには意味が有る」

 

 「しかし……」

 骸骨の言う事はわかった。

 戦って奪い取れとだろう。

 だが……。

 「俺にはその戦う力が無いようだ……そのせいで生き埋めにされた」

 深い溜め息を吐いた男。


 「そうじゃな……現王は見る目が無いのう」

 ニヤリと笑った骸骨。

 硬い骨だけで肉も無いのだが……その表情はそう見えたのだ。

 「確かに貴様には攻撃力は無い……虫一匹も殺せん筈じゃ」


 頷く骸骨に。

 「そこまで弱くは無いと……思うが」

 虫くらいなら殺せる。

 素手で叩いて潰すには……多少の勇気が必要だが、それは気持ち悪いからだ。

 決して虫ごときに恐怖しているわけではない。


 「なら……やって見せよ」

 骸骨が肩に担いでいたスコップを男に差し出して。

 そして、空いた方の手で指を差す。

 その指した先には頭部から血を流した獣人が倒れて居た。


 「死んでいるのか?」

 男は眉をしかめて、斜にそれを見た。


 「意識が無いだけじゃな……今はな」

 今一度、スコップを押し付けてくる骸骨。

 「じゃが……もう長くは持たん。頭蓋が割れておるからな」


 男は押し付けられたスコップに視線を落とした。

 これで何をしろと? そう聞く前に骸骨が続けて喋る。

 

 「さあ……早く楽にしてやれ」

 目線は地面に伏せて倒れている獣人にだ。

 

 「別に……殺さなくても」

 男は怯む。

 男の価値観に人を殺すと言うモノは無いのだから、当たり前だ。

 毛むくじゃらで、明らかに人では無いとはわかる獣人だが……それでも肢体は人形に見えるそれも、殺すとういう選択肢は出てこない。


 「そやつに助かる見込みは無い……手元に薬が有るわけでも無い、ワシも回復魔法は使えん」

 骸骨は高笑い。

 「何せワシは骸骨でアンデッドなのじゃから使える道理が有るわけもない」


 「なら……誰かを呼びに行くなり何なりと、方法は?」

 男は骸骨の笑いはわからなかった。


 「貴様を生き埋めにしたヤツじゃぞ? 助ける義理もないじゃろう」

 笑い続けていた。


 「コイツが俺を?」

 スコップを強く握り締めながらに、その獣人に近付き。

 そして、顔を覗き込む。


 「貴様には殺れんか?」

 まだ笑っている。

 「強さ以前の問題か?」

 獣人を指差して。

 「自身を殺そうとしたモノも殺れんとはな……」


 骸骨の笑いが小馬鹿にしたものに変わったのがわかった男。

 それに腹が立ったが……それ以上に目の前の獣人には腹が立つ。

 もちろん一番に腹が立つのは、それを命令した王にだが……今はここには居ないし、それ以前に勝てないのもわかっている。

 だが……腹が立っても殺す事には躊躇してしまう。

 しかし、助けるという選択肢は無くなった。

 「このまま放置しても……」

 自身の手を汚す事無く生き絶えるのだろう? それが頭を過る男。


 「力を示せ」

 それでも殺す事に意味が有ると男を即した骸骨。


 何の意味だ?

 そう答える事は出来ない男。

 命を救い出してくれた骸骨が望む事でも有る。

 出来ると見せろと……。

 そして、この先には王に成る為の戦い……つまりは沢山の死が有るのだろう。その最初の一歩。

 それが死にかけの獣人にトドメを差す……それだ。


 一度……目を固く瞑り。

 そして、大きく目を見開いた。

 見える獣人は……人の成りはしていたが明らかに人では無いモノ。

 それがせめてもの救いだと、自身に言い聞かせて。

 スコップを高く掲げて……ゴルフスイングよろしく地面に転がった獣人の頭を目掛けて振り抜いた。


 ガツン……と、嫌な音がした。



 「よくぞやったぞ」

 そんな高笑いと共に近付いてきた骸骨。

 「一歩、前進じゃ」

 男からスコップを取り上げて。


 「さっきの虫一匹もは訂正しといてくれ」

 苦い何かを噛み締めながらに男は呟いた。


 「訂正は……出来んと思うぞ」

 しかし、骸骨はそれを否定して。

 転がる獣人を指差している。


 男は敢えて避けていたその獣人を見た。

 と、その獣人。

 むくりと起き出した。

 何事が起きたのかと辺りを確認している獣人。

 そして、骸骨に目を止めた途端に何かを叫びながらに、脱兎のごとく走り出して去って行く。


 今まさに……瀕死で。

 男がトドメを指した筈の獣人がだった。

 「なぜ?」

 絶句!


 「不思議じゃろう?」

 骸骨はそれらを見もしないで、ソコの自分の足下を掘りはじめて居た。

 「それが貴様の持つ勇者のスキルの一片じゃ」


 「勇者の? 回復のでは無いと……聞いたが?」

 王との謁見の時に、ローブの女がそう言っていた。

 困惑の顔を見せる男。


 「回復は生……貴様のは死」

 何かを掘り出した骸骨。

 「魂の勇者」

 それを腰に下げる。

 「つまりは……ネクロマンサーじゃ」

 赤錆た剣だった。


 「ネクロマンサー? 俺が?」

 自分で自分を指差した男。


 「そう……死者をアンデッドとして召喚し、それを使役する」

 男を指差した骸骨が断言した。

 「それが魂の勇者じゃ」


 「今のは? あのモノを攻撃したのに回復した?」

 ネクロマンサーだと言われて困惑はしているが、それ以上にわからない目の前で起こった事。


 「あれはアンデッドにとってはとても危険な攻撃」

 骸骨は首を振りつつ。

 「場合によっては一撃で滅せられる程の威力だが……それは生者には、ただの回復にしか成らん」


 それはつまりは……。

 男は理解しようと考える。

 生と死?

 アンデッドと生者?

 相反するモノ……。

 攻撃力がそのまま回復に反転した?

 ……それは、攻撃が出来ないと意味しないか?

 唸る男はそのまま考える。

 俺は……どう強く成る?

 さっき骸骨は強く成れと言った……が。

 それはどうやって?

 わからん……。


 骸骨は首を捻る男を一瞥して。

 数歩を歩き。

 少し盛り上がった土の地面を指差した。

 「この辺りで、意識を地中に向けて集中して見せよ」

 

 それに何かの答えが有るのだろうか?

 そんな事を思いながらに、言われるままにそこに立。

 「死者が居るのがわかる」

 自然と理解出来る何かが有った。

 「確かに居る」

 頷いた男の頭に一つのスキルが浮かぶ。

 「○×△□……」

 呪文だった。

 自然と口につくそれは……アンデッド召喚。

 が……何も起こらない。

 

 「それはまだ早い」

 手で顔を扇いだ骸骨は。

 「もっと深くで……簡単にだ」


 レベルか何かが足らないのだろうか?

 仕方無い、もう一度集中。


 死者の体の奥に光る小さな珠を幾つか見付けた。

 また別のスキルが頭に浮かぶ。

 「○△×□……」

 さっきとは違う呪文。


 今度はキチンと発動した様だ。

 地面に光が走る……。

 魔方陣だった!

 その中心から地中の珠が反応して……地表にから空中。

 男の目の目にまで浮かび上がった。


 とても小さな……豆粒の様な光る珠が、3つ。


 男は骸骨を見た。

 

 骸骨はそれに頷いて返して、手で即する。


 光る珠の一つにソッと指を出して触れる。

 その瞬間に珠は消えて……代わりに男の頭の中に呪文が浮かぶ。

 「××○△……ウォーク」

 足元が軽くなった気がする。

 「スキル?」


 「ウォークは冒険者の基本スキルじゃな」


 「何が出来る? ただ足が軽くなっただけだが?」

 冒険者と聞いて、少し胸が弾んだ男は勇んで骸骨に尋ねた。


 「それは歩ける様に成るスキルじゃ」


 「歩ける? 歩く事くらい……元々から出来るが?」


 「もっと歩ける様に成っている筈じゃ。歩き続ける事の出来るスキルがウォーク」 


 良くはわからないが……それは凄いのだろうか?

 首を捻った男は次に指を出す。


 他の二つは体に入った感覚は感じられたが……何も起きない。

 やはり首を捻る男。


 そんな男を見てか、骸骨が教えてくれる。

 「その二つは……パッシブか? 今は必要の無いスキルか? じゃな」


 パッシブ……必要な時に勝手に発動するスキルの事か。

 男は頷いた。


 骸骨も合わせて頷いて。

 「さて、そろそろ行くかの?」

 と、歩き始めた。


 「何処へ?」

 男はその骸骨に着いて行く。


 「貴様が今思っている、その疑問に答えてくれる者の所へじゃ」

 後ろを振り向きもせずに答えてくれた骸骨だった。

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