第2話 最大の恐怖

<1944年 7月 8日 カレリア地峡近辺>


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あぁ、なんという事だ。

俺達は今最悪な状況に見舞われている。

兵士は短命とよく言われるものだが、ここまで短いものだったとは。

死ぬ前にもっとやりたい事をやっておくべきだった。


…………いや、そんな事を言っている場合ではない。

不運を嘆く暇があるなら引き金を引け、だ。


「ホントにホントっっに最悪だ!!」


現在我が分隊は森の中で遭遇した一個小隊のソ連兵と交戦状態に入っている。

十数名の分隊に対し相手は一個小隊、勝てるはずなど無かった。


森の奥から何百発という銃弾が嵐のように飛んで来ては俺の頬を掠めた。


「撃て!!撃てぇ!!」


「これじゃキリが━━━━」


俺の隣から聞こえて来たのは肉が弾ける様な音。

振り返ればそこには頭を撃ち抜かれ、即死した仲間の死体があった。


「クソっ!」


死んでたまるかと他の仲間達も反撃するが、ソ連兵の物量に圧倒され、為す術もなく一人、また一人と死んでいった。


「撤退!!てったァーーーーい!!!」


あと少しで分隊が壊滅する所で分隊長のヘルッコ伍長が撤退命令を出した。

撤退命令を受け、生き残った隊員は後ろに下がりながらヤケクソでソ連兵のいる方に銃弾をばらまいた。


「クソっ……クソっ!!」


ただひたすらに森の中を全力で走り続けていた。

最早俺に周りの事など気にしていられる余裕は無かった。

悪態をつきながら走り続けるのみ。


走り、走り、時々躓いては派手に転倒し、また走る。

そんな事を繰り返してからどれだけ経ったか分からない。

気が付けば周りにいた他の分隊員はいつの間にか居なくなっていた。


しまった……分隊とはぐれたか。


先程まで休み無く動かしていた足を止め、周りを見渡すと、本当に誰も居なかった。

ヘルッコ伍長も他の分隊員も。

それと、俺は自分が今いる場所に大きな違和感を覚えた。


気の所為…じゃないな。

間違いなくおかしい。



"ここはさっきまで俺がいた森じゃない"


そこは先程まで戦場だった鬱蒼とした森ではなく、背の高い木のみが生えている針葉樹林だった。

いきなりの異常事態に冷や汗が頬を伝う。


だが、ここで留まる訳にもいかない。

ここがどこであれ、本隊と合流しなくては下手すれば野生動物の腹の中に収まるかソ連兵と遭遇して射殺されるのだ。


「とにかく、分隊の生き残りを探さねぇと…。」


先程まで止めていた足を再び動かし、仲間を探そうとする矢先、林の奥に人影が見えた。

俺はそれが仲間か確認する為に目を凝らした。


人影は一つだけ……なら分隊の生き残りか俺のようにはぐれたソ連兵か……どのみち接近しなければ正体は掴めない。


念の為、音を立てないように中腰で針葉樹に隠れながら人影の元との距離を詰めて行った。

人影は俺に気付いてる様子ではなく、ただそこに佇んでいる。


距離は次第に小さくなっていき、あともう少しでそいつの正体が掴めた…………のだが……


……!? いなくなっただと!?


その人影は俺が今いる場所から別の木に移ろうとした時の人影と木が被ったほんの一瞬の間に姿を消したのだ。


なんだ…?俺が見ていたのは幽霊だとでも言うのか!?


人影はどこへ行ったのかと周りを見渡そうとしたその時だった。


「Nosta kättäsi」


突然後ろから何者かから声を掛けられた。

だが、俺は決して振り向かず、モシン・ナガンを地面に置き、両手を上げるとゆっくりと立ち上がった。


「Käänny hitaasti ympäri」


その男の言う通りにゆっくりと振り向いた。

そして、振り向いた時に見えた顔は…………



ヘルッコ伍長の顔だった。



「フィンランド語が分かるってことは仲間だな。」


「まさかヘルッコ伍長も……?」


地面に置いたモシン・ナガンを拾いながら聞くとヘルッコ伍長は小さく頷いた。


「俺も分隊員とはぐれてここに来た。 どうも俺らは超常現象にでも巻き込まれたみたいだな。」


ヘルッコ伍長は辺りを見渡しながら鼻で笑った。

異常事態に見舞われたのが自分一人だけではないと知った俺は安堵の溜息を零した。


一応俺とヘルッコ伍長はそれなりに死線をくぐり抜けてきているのでこのような状況でも平静を失わず、行動が取れる。


とはいえ、この異常事態に流石のヘルッコ伍長でも混乱しているのか、しきりに辺りを見渡している。


「なぁ、イーヴァリ、お前ここら辺で人影を見なかったか?」


この一言でヘルッコ伍長が挙動不審になっていた理由がすぐに分かった。

ヘルッコ伍長も見ていたのだ、あの人影を。


「はい、見ましたがヘルッコ伍長もですか?」


「あぁ。」


「とにかく正体が掴めない以上、警戒は必要だ。 銃に弾はしっかりと込めておけよ。」


そう言われると、俺は思い出したようにボルトを後退させ、内部の弾倉に弾を3発込め、ボルトを戻した。


どうやら俺は思っていたよりもこの状況に動揺していたようだ。


「よし、分隊の生き残りを探しに行くぞ。」


「了解。」

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