第十五話  また一緒に宿題

「こんにちは」

「こんちゃ」

 また流都くんが私の家にやってきて、一緒に宿題することになった。

「こんにちはー」

「こんちゃ、結歌ちゃん」

 結歌もいた。

「また一緒に宿題していいー? 算数のでおしまい」

「俺はいいよ。雪乃は?」

「うん。じゃあ今日はリビングでしよう」

「うん。持ってくるー」

 結歌っていつも外に出てるイメージだけど、夏休みは長いから、家にいるときもたまにはあるよね。流都くんとも仲良しでなにより。

 今日はお父さんとお母さんがお仕事。私たち姉妹だけが家にいてた。

「私も国語持ってくるね。私もそれでおしまい。待っててね」

「わかった」

 私も自分の宿題と筆記用具を取りに二階へ。


 キウイジュースの準備もばっちり。ダイニングテーブルで私と流都くんは漢字プリント、結歌は算数プリントを用意してそれぞれ始めた。

 私と向かい合わせに流都くんが座ってるけど、こちらからみて流都くんの右隣に結歌が座ってる。


「結歌ちゃんは算数苦手?」

「うーん、普通?」

「そうか、すごいな。俺数学苦手なんだよ」

「難しい問題が出たら解けない」

「それはだれだってそうなんじゃないかな?」

 流都くんと結歌がおしゃべりしてる。結歌はとっても社交的。

「でもいちばん苦手だったのは読書感想文だなー。あれはもうやりたくない」

「えっ? 中学校って読書感想文ないの?」

「ないな。読書感想文やりたい人がやるコンクールみたいなのはあったっけ?」

「うん。宿題では読書感想文はないけど、作文はあるよ」

「うぇー」

「俺まだ作文やってないや……お、今日国語セットの中に作文プリントも入ってた!」

「私は終わってるけど、それも一緒にする?」

「漢字終わってまだ体力あったらなっ」

 結歌すんなり私たちの間に入ってる。私たちのクラスに来ても問題なさそう。


(あ、電話っ)

 ジリリリーンと電話が鳴ったので、私は立ち上がった。

「黒電話かよ!」

「うん」

 私は電話機に向かい、受話器を取りました。

「はい、桜子です」

「あ、雪乃~? あたし、敬だよー」

「敬ちゃん? こんにちは」

 お電話は敬ちゃんからだった。

「やっほ~! ね、今ひま? もーさー昨日の海の話聞いてもらいたくってさー! ひまだったらそっち行っていい?」

 私はちらっとテーブルの方を見た。

「ひまー……じゃないような感じ?」

「なにそれっ」

「今流都くんと一緒に宿題してるの。あと結歌も」

「え! 雪乃、川音とそんなことしてんの!? あたしも混ざっていい!? あたし全然宿題やる気なくってさー」

「私はいいけど、聞いてみるね」

「お願ーい!」

 私は受話器を横に置いて、

「敬ちゃんから電話がかかってきて、敬ちゃんも一緒に宿題したいって言ってるけど、どう?」

「野々原? ああ、もちろん」

「私もおっけー!」

 ということで、

「もしもし。二人とも来ていいって」

「やた! じゃ自転車ですぐ行くねー!」

「うん」

 電話おしまい。


 インターホンが鳴ったので、私が立って玄関まで。

 ドアを開けると敬ちゃんが立ってた。

「やほ!」

 敬ちゃん汗結構かいてる。

「どうぞっ」

「おっじゃましまーす!」

 でもやっぱり元気な敬ちゃん。


「やほー!」

「よぉ」

「こんにちはー」

「結歌ちゃん久しぶりー」

「久しぶりー」

 私の家に何度も来ている敬ちゃんなので、もちろん結歌ともお知り合い。

「やってるやってるー、まじめだねぇ~」

「野々原はどこまで進んだ?」

「あ、あたし全然っ。数学もその漢字プリントも半分もやってないよ、あはー」

「夏休みなんだから休ませろよなー」

「そーだそーだー!」

 敬ちゃんと流都くんが結託してる。

「はい、キウイジュース」

「ありがとー! んぐんぐっ。ぷはー! うまいっ!」

「お、お腹壊すよ?」

 飲みっぷりはいいけどっ。


 敬ちゃんは私の右隣に座って、作文をするようです。

「あたし作文ちょー苦手だからさー。雪乃教えてよー」

「うん、いいけど……基本的には、思ったことそのまま書いたらいいだけだと思うけどなぁ」

「『将来理想とする自分の像を掲げ、そこにいたるまでに必要な自分への課題と目標を述べよ』ってなーにーこーれー!」

「わかるっ。その気持ちものすんげーわかるっ」

「わかってくれるかこの気持ちぃ~!」

 敬ちゃんと流都くんが意気投合。

「敬ちゃんは将来どんな人になりたい?」

「あーもーだめ。その時点で頭回らないよ~」

「早いよぅ」

 鉛筆が鼻ととんがった口の間に挟まれてる。

「野々原は将来の夢とかあんの?」

「お嫁さん!」

「小学生かっ」

「小学生でも言わないよ~?」

「ぐさっ!」

 結歌の言葉で敬ちゃんになにかが刺さりました。

「じゃあお嫁さんになるとして、そこへの課題と目標……どんなことがいると思う?」

「課題と目標~? そんなの思い浮かばないよーはぁー」

「頑張って頑張ってっ」

 肩ぽんぽんした。

「敬ちゃん陸上部だよね」

「そだよー」

「陸上部で課題と目標って言ったら、どんなこと浮かべる?」

「そーだなー。課題って言われたら、先生からあれやれこれやれって言われたこと? 目標って言ったら全国大会出場? 部室にもみんなで一緒に描いた横断幕があるよ」

「それをお嫁さんに当てはめたらいいんじゃないかな」

「んーうー、お嫁さんなるのに先生から言われることなくない? お嫁さんで全国出場ってなに?」

 これはなかなか大変な宿題になりそうです。


 とりあえず私たちはそれぞれのプリントをすることに。敬ちゃんすごく苦しんでる。『私はお嫁さんになりたいです』っていう書き出しがででんと書いてあるけど、それ先生読むんだよね……?


「終わったー!」

 結歌が先に終わっちゃった。

「宿題おしまいー」

 結歌は早速お片付け、二階へ行きました。

「結歌ちゃん終わったのかー、うらやましいなぁー」

「私もおしまい」

「雪乃ぉ~」

「夏休みの宿題もこれで全部おしまい」

「雪乃ぉ~!」

「片付けてくるね」

「雪乃ぉ~っ……」


 宿題を片付けて、また戻った桜子姉妹。結歌は元のイスに座ってる。私はみんなにキウイジュースついであげて、私も元のイスに座る。

「ゆぅきぃのぉ~」

「わかったよぅ」

 敬ちゃん全然進んでない。結歌は流都くんのを見てる。

 私はメモと鉛筆を持ってきてた。

「じゃあ敬ちゃん。お嫁さんになるには何をしなければならないでしょう」

「結婚式!」

 すらすら~。

「結婚式をするには何をしなければならないでしょう」

「会場選び!」

「会場選びをするのはだれと一緒にするでしょう」

「旦那様!」

「敬ちゃんはどんな旦那様がいいの?」

「うぇ。あたしの旦那様になってくれる人とかいるぅ~?」

「それ言い出したら別のテーマで書かなくちゃいけなくなるよ」

「ぐ~。じゃー……あたしのこと大切にしてくれる人?」

「ぶっ」

 流都くんちょっと吹きだしちゃった。

「あによー! 悪いー!?」

「い、いやっ、続けてくれっ」

 流都くんは宿題に戻った。

「敬ちゃんのことを大切にしてくれる人がいたとして、その人が敬ちゃんのことを大切にしてくれるようになるためには、敬ちゃんは何をしたらいいと思う?」

「なにそれ、質問がわけわかんないよぉー」

「例えばー。私がノートを落としました。敬ちゃんが拾ってくれたとします」

「うんうん」

「敬ちゃんが私にノートを手渡したのに、私は乱暴に受け取って敬ちゃんにお礼を言いませんでした。こんな人を大切にしたいと思う?」

「思いませーん」

「じゃあ敬ちゃんも大切に思われるような人にならなくちゃ。どんなことすればいいと思う?」

「ぅぅ~…………こ、困ったときに助けてあげる?」

「敬ちゃんが困ったときに助けてあげられる人になるためには、どうしたらいい?」

「うーん。勇気を持つ、とか?」

「はい、文章を書いてください」

「え~! わけわかんないよ~!」

 もぅ。

「雪乃、教えるのうまいんだな」

「だってお姉ちゃんですものっ」

 えっへん。

「私もう教えてもらってないもんっ」

 結歌ぷんすか。


 私が書いたメモを見ながら、敬ちゃんは書いては消してを繰り返してるけど、なんとか文章が増えていった。

「俺も終わりだぁ~。もう漢字見たくねぇー」

 流都くんは腕をテーブルに伸ばして突っ伏してる。

「雪乃、俺の作文も見てくれー」

「うん」


 流都くんも作文の宿題に取り掛かり始めた。

「流都くんは将来の夢とかあるの?」

「夢かー。昔はサッカー選手とか言ってたけどな。今はー……特に浮かばないかなー」

「旦那さんなりたくないのー?」

「野々原と一緒にすんなよっ」

「いーじゃん旦那さんー!」

「おいおいっ」

 流都くんの旦那さん姿かぁ。

「流都くんは、将来どんな旦那様になりたいの?」

「雪乃までなんだよっ」

「聞いてみたくなってっ」

 ちょっと苦笑いの流都くん。

「どんな旦那様って、なぁ……別に普通なんじゃないか? お嫁さんのために頑張るくらいで」

「頑張るって、具体的には?」

「そうだなー。仕事して稼ぐのもそうだし、さっきの野々原みたいに、困ってたら助けてやりたいな。料理とかは苦手だけど」

「いい旦那様」

「こ、こんなの普通じゃないか? ってかだから俺別に旦那様ネタで書くわけじゃないからな!?」

 ボツらしいです。ちょっと残念。

「じゃあ流都くんの作文のテーマはどうするの?」

「テーマかぁ~……それないと始まらないもんなぁ。雪乃はなんて書いたんだ?」

「あ! それあたしも気になる!」

「私の? じゃあ持ってくるね」

 私はすでに出来上がってる作文を取りに二階へ。


「はい」

 流都くんと敬ちゃんと、結歌も私の作文をのぞいています。


「うわー、すげぇ……」

「雪乃……あんた性格まで完璧……?」

「か、完璧?」

 私は高校生を卒業した自分をイメージして、そこに向かって高校ではどんなことをしないといけないのかを書いた。

「ちょっと貸してっ。参考にするっ」

 敬ちゃんは私のプリントを取って、自分のプリントと並べて続きの文章を書いてる。

「やっぱ雪乃しっかりしてるよなぁ」

「そうかなぁ?」

「結歌ちゃんはお姉ちゃん見ててしっかりしてると思う?」

「……たぶん?」

 結歌からたぶんという評価をいただきました。

「たぶんだって」

「いいお姉ちゃんだと思うけどな」

 流都くんからお褒めの言葉をいただきました。


「雪乃~。こんな感じでどう?」

 私はプリントを見せてもらいました。

「……くすっ」

「あー! 雪乃まで笑ったー!」

「だ、だって、最初からいきなり『私は素敵なお嫁さんになりたいです!』だもんっ」

「一生懸命書いたよー!?」

「ご、ごめんっ、でもこれ、先生が見ること考えたら……くすっ」

「あ~もう! いいから読めーっ!」

 敬ちゃんにぷんぷんされちゃったので、私は敬ちゃんの作文を読んだ。


「……うん、いいと思うっ。結歌にも読んでもらう?」

「うん読んで読んでー」

 私はプリントを結歌に渡すと、結歌は読み始めた。

「敬ちゃんちゃんと作文になってたよ」

「ほんと!?」

「うん。きっと最初のきっかけさえつかめたら、敬ちゃんは作文書けるんだと思う」

「雪乃が丁寧に教えてくれたからよん~っ」

 肩ぽんぽんされた。

「私が書いたメモみたいなのを書いて、浮かんだことを整理するといいんじゃないかな」

「今度からそうする~! んぐんぐっ、ぷはぁ~! 勝利のキウイの味はうま~い!」

 身長の大きい敬ちゃんが手足を伸ばすとやっぱり大きい。

「流都くんは進んでる?」

「ん~、とりあえずテーマは決まったんだけどなー」

 流都くんの書き出しは『理想の自分の像を作るために』だった。

「流都くん。その理想の自分の像を先に決めなくちゃ」

「は! そうなのか!?」

 その表情ちょっとおもしろいっ。

「敬ちゃんみたいになりたい自分みたいなのを先に決めなきゃ。旦那様じゃなかったら、他になにかある?」

「うぇっと、なんかあるかな……」

 流都くん腕を組んで考える。

「なんでもいいと思うよ」

「そのなんでもいいっていうのが難しいんだよな……」

 流都くんさらに顔に角度が付く。

「ちょっとしたことでも、浮かぶことない?」

「浮かぶこと……浮かぶこと……」

 結歌も敬ちゃんのプリント片手に流都くんを見守ってる。

「思い出から思い返してみてもいいと思うよ」

「思い出ー? 思い出思い出……」

 敬ちゃんは疲れてる。

「最近の出来事でもいいよ」

「最近の思い出………………」

 あ、流都くんの目が開かれました。

「……書けるかもしれない」

「ほんと?」

「ああ。で、でも本人目の前にして書くのは、なんかあれだな……」

「本人?」

 もしかして結歌のこと?

「や、やっぱ家で書くよ。でもテーマは決まった。今度は大丈夫だっ」

「そうなの? ここで書いてもいいよ? みんなも手伝うし」

「いや大丈夫だ、たぶん一人で書けるっ。どうしても書けなかったらまた来ていいか?」

「うん、それはいいけど……」

「おーしんじゃ俺もいったん終わりっ!」

 流都くんはお片付けを始めました。


「ねーねー宿題も終わったし聞いてよー」

 全部片付け終わったところで敬ちゃんが言い出した。

 のに、流都くんを見て止まってる。

「な、なんだよ」

「ま、川音いるけどいっかー」

「なんだそれっ」

「実は昨日、中崎と海行ってさ~」

 あ、流都くんひざ打った? 大丈夫?

「どう? 楽しかった?」

「け、けっこー、楽しかった、かな?」

「よかったねっ」

 知尋ちゃんと穂綾ちゃんがあんなに張り切っていたので、成功したのはよかった。

「でもあいついつもの調子だったから、なんか別に張り切って海行かなくてもよかったんじゃないかなって思ったー」

「いつもの調子って?」

「屋台のお店の料理の効率がーとか、監視員の人の周りに置いてある道具ーとか、他の女の子をガン見してたかと思ったら、その後ろで刺さってたパラソルの色の配色とかー……あたしはツッコミ疲れたよ」

「中崎くんってそんな人だったんだね」

 またひとつ、中崎くんの謎が解明されました。

「ってかそもそもなんで野々原は中崎と海行ったんだ?」

「なんでって………………やーんもうーあははあはは~!」

 答えになってないけど、敬ちゃんはてれてれしてる。

「……まさかっ。中崎は野々原のことを……?」

 そっち?

「え!? そ、それはどーなのかなー! て、手もつながなかったし!? よそ見してばっかだったし!? そんなのないない~」

「そっかぁ」

(手、かぁ)

 私は思わず流都くんを見た。結歌も流都くん見てる。流都くんは敬ちゃんを見てる。

「で、でも楽しかったのは楽しかったかな! いかだまで泳ぐ競争したのも楽しかったし!」

「どっちが勝ったの?」

「往復ともあたしっ」

 さすが敬ちゃん。

「なんだかんだで結構しゃべったしね。少しは中崎のことわかったような気がするー」

 腕を伸ばす敬ちゃん。

「次に遊ぶ約束とかはしたの?」

「ううん、してないー。塾とかで忙しいって」

「大変だぁ」

 結歌がこっち見た。なんだろう。

「の、野々原はさ~、そのさ! 中崎のこと、気になる……とかなのか?」

「ぅえっ!?」

 非常にわかりやすい反応。

「ま……ま、まぁ、ちょーーー……っとは? あいつ頼りになるときは頼りになんじゃん?」

「確かにな」

「だからそのっ。気になるというか、ま、まぁその。き、気になる……というか……」

 縮こまる敬ちゃんかわいい。

「こ、告白の御予定は!」

「うぇー!? そ、それは早すぎないー!?」

「海に行くくらい仲いいんならさー!」

「海以外行ったことないわよー!」

 敬ちゃんの腕がまた伸びた。

「でもさ! うまくいくといいな!」

「うゎばまだそんなうまくいくとかそんなそんなっ」

 またちっちゃくなった。

「……て……ゆーかぁ~?」

 敬ちゃんがこっち見てきた。あ、結歌のことじゃないと思うよ。

「一緒に宿題してたあんたたちはどーなのよー?」

「ぶはっ!?」

 結歌も私や流都くんを見てる。

「け、敬ちゃん?」

「雪乃静かにしてるかと思ったら、男子と一緒に宿題なんてしちゃってさ~?」

「えっ、だってだってっ」

 敬ちゃんが迫ってくるー。

「さ、誘ったのは俺からだしっ。雪乃は誘ったのを受けてくれてるだけだしっ」

「ほほぅ? とすればー……川音、あんたひょっとするとー……?」

 今度は流都くんに迫ってる。

「ちょ、待て待てっ、別に本人を前にしてする話でもないだろぉー!?」

「あらぁ? 本人を前にして話すには都合の悪い話なのかしらん?」

「だ、だってさ! な、なぁ雪乃!」

 え、えっと、えっと……?

「あたしの話をしてあげたんだからー、川音もその辺のこと話しなさいよねー?」

「野々原の場合はここに本人いねぇじゃねぇか!」

「あくまで話したくないのねー……ふぅん……? じゃ耳打ち」

「するかっ」

 ひそひそポーズを取った敬ちゃんだったけど却下された。

 そこでちゃっかり結歌がひそひそポーズ!?

「結歌ちゃんにも話さないよ!?」

 そっとひそひそポーズが解除された。

(私、さすがにここはわかってます。この流れ、この時私がこうすると……)

「本人に内緒話するわけねーだろぉーーー!!」

 はい、流都くんも敬ちゃんも笑ってます。結歌はにっこりしてます。

(まさか結歌はここまでの流れを計算して……?)

「じゃいいわよー別にー? 雪乃に聞くもん。はい雪乃、川音のこと好き?」

「えっ!?」

 突然言われて、ものすごくびっくりしてっ。

「だって川音教えてくれないんだもーん。それに散々あたしのこと聞いたんだから、雪乃のも教えてくれてもいいでしょー?」

「わ、私はただその場にいただけのような……」

「ふふふ……じゃひそひそでいいよー」

 敬ちゃんのひそひそポーズ。

(どうしようどうしよう。私、どうなのかな。いちばん遊んでる男の子は間違いなく流都くんだし、いちばんおしゃべりしてる男の子も間違いなく流都くん。最近たまに流都くんから聞いた言葉でどきっとすること出てきたし、私も流都くんといると楽しいし……こ、これがそういう気持ちなのかな……でも違ってたらあれだし……)

 敬ちゃんがポーズしたまま近づいてくるっ。流都くんと結歌はこっち見てる。

(でもでも。敬ちゃんの言うとおり、私は敬ちゃんのこといっぱい聞いちゃったから、私からも話さないと不公平だし……)

 そ、そうだよね。ずっと黙って聞いてばかりじゃだめだよね。

(うーんうーん……じゃあ、この気持ちがそうなのかわかるような方法ないかな……)

 流都くんを見てみる。浮かばない。迫る敬ちゃん。

「け、敬ちゃん、ちょっとすとーっぷっ」

「もぅーなにー? いいじゃんいいじゃんー」

「流都くん、ちょっと来て。敬ちゃんそこから動いちゃだめだからねっ」

「へ? あ、うん?」

「なんだ?」

 私は手で流都くんを呼びながら二階へ。


 私のお部屋に流都くん入れてドアぱたん。

「どうしたんだ?」

 ……少し、どきどきしてる……?

「流都くんと一緒にいると楽しい」

「あ、ああ。さんきゅ」

「流都くんともっと一緒に遊びたい」

「ああ。俺も。これなんだ?」

「男の子の中でいちばん遊んでるのもしゃべってるのも、きっと流都くん」

「さ、さんきゅ。俺も……女子の中でいっちゃん遊んでんの、雪乃かな」

「流都くんっ」

「ん?」

「これからも、私と、遊んでくださいっ……!」

 私はそこまで言うと、流都くんに思いっきり抱きつきました。

「へぁ?! ゆ、雪乃っ!?」

(この気持ちはー………………)

 ……とりあえずどきどきはしてる!

「ひゃっ」

 流都くんも抱きしめ返してきちゃった。

(わっ、すっごいどきどきが……む、胸っ……)

 こんなにすっごいどきどき……これはやっぱり、そうなのかな……。

(びっくりしちゃってるだけかもしれない?)

 ……ううん、びっくりして戸惑ってるけど、でももっとくっついてたいから……。

(だめだめっ! くっついてたらだめっ!)

 なにがだめなのかわからなかったけど、とにかくだめな気がしたので、私は流都くんから離れた。

 私を見てる流都くん。

「す、すまん」

 声が聞こえたような気がする。

「戻ろうっ」

「え? あ、ああ」

 私たちは部屋を出て、またみんなのところへ。


「なになにいきなりー。やっぱりやっぱりー?」

 私は敬ちゃんに近づいて、ひそひそ話でこうしゃべった。

「ちょっと好きかも」

 それを聞いた敬ちゃんは、ひそひそしていた私の右手を取って、

(そ、その顔なに?)

 うんうんうなずいてる。

「ありがと雪乃! そーゆーことならあたしは帰らなきゃねぇ~?」

「帰るの?」

「そりゃもう! ほいじゃ、おっじゃましましたぁ~ん!」

「ま、またなー」

「ばいばいー」

 私は玄関まで見送りに行った。


「ふぁいと、雪乃っ!」

 靴を履き終えた敬ちゃんが小声でそう言ってきた。

「か、かもだよ? かもっ」

「じゃあね~ん!」

 敬ちゃんはばたんとやや勢いよく玄関のドアを閉めていった。

 なんて早い展開だったんだろう。

 とりあえず私は戻って……。


「流都くんはいつまでいてくれるの?」

「ん? そうだなー。今日宿題しかやってねーから、なんか遊ぶか」

「うん。結歌も混ざりたい?」

 結歌はしばらく私と流都くんを交互に見た。

「出かけるー」

「お母さんが帰ってきたら伝えておくね」

「うんー。ばいばいっ」

「ああ、またな結歌ちゃん」

 結歌はてててーっとリビングから出て、二階に上がっていった。


 準備を終えたのか、結歌はそのまま玄関から出ていったみたい。

 今この家には私と流都くんだけだ。

「ここ遊ぶのないから、私の部屋に行く?」

「ああ」

 流都くんはリュックを持って、私の後ろをついてきた。


 私の部屋で二人っきり。エアコンぴっ。

(……おかしいなっ。これまで二人っきりなことって何度かあったのに……今日はちょっとどきどきしてる……)

 さっきの抱きついたときの感覚が、まだ腕に残ってる感じ。

(き、気を取り直してっ)

「流都くん、何して遊ぼう?」

「ああ、じゃあ今日は~……」

 一緒にピンクのおもちゃ箱をがさごそ。

(近いと……なんでどきどきしてるの、私……)

「……雪乃?」

「な、なに?」

「さっきの……もっかい、してくれないか?」

「ええっ?」

 さっきのって、あ、あれだよね。さっきのだよね。

「よかったらでいいからさ! よくなかったらしなくていいからさ!」

(えぇっ……でも流都くんからお願いされちゃったし……)

 私は自然と正座になっちゃってた。

「……そんなに、してほしいの……?」

「そ、そう言われたらそうですって言いにくいけどさ……ん、まぁ」

 流都くんも片ひざ立てて座って私を見てる。

「……流都くんが、そう言うんなら…………失礼します」

 私はゆっくり近づいて、流都くんのわき辺りから腕を背中に回して、ぎゅってしました。

(ああっ、やっぱり私どきどきしてる……なんで私こんなことしてるんだろう……)

「ひゃっ」

 さっきみたいに、また流都くんが私を包み込んできた。逃げられません。

「ゆ、雪乃っ」

 私は流都くんの左肩にほっぺたくっつけてます。

(流都くんに背中触られてますーっ……)

 手をつないだことしかなかったのにぃ。

「……も、もういい?」

「あ? ああす、すまんっ」

 私のどきどきが大変なことになってるので、これ以上続けてたらとても危ないですっ。

 私はゆっくり流都くんから離れ……

「りゅ、流都くんっ?」

 ようとしてるのに、流都くんはあんまり私のこと放してくれなくて。だからその、すごく近い顔の距離のままで……。

「雪乃」

「な、なにっ……?」

(ううっ。どこ見たらいいのっ)

 どきどきを治めるために離れようとしたのに、今もっともっとどきどきしちゃって、もうなにがなんだかわけがわからなくなっちゃってる……。

(そんな真剣な表情をこんなに近くで見せないでっ)

 思うように力が入らない……なんでなんでっ。

「ゆ、雪乃」

「なにってばぁ……」

 もう、私の胸どうにかなっちゃいそう……。

(……なんで名前を呼んでそのままほったらかしてるのぉっ)

 ずっとこっち見てきてるだけだし……どうしたらいいのっ?

「ひゃあっ」

 背中に回されていた流都くんの右手が、私の右肩をつかんで、ちょっと引き寄せられた。

「雪乃っ」

「もぅ~……」

 答える元気もなくなってきた。なのになんで心臓はこんなに元気まんまんなのっ。

「ゆ、雪乃っ」

「流都く、んっ……」

 なんとか声を絞り出したと思ったら、流都くんが、もう私の唇に……くっついてた……。


 思わず目を閉じちゃった。唇の感触が電気みたいに私の全身を駆け巡る。もうどきどきがすごすぎてなんにもできない……。

(も、もうこれ以上くっつけられないよ……)

 もうくっついてるのに、さらに流都くんが力を込めて、体がもっと流都くんと密着しちゃって……。

(ああ、なんで私涙出ちゃってるの?)

 これ何涙なの……? 悲しいとかつらいとかじゃないよね。うれしいの、かな……苦しいとは違うと思うし……なに、なんなの、これっ……。

(もう無理無理、無理だってばぁ……)

 なんでもっともっとぎゅってしてくるのぉ……。

 それでもなんとか、ほんのちょこっとでも……離れる気持ちを体で示すことができたみたいで、やっと流都くんは離してくれた。でも完全には放してくれず、顔が近いまま……。私、あの唇とくっついてたの……?

(な、なにかしゃべって、流都くん……)

 私は息を切らしながら、流都くんを眺めることしかできなかった。

 その流都くんが私を見てるだけで、それがまたどきどきにつながって……。

 とうとう私は腕の力が抜けちゃった。

「雪乃っ」

 やっとしゃべってくれたけど、私がっくり。もうだめ……。

「ゆ、雪乃っ!?」

 床に横になっちゃった。息がいつまで経っても落ち着かない。こんなのマラソンよりしんどい。ファゴットのロングトーンなんて楽すぎかも。

「す、すまん雪乃っ」

 なんだか流都くんから謝られてるけど、でも嫌っていう感情はまったくない。これだけは間違いがないので、ゆっくり首を横に振った。

「……い、嫌な思い、させたか……?」

 さっきの首振りが伝わってなかったのか、流都くんはそんなことを言ったので、もう一度横に首を振った。

「無理しなくていいんだぞ。嫌なら嫌って言ってくれて……」

「……ううん、大丈夫だよ……はぁっ……」

 三度目なので、なんとか力を振り絞って声を出しました。ちょっと震えた声になっちゃったけど。

「本当に……大丈夫なのか?」

「うん……」

 大丈夫じゃないけど、大丈夫……たぶん。

「……だったら、さ……また、していい……か……?」

「む、無理ぃ」

「ああっ、今じゃなくてさ! 今度……とか」

(こ、今度?)

 またさっきのしちゃうの……? またこんなどきどきしちゃうの……?

「どうしても……またしたいの……?」

 落ち着いてきたかな……やっぱりまだかも……。

「……どうしても、かな。俺、雪乃のこと……」

(……こと……?)

「……うぉーーーし!! 雪乃将棋しようぜーーー!!」

 急に流都くんはピンクのおもちゃ箱から将棋盤と駒を取り出して立ち上がった。

「……ちょっと、待って……」

「待つ待ついくらでも待つ! だから将棋しよーぜー!」

 折り畳みのテーブルを組み立てる流都くん。ここ私のお部屋なのに慣れちゃってる。

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