二人の「コドモ」

如月 凉

第1話 監禁

 加藤聡かとうさとしは闇の中、椅子に手足を縛り付けられた状態で覚醒した。聡は冷静になぜこのような状況になったか思考を巡らす。

 仕事を終えて会社から帰宅中、自宅の近くまでの記憶はある。ただここは自宅ではない。こんな闇を私は知らない。では匂いはどうか。

 少し化粧の匂いがする。男性でも化粧をする人もいるため、断定は出来ないが女性の部屋か。しかし、自分が女性相手に不覚をとるとも思えないが。

 自惚れに思われるかもしれないが正規の軍人にも引けはとらない実力がある。ならば男性か。

 ドアの開く音がし、直後、闇に光が灯る。視界に入ってきたのは壁一面に張られた私の写真、情報、そして一振りの刀。最後にグレージュの髪をハーフアップにした女性。


「目が覚めましたか?」


 女性の手にはナイフ。殺されるのだろうか。これまで、人に恨まれることは何度もしてきた。だから今更驚きはない。


「私は坂本藤花さかもととうかと申します。『坂本太進さかもとたいしん』という名に聞き覚えはありませんか?」


 「坂本太進」は先月、聡が手にかけた人間だった。理由は単純。海外から違法な銃火器を輸入していたため。

 藤花は彼の娘である可能性が高い。上層部から渡された資料に娘がいると情報があったはずだ。

 黙秘を貫く。私を監禁していることは罪に問われるかもしれないが私にとって彼女が彼の娘であれば悪ではない。そんな人間をこちらの世界に巻き込むわけにはいかないだろう。


「加藤様。私は別に父を殺したことを責めているのではありませんよ。逆に感謝しております。」


 彼女は突然着ていたワンピースを脱ぎ始めた。普通なら彼女の下着や四肢に目がいくだろうが、私の目を引いたのは彼女の体を染めている大量の痣である。


「父母につけられたものです。どう思いますか?」


 この時、聡の中にあったのは安心と不安だった。彼女に刻まれたのが傷ではなく痣であった事に対しての安心。そしてまだ彼女を傷つける人間がいるということ。


「私のことを案じてくださっているのですね。でも安心してください。母は私が殺しました。父は加藤様が、母は私が、共同作業ですね。」


 藤花は心から笑っていた。聡はそう感じた。


「母を殺した私は悪ですか? あなたが殺すべき悪ですか?」


 藤花は果たして悪なのだろうか。聡は思考を巡らす。

 国の法に照らし合わせれば私もだが彼女は裁きの対象だ。だが自分を守ることの何が悪い。だがそれによって人殺しに快楽を見いだす可能性もある。私には彼女を悪と断言できない。


「私にはわからない。」


 ここ数年間、こういった問いを何度も自分に与えた。しかし答えは出なかった。


「では私がその縄をほどけばどうしますか?」


 縄……。

 目が覚めたときから縄を徐々にほどこうとしているがほどける気配がない。口で噛み切ろうと思えば可能だが彼女が許してくれるとは思えない。そもそも私に感謝しているのであればなぜ監禁されているのだろう。ナイフの所持は縄を切るためだろうが。

 ほどかれたら帰る。それとも……。


「加藤様。本能の赴くままにお答えください。何もせずに家に帰るもよし、私を殺すもよし、私を警察に連れて行くもよし……私を犯すもよし。」


「なら君はなぜ私をここに監禁した?」


 これだけ聞いてすぐに帰ろう。ほどいてもらえればだが。


「あなたが欲しかった、それだけです。父を殺したときのあなたの目。何かを諦めきった、いいえ、生きるのを諦めた目です。その目を見たとき思ったのです。あなたなら私を理解してくれると、愛してくれると、抱いてくれると。」


 そう言うと藤花は聡に近づき、互いの鼻が当たる寸前で止まった。


「私が言えたことではありませんが、あなたが正義だと信じていることは狂気ですよ。あなたの外郭は間違いなく世間一般の正義でしょう。ですがあなたの中にあるあなたの正義は狂っています。あなたはなぜ人を守りたいのですか?」


 紅い。

 何が?

 彼女の目が、深紅の瞳が。

 なぜ?

 自分の手の届く場所にあるものが侵されるのが嫌だから。

 侵されたものを壊すのが嫌だから。


「普通の人々は壊すまではしないらしいですよ。でも私は壊します。汚いから。でもね。あなたは今は汚くてもいい。私が染めてあげる。私だけを見て、私だけを愛す人に。だからね。あなたも私を染めて。あなたは私のに、私はあなたのになれば良い。そしたらあなたは必要に応じて私を他人から隔離することが出来ますよ?」


 彼女の言い分はめちゃくちゃだ。それは理解している。彼女の言い分に従ったら人間社会から逸脱することも理解している。

 でも、それでも、彼女の言うとおりにしたい。別に彼女でなくても良いのだろう。自分だけのモノにするのは。だが断れば一生後悔する予感がある。私だけのものになる人間など彼女以外にいると言えるか?

 あぁ、堕ちる。堕ちていく。

 私のモノなら、私を、


「「愛して。」」












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