14.合流、そして作戦会議

「聞いているのかね、君らは」


 目の前に立つ赤い髪の魔族ジェマレイゼルが怒り心頭だったことを、リトはようやく実感することになった。


 睨みつけてくるグレーの目には殺気が見え隠れしているように見える。

 何を怒っているのだろう。いや、むしろ怒るべきなのはこちら側ではないのか。


「さあ、大人しく来てもらおうか」


 レイゼルの隣にいるライズはいまだに頭を垂らしてうなだれている。

 四年前ならともかく、今のリトは年齢退行により背が縮んでいる。本性トゥルースに戻って抵抗したとしても、以前よりも体格差のあるレイゼルにはどうあっても接近戦で敵う自信がない。それに、人質がいるとなればなおさらだ。


「分かった」


 まっすぐにレイゼルを見上げて、リトは頷いた。




 * * *




「妙だとは思っていたが、こんなものを持っていたとはね」


 不機嫌そうに眉を寄せながら、レイゼルは手のひらの中にある三つの宝玉を眺める。


 ライズを盾にして脅されれば言うことを聞く選択肢しか残されていなかった。

 とはいえ、貴重な魔法道具マジックツールをよりにもよって敵の手に落ちることになってしまい、リトは心臓が冷えそうな思いで赤い髪の魔族ジェマを見つめていた。


 また、問答無用と言わんばかりに、またも鍵なしの手錠をはめられた。予想に違わず魔力を封じる手錠だ。

 ラァラも同じ手枷をかけられたが、今回はリトだけ足にまで枷をかけられてしまった。


「……所長、なんでこんな貴重なものを持ってるんですか」

「これはある人から借りたものだ。俺のものじゃない。だから返してくれ」

「この私が返すと思うのかね?」


 それはリトの返答を期待していない問いかけだった。

 ツカツカと靴音を大きく立てて黒髪の魔術師に歩み寄ると、レイゼルは容赦なく腹を蹴り上げる。


「リト!」


 鳩尾に痛みが走る。

 思わずうずくまって咳き込むと、近くでラァラの叫び声が聞こえた。一瞬だけ止まった呼吸が整うまで待ってから口を開く。


「ラァラ、大丈夫だ。……うあっ」


 今度は背後から強い衝撃が走る。抵抗する間もなく床にうつ伏せで倒れこむとそのまま踏まれた。ギリギリと背中から心臓のあたりに力を込められて、痛みが走る。

 耐えきれず、リトの口から悲鳴がもれる。


「やめてください! 所長が死んでしまいます!」


 泣き出しそうな声でライズが必死に懇願している。

 ああ、もう少し頑丈な身体なら良かったのに。


 再び起こった心臓の発作、突然の年齢退行。そして、敵に奪われた大切な部下。


 なにもかも、今回は状況が悪すぎる。


「……また、俺を喰うのか?」


 首だけを動かして、リトはレイゼルを見上げた。

 赤髪の魔族ジェマの口元が歪む。


「さてね。どうしようか、今から考えているところさ」


 無機質な双眸が笑う。

 以前と変わらずその鈍色の目が不快で、リトは眉を寄せた。


「とりあえず、君たちは用があるまでここにいてもらおうか」


 案内されたのは地下。灰色の壁に囲まれた地下牢だった。

 鉄格子の扉を開けて、レイゼルはリトとラァラをその中へ放り込んだのだった。




 * * *




 レイゼルは例によって例のごとく、治療はせずに立ち去ってしまった。四年経ってもリトを人として扱わない傾向はちっとも変わっていない。


「リト、大丈夫? 痛くない?」


 慎重に壁に背をあずけて座り込んでいると、ラァラが顔をのぞきこんできた。

 間近に迫る藍色の瞳。宝石みたいに魅入られてしまいそうで、心臓が跳ね上がる。


「……あ、ああ。ところどころ痛いけど、殴られただけだし。大丈夫だと、思う」

「心臓は?」

「今は全然痛くないから、大丈夫だよ」


 とはいえ、胸を直接踏みつけられていたら危なかった。


 心配させるのも申し訳なくて、目を和ませてリトは穏やかに微笑んだ。

 ひとつ瞬きした後、ラァラも顔を綻ばせる。


「カッコよかったよ、ライオンを倒した時のリト」


 唐突な言葉に目を丸くする。

 続けて、じわりとなにかが胸を満たしていった。無意識のうちに頰が緩む。


「ありがとう、ラァラ」

「どういたしまして。ジェイス、呼ぶ?」

「そうだな。宝玉も奴に盗られてしまったし」


 必ず返すように言われていたはずなのにこうもあっさり奪われる羽目になって、リトは申し訳なく思っていた。高価なものだし、早めに伝えておいた方がいいだろう。

 それにしても、ラァラはどうやってジェイスを呼ぶつもりなのだろうか。館の中にいるのは確かだが、どこに潜んでいるかも分からないのに。


 しかし、すぐに疑問に答えが示された。

 くすりと笑うと同時、ラァラは立ち上がると、突然声高々に叫んだのだ。


「ここ狭くて嫌! 出たいの! 助けて!」


 高いトーンの声が牢の中いっぱいに響いては消えてゆく。

 ひとしきり叫んで満足したのか、翼族ザナリールの少女は移動して再びリトの隣に腰を下ろした。


 その時だった。天井から音もなく、不意に山猫が目の前に現れたのだ。


 きんいろの毛に銀のまだら模様の猫。瞬きひとつで、その姿は変容する。

 そう、くせのある長い銀髪をひとつに束ねた長身の男へと。山猫は老いも知らぬ美貌の容姿を持つゼルスの怪盗・リンクスアイズ、つまり山猫はジェイスの本性トゥルースの姿だったのだ。


「仲良く捕まっちゃったんですね」


 きんいろの瞳でリトとラァラを交互に見て、怪盗はそう言って笑った。

 苦笑しながら、黒髪の魔術師は頷く。


「そういうことだな」

「黒幕には会ったんですか?」

「会った。ひどく怒っていたから蹴られた」


 少し動いただけで身体に痛みが走る。少し顔を歪めるリトを見下ろし、ジェイスは首を傾げた。


「一体何をしたんですか?」

「奴のペット……獅子の魔物が襲いかかってきたから退治しただけだ。『死の導き』と【目隠しシャドウブラインド】で視力を奪い、【影縫いシャドウバインド】で動きを封じた後、【闇竜召喚ダークドラゴン】で喰わせた」

「それは怒るでしょうね」


 続けてあきれたようなため息が聞こえてきた。

 

 やっぱり、ライズの言うようにやりすぎたか。

 思わず口を引き結んでいると、隣でラァラがくすくす笑った。


「リトったら、神経を逆なでするようなことを言うんだもん」

「そうなのか?」


 きょとんとリトが目を丸くすると、今度はジェイスが笑みをこぼす。


「無意識に人の怒りを煽るなんて、相当の手練れですね。リト君」


 煽った覚えはないのだが、たしかにレイゼルは怒り心頭という様子だった。

 リトはとにかくライズの無事な姿を見れただけで安心してしまって。そのせいで他のことはあまり目には入らなかっただけなのだけど。

 ずっと館で待ち構えていた彼にしてみれば面白くもないか。


 今更ながらに妙に納得していたリトだが、すぐにハッとした。


「そういえば、不思議な現象が起きたんだ。闇魔法が使えないように光の精霊による圧力が突然消えた。だから俺は魔法を使うことができたんだが、どうにも腑に落ちない」


 有り得ないと思える事象や現象には必ず理由があるはずだ、とリトは考える。

 とはいえ、ジェイスがその真実を知っているとは限らない。それでもなんとなく、彼ならなにか知っているのではないかと思ってしまった。


「それは、きっと私がこれを盗ったからでしょうね」


 手を突っ込んでいたポケットの中から出したのは、ダイヤモンドだった。白い光を放つその宝石はジェイスの手のひらの上できらめいている。


 なんという幸運なのだろう。

 ジェイスは光の魔石を抜き取ったら部屋の装置が止まるだなんて知らなかったに違いない。

 彼の本分は盗むこと。今回は価値のある宝石を見つけて盗み出しただけだ。


 だけど、それでも。


「そうか。助かった、ありがとう」

「どういたしまして。……では、本題に移りましょうか」


 穏やかな微笑みをたたえ、ジェイスは床へ腰を下ろした。


「ああ。実はきみに言っておかなくちゃいけないことがある。……実は捕まった時、奴に宝玉を三つとも奪われてしまったんだ」


 いたたまれなくなり、リトは手首をつないでいる手錠へと視線を落とした。

 けれど、ジェイスは顔色ひとつ変えなかった。


「そうですか。それでは、宝玉を取り戻さなければなりませんね。リト君はこの先どうしますか?」


 顔を上げると、きんいろの目とかち合う。腕を動かせば、ちゃり、と鎖が鳴った。構わずに、リトは顎に手を添えて逡巡する。


 ライズと再会してから、ずっと気にかかっていることがある。

 レイゼルに従うように現れた月色の狼は、囚われの身でありながら拘束されていなかった。吸血鬼ヴァンパイアと普通に会話していたし、抵抗するそぶりさえ見せていなかった。

 それに、ライズはさっきもレイゼルと共にこの地下牢から出て行ってしまったのだ。


 このように様々な要素を考え合わせると、ひとつの可能性が生まれる。

 常識的に有り得ない、とは思う。だが、レイゼルが同じ魔族ジェマを喰らおうとする傾向があるのだし、もともと彼は正気ではないのだから、今さらだろう。


「……おそらく、ライズは【使い魔ファミリアー】の魔法をかけられていると思う。だから——、俺はここに残る。奴はいずれ俺をここから出すだろうし、ライズと接触する機会も巡ってくるはずだから」

「では、あなたの傷だけ治しておきましょうか。この先、何が起きるか分かりませんし、ご友人の魔法を解くなら万全の状態の方が望ましいでしょう」


 落ち着いた低い声音で魔法語ルーンが紡がれる。

 問題なく発動した治癒魔法は淡い光となってリトの身体を包み込み、傷を癒していく。試しに腕を動かしてみれば、もう痛みを感じなかった。


「小鳥はどうします?」

「わたしはリトが心配だからついてる」


 言葉にされた気遣いにリトは目を丸くする。そこまで頼りないのだろうか。

 いや、もしかすると、ラァラは心臓が弱くて体力もない虚弱体質だと見ているのかもしれない。度重なる発作を間近で見られていたわけだし。

 身体が弱いわけじゃないと言いたいところだが、今は心臓の病を抱えている自覚があるだけに、リトはなにも言えなかった。


「承知しました。では、私は奪われたものを取り返しに行きますね」


 長身の怪盗はゆっくりと立ち上がり、柔らかく微笑んだ。そしてきんいろの瞳を二人に向ける。


「それでは良い幸運を。リト君、ラァラ」

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