第15話 戦塵乱舞

――太陽とは、これほどまでに高く昇り、これほどまでにぎらついた光を放つものだったろうか。


 薛元興せつげんこうは馬上から天を仰ぎ見て、思わず大きく息を吐いた。漢族とも胡人とも見分けがつかぬ不思議な容貌、髪は明るい栗色だがそれにもまして目立つのは、角度によって翠にも金にも見える双眸、そして凛々しい眉。


 この若い武官の行く手には灌木かんぼくがまばらに生え、地平線は陽炎にゆらめく。彼の嘆息も、鎧兜よろいかぶとや籠手などで隙間なく装われた外見を見れば、無理からぬことであろう。ただ。


「薛大尉、士気に関わるぞ」

 厳しい口調で若い武官を咎めたのは、唐軍を率いる高仙芝こうせんし。彼らは西方の敵と戦うべく、恒邏斯タラス城を出て、同じ名を持つ河に向かって進軍しているところだった。敵とは勃興していちじるしい大食タージの軍。唯一の神を信じ、聖典を奉じて戦いを挑み、燎原のごとく勢力を広げているという。


「不注意な振る舞いを致し、申し訳ありません」

 素直に謝する元興に仙芝の表情は和らいだが、ふと相手の腰に眼を止めた。

「その翡翠は何だ?」

 将軍の視線は、剣の柄に結わえ付けられた翡翠の玉に吸い寄せられている。


「随分と良い品だな、これほどまでに見事な緑色はめったにないものだ。珍しい形をしているが……」

 良将と評判が極めて高いいっぽう、貪欲とも、金銀宝玉に眼がないとも噂される高仙芝の興味の持ちように元興は身をすくめたが、助け船を出したのは傍らで馬を進める李嗣業りしぎょうだった。


「高将軍、いけません。本官は知っておりますが、これはあなたの父祖の国すなわち高句麗を滅ぼした新羅、その王子ゆかりの品ですよ」

「本当か、薛」

 高将軍の疑念に元興は頷き、自分の手に玉を取って見せる。


「私の曾祖母は胡人でしたが、新羅の王子がこれを護符にと授けてくれたとのことです。新羅よりもさらに東の海中にある、倭と申す国から到来したものとか。事実、この翡翠のおかげで曾祖母は平穏無事に生涯を終え、いまは長安の地に眠っています。そして子孫たちの手に順繰りと渡って本官の手に」


「ふん、そうか。いや、どうこうするつもりで聞いたわけではないし、そもそも私が新羅と聞いたところで腹を立てるなど、そこまで狭量ではないぞ」

 将軍は天を向いて短く哄笑する。


「はは、新羅の王子ゆかりの品を持つそなたと、高句麗の血を引く私がくつわを並べて戦うなど、百年の昔には信じられなかった。それこそ、我ら大唐の山河のみがなし得たことぞ」


 だが高は、一瞬にして表情を引き締めた。

「ゆえに大食の奴らには、土一掴みさえ大唐の土地はやれぬ。彼らを殲滅せんめつして、我らの国威を西方にまで知らせねばな」

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