エピローグ1 指輪越しに届いた手紙

 おはよう。こんにちは。こんばんは。


 俺の声は君に届いているか? 届いてなかったら困るんだけど、聞こえていたら聞こえていたで、少し困る。なんせ、僕は君に伝え忘れていたことを伝えなければならない。その行為は少し恥ずかしい。いままで隠していた部分をさらけ出すことでもあるからな。でも、せめて、最後にだけ、君に本当の自分を知ってほしかったんだ。


 そもそもの経緯を説明すると、全ては神サマの粋な計らいだよ。君を最初に封印したときに使った指輪を覚えてる? それを、君が目覚めた世界に神が設置してきたんだってさ。デザインはシンプルだ。小さめの宝石は昼は空色・夜は瑠璃色に光る。今はちょうど夜だけど、君のところはどうなんだ? 


 そんで、世界を救った報酬というかお土産として、俺も同じものを受け取った。今、これを利用して自分の気持ちに思いを吹き込んでいるってわけ。世界は違うけど、今、この瞬間だけはつながっているって感じかな。通話というわけじゃねぇよ。一方的に話しかけているだけだ。留守電みてぇなもんか。いや、お前には伝わりずらい例えだな。悪ィ。


 それで、なにから話せばいいんだろう。俺、実はこういうことってやったことねぇんだよ。すっげぇドキドキするし、変なこと言わないか不安で仕方ない。もし、おかしなこと言ってるなって思ったら、そこは聞き流してくれよ。頼むから。


 とりあえず、始まりに関してから話そうか。


 俺たちの最初の接触は、君が人攫いに狙われたことだよな。髪の色が特徴的だから高値で売れると思われたんだよ。


 捕まりそうになっていた君を、俺は助けた。

 一目惚れだった。


 腰まで伸びた銀髪はサラサラとしているし、顔立ちも整っていた。あのツンとして冷たい雰囲気もあるところが、ミステリアスでもあった。肌も色白でさ、そんな君の姿は透明感にあふれていたんだ。


 助けたあと、俺は君になんて言ったっけ?


「その髪。珍しいから隠したほうがいいんじゃないか?」


 いや、染めたほうがいいだったか? まあ、いいか。


 それで、いったん俺たちは別れた。次に再会したのは、学校だ。お前は銀髪のまま通ってたっけ。


 相変わらず、俺は君に惹かれたままだ。

 そのときはまだ淡い気持ちしか抱いてなかった。

 俺の感情が変わったのはいつごろだっただろう。多分、なにかを隠していると理解したときだな。

 心の内側に秘めた色を見つけたいと思うようになった。遠巻きに見ていたし、ついつい目で追っちまってたんだよ。


 それからしばらくの間も学園生活は続いたが、俺たちはなかなか会話をしなかったな。

 君が自分から話しかけてきたのはいつだったか。今みたいな、曇り空が広がってる時期だったっけ。いや、そっちからしたら分からねぇよな。でも、なんか陰鬱だったんだ。魔王の元となる人物を探すにも疲れていたし。そんなときに、声をかけられたんだ。


「どこまでが素なの?」


 ぶっきらぼうに、冷めた目をして、言ったっけ。


 意味が分からなかったよ。なんで俺がこの顔を作っているんだって分かったのかすら読めなかった。

 俺は確かに勇者を演じていたよ。元は普通の少年だった。ヒーローに憧れるだけの存在。それを神によって架空の勇者に昇華させられただけの、張りぼて感満載のヒーローだ。


 でも、俺の仮面は誰にも見抜けなかった。勇者と言われたらそうなのだろうと受け入れるし、俺だって、それっぽいことをやってきたよ。困っている人を助けたり、悪いやつを倒したり。ただの自己満足かもしれねぇけど、それで感謝されることもいっぱいあったんだ。おっと、脱線したな。


 それで、とにかく俺は君に正体を見破られたってオチさ。


「気に食わないのよ。いい人ぶって、ヒーローみたいなことをするものだから、みんなには注目される。本当、人たらしよね。いろんな人をたぶらかして、満足かしら? 私には、そういうところが他人を騙しているようにも見えたのよ」


 嫉妬しているんだなっていうのがなんとなく分かった。でも、俺のいびつな部分に気づいていたのは事実だって思う。


「キラキラキラキラ、まぶしすぎて敵わないわ。でも、そんなにもまぶしく輝いているのに、どうしてかしら。夜のイメージが消えないの。まるで、心の内側からにじみ出ている闇を隠そうとしているようだわ」


 いろいろとダメだなって感じた。

 でも、事実だよ。俺はいろんなものを隠してきた。この世に存在するはずのない架空の勇者を演じていただけなんだ。


 それから、俺たちは関わるようになったっけ。君はこっちを名前で呼ぶのを嫌ったっけ。だったら、「あなた」とか「君」とか「あんた」とかでもいいんじゃねぇかって、提案したんだ。そしたら、なんて返ってきたと思う。君が覚えているか分からないけど、ちょっとおもしろくてかわいかったよ。


「『あなた』は嫌よ」

「どうして?」

「なんとなく、気恥ずかしいの」

「ははーん」


 思わずにやけた。


「『親愛なる○○さんへ』って感じだもんな。そうだな。あなたって響きには愛情とかそういうものがふくまれている。でも、好きだぜ。ていねいだし、深い信頼だって感じる」


 俺が真面目くさったような顔で熱く語ると、思わず君はポッとバラ色に染まった。図星を突かれたのか、『愛』とかそういうものを口に出されたからなのか。真相は分からねぇ。でも、君がすごく純情だってことはよく分かったよ。


 結局、君は俺を名前で呼ばなかった。でも、一度くらい呼ばれてもみたかった気がする。それだけは少し、無念に思う。


 学園生活は続く。俺も君と深く関わるようになる。休日に会ったり、家に遊びにいったり、自由に過ごしたよ。


 事態が変わったのはいつのころだっただろうか。


 ある日、学校にドラゴンが現れたんだ。


 でっかかったな。皮膚は硬い鱗で覆われて、なかなか貫けなかった。おまけに翼まででかくて、飛び上がって火を吹かれると手出しできねぇよ。下から見上げると迫力があって、勝てる気がしねぇって状態だった。


 だけど、近くにはほかのクラスメイトもいる。あいつらを助けるためになにができるかっていったら、そりゃあ、勝つしかねぇよな。そのために勇者としての力を最大限に発揮して戦ったんだ。


 もちろん、浄化の刃は使ってねぇよ。あれは下手に利用すると世界が混乱におちいる。使ったのは聖剣だ。普段はアイテムボックスっていう見えない箱に押し込めてたんだけど、緊急時だったから取り出して実体化させた。


 それでドラゴンまで討伐しちまったもんだから、大騒ぎだよ。俺はさっそく勇者認定だ。君にもこっちから正体も打ち明けちまった。俺は勇者だって。しかも、その皮を着せられたただの少年だってことも伝えたな。


 そしたらお前、ひどく怯えたよな。でも、すぐに元に戻ったようで、素直に接してくれたよ。そのとき、なんで俺のことを怖がっていたのか今なら分かるけど、当時はピンとこなかったな。


 俺が君に惹かれたのは、君だけが自分の歪なところを見抜いていたからだと思う。君の前では素で居られた。居心地がよかった。だから、ずっと一緒にいたいって思ったんだ。だけど、君の態度は相変わらず冷たいままだったな。挙げ句の果てに次のような言葉までかけてきた。


「私に魅入られないほうがいいわ。呪われてしまうから」


 その小さな唇から語りだしたのは、過去の出来事だ。悪魔に魅入られて呪いをかけられた男の話。呪いは子孫にまで伝染して、ある一族を作り出したと。


 自分は悪魔であると、暗にお前は言ってたっけな。どちらかというと悪魔は魅入るほうじゃねぇかって思ったんだ。でも、多分だけど……ひょっとしたらお前、そのときには……。いや、なんでもない。ただの自惚れだ。相変わらずモテるんでな。おっと、こいつは嫌味じゃねぇよ。


 そんなわけで、君が教えてくれたんだぞ。あの一族が生まれた原因。創作だとは思うけど、確信はねぇな。でも、一族自体が悪いやつじゃねぇってことだけは分かるよ。元凶だって別に大した問題はないじゃねぇか。悪魔に一方的に好かれただけだしさ。まあ、両想いだった可能性はあるけどな。


 話は元に戻すけど、俺には欠落感っていうのか、満たされない部分があるんだ。それを埋めてくれる者を欲していた。できるのなら、短所を補い合えるやつをパートナーに選びたいじゃねぇか。君なら、いいんじゃないかって感じていた。


 その一方で周りでは勇者が召喚されたという事実や、その原因まで突き止められたな。


 勇者が現れる理由は二つある。一つ目は人類では勝てない存在を倒すため。二つ目は災厄を事前に防ぐために派遣される。要するになにかが起こったときのための抑止力ってわけだ。


 俺が現れた理由は後者だと判明するやいなや、芋づる式に災厄の原因となる存在が判明する。それは、無彩色の一族だった。彼らは普段、人前には姿を現さない。ゆえに幻の一族として知られている。そんな彼らの特徴は生命力を奪うという点だ。草木を枯らし、大地を丸裸にする。死期が近づく人間の前に現れては死を運んで、去っていく。したがって、無彩色の一族は死神と恐れられ、忌み嫌われていた。


「そうだ、あいつらだ。生命を奪い取る悪魔たちだ」


 戦士たちは躍起になって立ち上がる。


 最初は一族側は戦う気などなかった。戦闘を仕掛けられても逃げるだけで、また各地を転々とする。彼らは本当は争いなど望んでいない。普段は平和に、農耕を営んでいるだけの存在だ。それなのに、争いに巻き込まれていく。


 ついには負傷者が出た。人間では到底敵わない相手でも、子どもなら倒せる。幸い命までは奪われなかったものの、怒りは一族全体にまで広がった。ついには、やり返そうという流れに発展する。一族の者たちは鎌を捨てて、剣を取った。


 そのころ俺は、なにもしていなかった。


 別に一族に対して深い思い入れがあるわけじゃねぇよ。でも、一方的に悪だと決めつけて駆逐するのはスマートじゃねぇんだ。


 だけど、現実はそうはいかねぇ。人間と一族の戦いが本格的になったからだ。このままでは人間たちに危害が及ぶ。あっという間に人類は滅亡へ追い込まれるのではないかという予感が頭をかすめた。


 いよいよ動くしかなくなった俺は、一族を殺しにかかる。存在そのものを消失させる浄化の剣を用いれば、たいていの者は倒せる。それは無彩色の一族とて例外ではない。束でかかられたことはあっても、勇者の敵ではなかった。


 俺は、なにを思って戦いをしていたんだろうな。でも、少なくとも、君を殺したくはないというのはずっと前から心の中にあった想いだよ。


 正体を知ってからも、レイラ・レナータという少女のことは憎からず思っていた。そりゃあ、恋をしていた相手だからな。


 でも、それだけじゃねぇんだ。俺たちは、友達でもあったはずだ。時には手を取り合って、一緒に歩いた。交流を重ねて親密になったという実感も湧く。実は気が合うんじゃねぇかって思ったりして、将来のことを考えたりもした。ようやく居場所を見つけたと思ったんだ。


 その手を先に離したのは君だったな。


 裏切られたと思った。もう一緒にはいられないと振られたのだと痛感した。でも、忘れられなかった。君という存在は脳裏に焼き付いて離れない。その黒瑪瑙オニキスのような目を見ていると、吸い込まれそうでさ……。


 君は特別な人だった。黄金よりも価値のある、貴重な存在でもある。


 もう、解放されないなって、口の中でつぶやいたのを覚えていた。


 そうだな……君こそが僕の心をつなぎとめていた楔だったってわけだね。


 あれからいろいろなことが起きて、俺の心は荒んでいった。

 だけど、君に対する想いだけは純粋だ。


 薄汚れて罪を重ねていく男が、たった一人の少女に抱いた恋心だけがきれいで思い出として残っているだなんて、皮肉だと思わねぇか。


 まだ、君を求めていた。


 本当はなにもいらない。君が無事でいてくれたら、よかった。もう二度と関わり合うことはなかったとしても、彼女が平穏を守れていたら、求めるものはない。


 なんせ、君は变化の術を身に着けている。高度な幻術を解くすべを持つ者でもいない限りは安全だろうと、踏んでいたのだ。


 だけど、お前は俺の前に姿を現した。


「絶対に許さない」


 開口一番、そう言ったよね。

 激しく目を尖らせて、深い闇色をした瞳で俺を睨みつけた。


 そのときのことを覚えている。心が波立って、なにも言えないまま、固まってしまったことも記憶に残っていた。


「消えていくの。彼らの叫びが、声が。私の記憶からもなくなった。私は一人になった。その刃のせい。私から全てを奪った。帰る場所を奪った。なにもかも、全部。消された。殺したの? 全部、なかったことにしてしまったの?」


 激しい感情をぶつけられて、たじろいだ。


 俺は言い訳もできない。事実、手を下したのは俺だ。人間に危害が加わらないように、先手を打って一族を滅ぼした。だけど、彼女だけは見逃した。生かしてやろうと、上から目線で。


 恨まれるのも当然だ。だって、俺は彼女にとって最も大切なものすら分かっていなかった。生きてさえいれば幸せだと、誰にも狙われずに過ごせるのだと、信じて疑わなかったんだ。


「味方でいてくれると心の底では信じていた。でも、違ったのね。結局、人間たちと同じ道をたどってしまう。私に、私たちに味方なんて一人もいなかった」


 深い憎しみを帯びた声音。


 俺のほうが震えていた。


 誰でもいい。助け舟を出してくれる人を求めていた。いっそ、今、この状況から逃げてしまいたい。全てをなかったことにしてほしい。そんな便利な武器を持っているというのに、彼女に対しては扱えないがために、使いみちをなくしていた。


 彼女は顔をおおう。今にも泣き出しそうな顔をして。同様に鉛色の空は、ポツリと雫がたれてきそうな雰囲気があった。


 彼女は深く息を吸い込んだ。胸の内に轟く感情はそのままに、ただその顔から表情を消す。次に俺が見たのは、黒く濁った彼女の瞳だった。


「殺してやる。なにもかも。まずは勇者から」


 極めて冷静に、氷でもふくんでいるかのような冷たい声で、彼女は言った。


 だけど、結局、君は俺を殺さなかった。


 結局、手を下したのは俺だった。一度目も、二度目も。


 俺は勇者にあこがれている。

 勇者になりたいがために生まれてきた。


 もしも、願いが叶うのなら。

 誰かのためになるのなら。

 泣いている人を救えるのなら。

 一筋の光になれるのなら。

 この闇を照らす星になれるのなら。


 なんだってよかったんだ。


 たとえどれほど押しつぶされたとしても、身を削って、血を流し続けたとしても、それで誰かの笑顔を見れるのなら、十分だった。


 だけど、勇者は全ての人間を救えるわけではない。悪は排除しなければならない。未来を守るため、人間たちを守るためになにをするべきか……。


 全を守るために、一を切り捨てる。

 人類の希望でいるために、人類の敵を倒さなければならなかった。 

 俺はたった一人の少女と敵対する。


 そして、勇者であり続けるために、俺は恋心と一緒に君を封印したんだ。


 魔王を倒して、全てが終わった。


 俺は日常へ戻ったよ。


 神さまは律儀に俺が召喚される前の時間軸に戻してくれた。おかげで年齢は以前と変わらず、誰にも疑われることなく毎日を過ごしている。


 それから、世界のことは気にしねぇでくれ。もう修正は済んだってさ。君が関わった世界は全部消えちまったけど、再構築されたらしい。


 記憶に関しては……そうだな。


 今、蘇っているであろう記憶はじきに消える。お前は本当なら今の世界にいない存在なんだ。幽霊みてぇなもんだって考えてくれ。もしくは、依代の少女に憑依されているってあたりか。


 お前には猶予ゆうよを与える。それまで、本当に消えてしまう前にやりたいことをやってくれ。


 残酷だって思うだろ? 覚悟を決めたはずなのに中途半端に時間を与えられて、それでなにができるのかって。でもさ、俺だって君になにも伝えられないまま、この気持ちを伝えられないまま終わるのは嫌だった。


 ワガママだよな。ゴメン。

 でも、なにも言えない。君の声だって、もう届かない。

 

 それでも、この気持ちだけは知ってほしかった。覚えていてほしかった。


 本当はずっと、引きずって、断ち切れずにいたんだ。


 もう終わりにしようって決めた。

 だから封印したのに。

 いまさら、くつがえすわけにはいかないのに、それでも、まだ、尾を引く。


 君の顔が、姿が、頭から離れられない。

 あの凛とした、透明な声を覚えている。

 君に言われた言葉を、叱責を、なにもかもを記憶していた。

 

 君には敵わなかったな。

 

 だけど、さよなら。俺はこの世界で生きていくよ。

 それから、ありがとう。

 

 今も俺は、君を想い続けているよ。

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