夜鐘瞳の実力?

 選択肢は確かにあった。

 しかし、それは全原会長が提示してくれたものだ。

 俺が選んだからといって夜鐘やがね先輩がそれを受け入れるとは限らない。

 ましてや、乗り気だった翔が、俺の実力を世間に知らしめたいマスター思いのナイアが、この私闘を止めたいなどと思う訳がない。

 俺は翔に首根っこを掴まれながら、テスト会場へ向かった。

 このテスト会場。正式には召喚士能力向上実技館という長い名前があるのだが、講師でさえ略して「テスト会場」としか言わない。

 全原会長の権限で、ここを自由に使えるそうだ。まぁ、この学校の生徒会は学校に対しても強い発言力を持ってるからな、これくらい普通だ。

 ここはそう、俺が初めて嵐山君に勝った場所。

 八王子スクエアよりも大きい個別スペースと考えれば、かなり使い勝手がいいだろう。

 召喚陣が起動し、俺は翔を無召喚で消したナイアを無召喚で消す。


「風土、存分に」


 ナイアは消えゆく中、そう言っていた。

 夜鐘先輩は俺をキツい目で見つつも、俺との距離を測っている。とてもしたたかである。しかし、こういう見方は参考にしなくちゃな。実力のわからない相手との距離、背後に何があるのか。服装なんかも戦闘に役立つ事もある。まぁ、これは翔に教わった事だけどな。


「私が勝ったら、今後生意気な口を利いちゃ駄目だぞ♪」


 にゃははと笑ってはいるが、その実、目は些かも笑っていない。

 ところで、俺――生意気な口利いた事あったっけ? はなはだ疑問である。


「じゃあ俺が勝ったら……?」

「……生意気だねぇ」


 なるほど、こういうところか。気をつけないといけないな。

 しかし、これは誰だって疑問に思うはずだ。俺にメリットがないのに何故勝負しなくてはいけない? 相手が勝った場合の条件を提示してくるのであれば、俺も提示して然るべきだろう? うん、俺は間違ってない。


「そうだねぇ……何がいいかなっ?」


 かといって都合の良い条件なんて思いつく訳もなく、俺は当たり障りのない条件を選ぶ他なかった。


「そうですね、じゃあ俺が勝ったら何か飯奢ってくださいよ」


 言った俺に、夜鐘先輩は珍しく目を丸くさせた。

 全原会長もクスクスと笑っているようだ。はて、何か変な事を言っただろうか?


「つまり、私とのデートが目的って事でいいかなっ?」


 そう言った夜鐘先輩は少しだけ嬉しそうだった。

 しかし、何でそうなる?


「いや、飯を奢って――」

「つまり、私も同席する事になるじゃないっか!」


 …………なるほど、会計だけして帰るのも変だ。

 つまり俺は、夜鐘先輩同席の食事を求めてしまったのか!


「あちゃ~……」


 そう言った俺を、全原会長は嬉しそうに見る。

 くそ、流石男児。俺の思考を読み取ったか。


「なんだい、その目? 私とのデートが嫌って事なのかな?」

「あぁいや、じゃ、じゃあそれで! はい! ね!」

「うんうん、やっぱり後輩は素直じゃなきゃね!」


 何だよ、この先輩……めちゃくちゃ嬉しそうだぞ?

 顔立ちも幼いし、ルックスも整ってるんだから同級生にモテるんじゃないのか?


「私にデートを申し込んできた男は数多くいるけど、その全てを勝負で断ってきたのさ」


 ……相手の男に何を望んだのか、とても気になるところだ。


「ふふふ、そう言われたのは久しぶりだよ」


 そう言ったつもりは毛頭ないけどな。


「じゃあ会長! ちゃっちゃとやってちゃっちゃと終わらせまっしょう!」


 あの対応……全原会長信奉者の一人だとは思うが、惚れてる訳ではなさそうだな。

 純粋な好奇心として、夜鐘先輩の好みは一体どういうタイプなのだろう。


「こほん、では始めましょうか」


 俺と夜鐘先輩は首を縦に振り合意を示す。

 全原会長がリモコン式のボタンを押すと、いつも通り戦闘開始五秒前の電子音が鳴り響く。

 ……三、二、一……っ!


「始め!」


 瞬間、夜鐘先輩の瞳が妖しく光る。

 一体何を召喚するつもりかわからないけど――――


「…………え?」


 ――――痛覚がなくなる程、翔に叩き込まれた拳力マーシャルクラフトは、最早上等剣士に劣らないと言われてる。

 正直、夜鐘先輩には悪いが――負ける気がしない。


「勝負あり!」


 一瞬で拳力マーシャルクラフトを解放した俺は、空図くうずする夜鐘先輩の後ろに回り込み、少年漫画よろしく、首下くびもとに手刀を落とし決着が付いた。

 気絶した夜鐘先輩を抱える俺の下に、全原会長が歩いて来る。


「…………お見事です。夜鐘君のライフバーが一瞬消えてしまいました」

めてくれていましたからね」

「確かに、夏期休暇前の火水君でも彼女に勝てたでしょう。しかし、一体どんな鍛錬を?」

「砂浜の砂を腹一杯食べる程には、まぁ」


 そう言った俺を、全原会長は呆れる訳でも、驚く訳でもなく、真っ直ぐに見た。

 そしてほんの少しだけ俺から視線を外した。


「なるほど、彼らの言葉の重みがよくわかりますね」

「はい?」


 それが誰の事なのか、俺にはわからなかった。

 しかし、それを考えるよりも、今は気絶した夜鐘先輩を保健室に運ぶ事を念頭に動くべきだろう。


「夜鐘君を、お願いできますか?」


 おかしい。何故俺が運ぶのだろう?


「何故と、顔に書いてありますね」

「わかります?」

「気絶させたのは火水君です」

「…………単純明快ですね」


 せめて企画し、許可を出したのは生徒会おまえらだと言ってやりたかったが、大事があってはいけない。ライフバーをオーバーしての攻撃なんて、普段の授業ではあまり起こりえないからな。

 俺は深い溜め息を吐いた後、全原会長に言った。


「……わかりました」

「はい、とても良いへの字口です」


 まったく、良い会長に恵まれたよ、俺は。

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