第32話 無限の流れを汲む流派

「ダンジョンに行きたい?」


 エリーゼが、かたわらにやってきてそんな事を言い出したのは、朝食後、ダンジョン探索の準備をするために席を立った時の事だった。


 肩に精霊獣の相棒リルを乗せているアレンが、エリーゼにそう訊き返すと、はい、とうなずき、いで父親カイトのほうに目を向けると、


「まだあきらめてなかったのか……」


 そう言って、ため息をつきつつ片手で目許めもとおおう。


 その様子からさっするに、どうやら、今、急に思いついたという訳ではなく、何度も父親に頼んだが駄目だったから頼む相手を変えた、という事らしい。


 危険なダンジョンに、それも、最近は調子が良さそうだが、ついこの前まで、魔法適性が高過たかすぎる事を原因とする特異な虚弱体質のせいで、ベッドから起き上がる事にすら難儀なんぎしていた愛娘を行かせたくない、という父親の気持ちは想像するにかたくない。


 だが――


「良いんじゃないか」


 あっけらかんと言い放たれた許可の言葉に、エリーゼは顔をかがやかせ、父親カイトは目をいた。


「おいッ! アレンッ!?」


 無責任な発言だと思ったのだろう。カイトは、戸惑いと怒りが半々はんはんといった様子でアレンにった――が、


「〔超魔導重甲冑カタフラクト〕から降りなければ大丈夫だと思うし、良いんじゃないか? 親子で一緒にダンジョン探索」


 それを聞いて、ピタッ、と歩みを止め、


「親子で一緒に、って…………いやいや、ピクニックじゃねぇんだぞッ!? それに、良いのか? 〔超魔導重甲冑〕の存在は隠すんだろ?」

「そうだけど、隠すも何も、エリーゼの〔超魔導重甲冑【雷電】テティル〕は元々《群竜騎士団》にあったもので、今《物見遊山うち》にあるって事はもう知れわたってるだろ?」


 どうやらすっかり失念していたらしいカイトにそう答えてから、アレンは、その場にいる他のメンバー――リエル、レト、クリスタ、ラシャン、サテラにも意見を訊いてみる。


 すると、強くなれる時になっておくのは良い事、まだ早い、モンスターを殺すところを見せる事になるので子供の教育に良くない、自分の身を護るためにモンスターを殺す事ができない者が行っていい場所じゃない、体質的に霊力を適度に放出したほうが良いのだから、魔法を覚えてダンジョンで戦えるようになれば、体調を安定させられる上、魔石が手に入ってお金もかせげる…………などなど、意外にも賛否両論。


 ただ、両者共に、自分達と一緒で尚且なおかつ初期形態の〔超魔導重甲冑〕に乗っていれば一定の安全は確保できるだろう、という点に異論はないらしい。


 ならば、あと必要なのは、当人の意思と、保護者の許可。


「わたしも、アレンさんたちと一緒に冒険したいですっ!」


 父から現役時代の冒険譚ぼうけんたんを聞かされてそだち、冒険者にあこがれたものの、自分には無理だとずっと思っていた。しかし、今は外を歩けるようになったし、少しであれば走る事もできる。そして、アレン達が毎日楽しそうに話しているのを聞いている内に、自分も一緒に冒険したいという思いが強くなった――そういったむねを自分の言葉でうったえるエリーゼ。


 それに対して、カイトは、眉間みけんにしわをせ、バリバリ頭をき…………仲間達の意見をふままえて長くなやんでいたが、最後には一つ大きく息を吐き出して、


「……なんだかんだ言って、〔超魔導重甲冑〕の適格者になった時点で、いずれはこうなるんじゃないかと思ってたんだ……」

「え? じゃあ……~っ!?」


 期待にひとみきらめかせるエリーゼを見て苦笑しつつ、


「どうせダンジョンにもぐるなら、ギルドに登録してからにしろ」


 反対して、自分が知らない内に、どこの馬の骨とも知れないやからと勝手にダンジョンに潜られるよりましだ、とでも考えたのだろう。


 カイトは、渋々といった様子で許可を出し――笑みをかせた愛娘にきつかれて、照れ笑いを見られないようそっぽを向いた。




 その後、アレンは、予定を変更して、カイト、リルを抱っこしたエリーゼ、ラシャン、クリスタと共に冒険者ギルドへ。


 そして、結果から言ってしまうと、エリーゼは、エメラルドタブレットを手に入れて冒険者になった。


 クラン《物見遊山》にはAランクの冒険者が二人――カイトとラシャン――もいる上、保有霊力量に関しては常人の比ではない。


 ゆえに、問題は何もなかったのだが……


「――アレン殿」


 それは、ギルド本館の人気ひとけがない場所を選んで【空間転位】し、途中、製作した〔魔法薬ポーション〕や〔解毒剤アンチドート〕を買い取ってもらうため買取所へ向かうクリスタと別れた後。アレン達が窓口で担当アドバイザーのマールを呼んでもらい、目的をつたえ、賢者の塔の地下2階、エメラルドタブレットを錬成する儀式場へ向かう事になった時の事。


 そう呼び掛けられてアレンが振り返ると、そこには、青いリボンでくせのない長くつややかな黒髪を頭の高い位置でたばね、髪と同じ色の兎耳ウサミミをピンと立てた、ぞくに『亜人系』としょうされる、人に近い姿の小柄な獣人女性の姿が。


「クラン《物見遊山》のアレン殿に相違そういありませんか?」


 年の頃は、10代のなかば。肌理きめ細やかなはだすけけるように白く、身長は、150センチに届くか届かないか。一見すると華奢きゃしゃに見える躰をつつんでいるのは、白のブラウス、リボンタイ、青いスカート、オーバーニーソックス、かかとが低いブーツ。そして、左手にはエメラルドタブレットが変じた紋章があり、ややひかえめながら綺麗な形の胸に斜め掛けしたで、さやおさまった1本の剣を背負っている。


 立ち姿も美しく、可憐かれんな美貌をりんと引きめ、そこはかとなく育ちの良さが感じられる――そんな乙女の問いに対して、アレンが肯定を返すと、


「突然お声掛こえがけして申し訳ありません。私は『カレン』。修行のためこのラビュリントスにやってきた武芸者です」


 兎の耳と尻尾がある乙女――カレンは、ほっ、とほほゆるめたのも束の間、また表情を引き締めてそう名乗り、


「闘技場での決闘を拝見はいけんして以来、お会いしたいと思っていました」


 そう熱くかたりながら、ずいっ、とアレンに詰め寄って、


「こうしてお会いできたのも何かのえんッ! ――是非ぜひこの機会に一手ご指南しなん願いますッ!」


 その勢いのまま手合わせを申し込んだ。


 実のところ、拠点ホームには、手合わせやクラン合同で行なう訓練の申し込み、果たし状などなどが毎日のようにとどき、こうして直接声をかけてきた者も数え切れない。しかし、アレンは、礼儀正しい者には丁重ていちょうに、態度が悪い者やしつこい者には厳しい条件を付けて、その全てを断ってきた。


 なので、カイトやラシャンは言うにおよばず、見たり聞いたりしてその事を知っているマールや窓口周辺で働いていたギルド職員、その場に居合わせた冒険者達も、少女の申し入れは断られるだろうと思っていた。


 しかし――


「こんな修行中の若輩者で構わないのであれば」


 そう承知したむねを伝えるアレン。


 すると、予想外の展開に、周囲が一斉いっせいにどよめいた。


「受けるの? 手合わせ」


 カイト同様、意外そうに目を丸くしているラシャンの問いに、アレンは、あぁ、と頷いて、


「ちょっと確かめたい事があってね」


 そんな訳で、アレンとカレンは、見物けんぶつ目的の野次馬やじうまがぞろぞろついてきそうだったので、宝石のようなつのを煌めかせた精霊獣の相棒リルに【空間輸送転位トランスポート】で送り出してもらい、カイトは、リルを抱っこしているエリーゼに付きってエメラルドタブレットを得るために、ラシャンは、新たな【技術スキル】を取得するために、賢者の塔へ向かった。




 そこは、大迷宮都市ラビュリントス上空の七つの浮遊市街の一つ、ギルドがある中央浮遊市街の外縁部。


 世間では、まだ『〝なまくら〟は剣士。魔法を使うのは使役している精霊獣カーバンクル』と思われているので、手の内を隠すためリルに転送してもらい――


「ここで良いかな?」

「はい」


 二人は、人気ひとけのない建物の裏手で適当な距離を置いて対峙し、双方共に、始めの礼――相手の全身を視界に収めておくため浅く頭を下げる武芸者の礼をして、得物に手をかけた。


 アレンは、左腰にいている大小二刀の内、刀に変形している〔無貌の器バルトアンデルス〕の鞘を左手でつかみ、親指でつばを押し上げて鯉口こいくちを切り、右手をつかに乗せる。


 それに対して、カレンは、背負っている剣のさやを左手で引き下ろしながら、柄をつかんだ右手でいっきに抜き放った。


 それは、剣身が約60センチ、柄が約25センチで身幅が細いりのない両刃の長剣――かと思いきや、柄が一瞬にして伸びておよそ3メートルの槍に。


 それを見て、アレンは軽く目をみはり、


「槍……、って事は、――無辺流槍殺法むへんりゅうそうさっぽうか」


 そのひとり言のようにつむがれた言葉を耳にして、カレンは大きく目を見開いた。


「ごぞんじなのですか……ッ!?」


 これまで、立ち合いを望んだ者達の中には、無限流を名乗る者達がいた。しかし、それが許されるにる技量をそなえた者は、一人もいなかった。


 だが、カレンの何気ない立ちい――無意識のレベルで身に付いている、重心の操法〝生玉イクタマ〟と、それを維持したままの移動法である〝足玉タルタマ〟、無限流刀殺法の極意である十種秘法とくさのひほうの二つから、師匠の弟子の弟子、つまり、同門どうもんなのではないかと推測した。


 それが、ラシャンに言った、確かめたい事。


 だが、カレンの得物えものは槍だった。


 ならば、思い当たるのは一つ。


 それが、無限流のながれをむ槍術流派。


「師匠から聞いた事があるってだけで、使い手に会うのは初めてだ」


 『剣聖』とうたわれてはいても、師匠は、武芸百般。弟子達にも、無手は言うにおよばず、槍、斧、短剣ナイフじょう、弓…………などなど、他の得物も習得する事を推奨すいしょうしているせいもあって、無限流は総合武術だと思われている事が多い。


 だが、その実、師匠が他の得物にれる事をすすめているのは、実際に触れてみなければ分からない事があるからであり、そういった経験を全て剣術に帰結きけつさせるため。


 しかし、そんな無限流の教えにしたがって剣以外の武器を手にした結果、そちらでみずからの天稟てんぴん見出みいだした者もいたらしい。


 そして、その中の一人が、槍に残りの人生をささげたいというむねを告白し、剣に生涯を捧げると決めて入門した身であるにもかかわらずそのちかいを破ってしまう事をびて許しをい、師匠は、そんな弟子に、許可と共に『無辺流』の名をおくった。


 カレンは、おそらく、話に聞いたその者の弟子なのだろう。


「では、あらためて。――無辺流槍殺法・目録もくろくッ! 名は、カレンっ!」


 そう名乗りを上げて、カレンは、穂先を相手の鳩尾みぞおちに向けた中段に槍を構え、


「無限流刀殺法・免許めんきょ人呼ひとよんで〝なまくら〟のアレン」


 槍は触った事がある程度で、槍殺法の使い手に教えられる事などない。ならば……


 アレンは、左手の親指を愛刀のつばに引っ掛けるようにして、カチッ、と鞘の中に引き戻すと、右手を柄から降ろし、そのまま、だらん、と両腕の力を抜いて躰のわきらした。


「――――~ッ!?」


 例え武術の心得がある者であっても、十人中九人は、められている、お前相手に武器は必要ないとあなどられている――そう考えるだろう。


 だが、カレンは、はっ、と息をみ、気功術で身体能力を高めつつ、更に集中力を高めていく。


 それは、アレンが何を仕掛けようとしているのかを察したから。


「――〝死返玉マカルガエシノタマ〟……~ッ!?」


 無辺流にも伝わっている、無限流刀殺法の極意、十種秘法とくさのひほうの一つ。


 無刀取むとうどりから間髪入れぬ反撃。武器を持つ相手と無手で対峙し、うばった武器でたす技にして、圧倒的に不利な状況を一瞬にしてくつがえすべ


 頭で考える前に躰が動くような、剣が、槍が、武術が心身しんしんみ付いた使い手、良くも悪くも達人、手練てだれであればあるほど有効でささり、手と足の動きがバラバラだったり突発的に何をしてくるか分からなかったりする素人しろうと相手には怖くて使えない、に至った者のみが行使し得る神業。


『…………』


 無限流と無辺流の使い手達は、気合を発する事も、みずからを鼓舞こぶするためであったり相手を威嚇いかくするためであったりする喊声かんせいを上げながら突撃する事もなく、相手を見るとはなしにひとみうつし…………ふわり、と何の前触れもなく歩を進めたカレンが、アレンを槍の間合まあいにとらえた――が、


「…………………………、――参りました」


 膠着こうちゃくは、ほんの数秒。


 自然体でたたずんだまま微動びどうだにしないアレンに対して、カレンは何もできず、大きく後退して間合いを切るなり構えを解いた。


「それで良いのかい?」


 どうせならいてみれば良いのに――言外にそんな言葉をふくむアレンからの問いかけに対して、気が遠くなりそうなほど長く感じられた濃密な数秒間でじっとりと嫌なあせき、それでもあきらめがついてすっきりしたような笑顔を浮かべて、はいっ、と頷くカレン。


 今の数秒の間に、自分が勝利する筋道を見出すため脳内でシミュレーションを繰り返したのだが、まるで破局へ向かって時空が集束していくかのごとく、どんな技をどのタイミングで繰り出しても、自分の槍で、貫かれ、斬り裂かれ、首をねられ、投げ飛ばされて穂先を突き付けられ…………結局、敗北や死という結末しかイメージする事ができず、試す価値ありと思える手段を一つも見出す事ができなかった。


「己の未熟さと、あらためて武の奥深さを知る事ができました」

「そうか」


 なら良い、とアレンも笑い、


『ありがとうございました』


 カレンが得物を元通り鞘におさめてから、二人は姿勢を正し、終わりの礼をした。




 霊的な経路パスで結ばれている相棒リルがエリーゼと共にいるため、あちらの居場所や状況は把握はあくできている。


 ゆえに、アレンは、カレンと共にのんびり歩いて賢者の塔へ。


 その道中、師匠の事をたずねられた流れで少しうえ話をすると、カレンも自身の事をかたった。


 それによると、なんでも、カレンは、無辺流宗家そうけの娘で、開祖である祖父が師匠の弟子。存命だがすでに隠居し、父親が家と道場をいだ。家族は他に、実母と義母、異母兄弟をふくめ、兄が三人、姉が四人、弟が一人、妹が二人。姉達と同様、槍を捨てて家庭に入る事を望まれたが、それを良しとせず家出いえで。その際、ラビュリントス行きをすすめたのは、ちかいを守り、槍をきわめんと道場を離れてひとり修行に明け暮れていた祖父で、路銀ろぎんや推薦状など必要な物はすべて用意してくれた上に、家宝として伝わる槍の一つ、穂先から石突まで一体形成の自在じざいに伸縮する槍――〔霊槍・蒼月あおつき〕まで持たせてくれ、行けるところまで行ってきなさい、帰りたくなったらいつでも帰っておいで、そう言ってひそかに送り出してくれたらしい。


 そして――


「冒険者養成学校って、どんなところ?」


 修行という共通の目的でラビュリントスにやってきた二人。だが、その足で冒険者ギルドへ向かったアレンとはちがい、カレンは冒険者養成学校の門をたたいた。


 あり得たかもしれない別の道に興味がき、アレンが、何気なにげなくそう尋ねてみると、


「…………」


 カレンは悄然しょうぜんうつむき、兎耳までへにゃっと項垂うなだれてしまった。


 予想外の反応に、あれ? と戸惑とまどうアレン。


 そして、くべきか訊かざるべきか思案していると、誰かに相談したかったのか、それともただ聞いてほしかっただけなのか、カレンは、肩を落としてとぼとぼ歩きながら、ぽつりぽつりとかたり始めた。


 それによると、ようするに、パーティの仲間達から爪弾すまはじきにされているらしい。


 その原因は、彼女いわく、自分の勘違い。


「彼らは、あくまで冒険者の候補生であって、武芸者ではなかったんです」


 入学時にテストを受け、その成績によって教室クラス分けが行なわれ、そこで出会ったクラスメイト同士で臨時のパーティを組み、訓練にのぞむ。


 無辺流槍殺法の使い手にして目録を得ているカレンは、ものりで入学にゅうがくし、テストもトップの成績で最上位クラスへ振り分けられ、あくまで入学した時点での成績でだが、トップクラスの実力を備える級友5名にさそわれる形でパーティを組んだ。


 彼らはみな、将来有望な冒険者のたまごで、たがいに実力をみとめ合い、打ちけて、きっと良いパーティになる――始めはそう思ったらしい。


 しかし、自分達は最上位クラスの生徒である、と自負じふする彼らは、ダンジョンを完全攻略する、勇者になる、英雄として歴史に名を残す…………そんな夢や理想ばかりをかたり、派手はでな活躍を望み、実績を求め、実戦を重視し、基礎訓練をかろんじて、もう十分だとのたまおろそかにした。


 このままではいつか必ず足元をすくわれる――そう考えたカレンは、彼らのためを思って、自分達は強いというおごりを正そうと、実家の道場で門下生と対していた時のような強い口調で指摘した。


 その結果、自分達より少し強いからといって何様だ、と強い反感を買い、なら君は好きなようにやってみれば良い、と突き放され、俺達は俺達の方法で強くなって間違っていないという事を証明してやる、とげられ、カレンのほうも、自分の言葉は間違っていないと確信しているがゆえあやまらず、以来、メンバー達にけられている。


 パーティの不和やメンバーの脱落は評価が下がる、こちらに迷惑をかけるな、と表向きは問題ない事になってはいるものの、今日も今日とて、他のメンバーはカレンをおいてダンジョンにもぐり、彼女は生活費をかせぐため、一人で受けられる依頼を探しに来たとの事。


「冒険者であって、武芸者ではない、か……」


 身につまされて、思わず天をあおぐアレン。


 思い出すのは、初めてダンジョンに潜った時に同行させてもらった、冒険者養成学校の生徒達――MVPをねらってきそうように戦っていた、スティーブのパーティのメンバー達。


 それと、ラシャンから聞いた、効率的な技能の取得法。


 冒険者ならあり、武芸者ならなし――そう話したのはつい先日の事で、自分の仲間達は、そんな意見に理解をしめし、受け入れてくれた。


 しかし、彼女の場合は……


 カレンの立場に自分を置いて考えてみてぞっとし、思わず身震いするアレン。


 そして、とぼとぼ歩く彼女のほうへ目を向けて、


「なら、俺達と一緒にダンジョンに潜る?」


 ふとした思い付きをそのまま言葉にして伝えた。


 すると、カレンは、え? と顔をね上げて兎耳をピンと立て――


「武芸者であり、冒険者でもある――そんな俺がマスターをやってるクランで、そんな俺を認めてくれる仲間達だから、カレンも、居心地いごこちが悪いって事はないと思うよ」


 アレンが更にそう続けると、一人ぼっちの武芸者は、驚きに目を見開き、暗闇に差し込んだ一条の希望の光を見付けたかのようにつぶらな瞳をきらめかせて……


「それは、願ってもない事なのですが……」


 一転してうつむき、逡巡しゅんじゅんするカレン。


 その言葉に甘えるのは、あつかましいとか、図々ずうずうしいとか思ったのかもしれない。


 だがしかし、現状を打開するためのきっかけを欲していたカレンにとって、これ以上を望むべくもない申し出である事には違いなく…………最終的には、先刻ついさっき、アレンに話して聞かせた祖父の言葉が背中を押したのだろう。


「ほ、本当に、よろしいのですか?」


 試しに一緒に冒険してみて、彼女がそれを望み、仲間が反対しなければ、クランに入ってもらっても良い――内心でそう思いつつ、アレンが、うん、と頷くと、


何卒なにとぞよろしくお願いいたしますッ!」


 カレンは、足を止めて姿勢を正し、勢いよく、そして、深々と、頭を下げた。




 ――その後。


 アレンは、賢者の塔で、リルをっこしたエリーゼ、カイト、ラシャン、良い値で買い取ったもらえたらしくホクホク顔のクリスタと合流し、引き合わせたカレンを紹介して、これこれこういう訳でこうなりました、と説明し、明日、一緒にダンジョンに潜ろうと約束して別れた。


 拠点ホームへ戻ると、エリーゼは、お留守番組のリエル、レトと合流して作り置きのための料理作りに参加し、アレンは、カイトが開発した新装備の実験に付き合い、ラシャンは、庭で新たに取得した【技術スキル】の具合を確かめ、リルはお昼寝。


 正午になると、自分の工房で研究にはげんでいたクリスタと、《群竜騎士団》から没収した大量の装備をオークションに出品するための手続きなど、自室で事務仕事に精を出していたサテラを呼び、みなで昼食。


 その席で、アレンは、カレンの事を他のメンバーにも話し、同意をもらった。


 昼食後には、解散する前にみなを呼び止め、全員にくばったのは、午前中の内に動作を確認した新装備。


 それは――


「空間転位専用魔砲機バレット・システム、その名も〔帰還者リターナー〕だ」


 小型で薄く軽量コンパクトなデジタルカメラほどの大きさの装置で、ベルトやおびに取り付けられるようになっていて、アレンが【空間合流転位ジョイン】を封入した晶霊弾カートリッジあらかじめ装填しておけば、あとは、クランの徽章シンボルマークが刻印されているカバーを横に滑らスライドさせて中のボタンを押すと発動する。


 【空間合流転位】とは、予め仲間に付けておいた、または、安全な場所に設置しておいた目印に引き寄せられる形で移動する誘引型の転位魔法。


 〔帰還者〕を起動させると、アレンが、自宅の地下――〔拠点核ホーム・コア〕がある地下室とはべつ――にもうけた出現地点めじるしに空間転位する。


 これさえあれば、危険を感じた時や何者かに襲撃された時、一瞬にして拠点へのがれる事ができるし、そんな非常事態に限らず、ただたんに出先から帰宅するのに使ったって良い。


 カイトからみなに〔帰還者〕の説明が終わると、一度、実際に使って地下室に空間転位し、予備の【空間合流転位】を封入した晶霊弾がまとめて置いてある収納場所を教え、各々おのおのが自分の手で使用済みのカートリッジを新しいものに交換した。


 そして、その後は、もうお馴染みとなった、個性的な品揃えをした店セレクトショップ[タリスアムレ]へ。


 目的は、エリーゼの装備を整えるため。


 彼女が望んでいるのは、『一緒に冒険をする事』。だというのに、ダンジョン内では基本〔超魔導重甲冑〕から降りないとは言っても、もうれてしまった『内宇宙』と呼ばれる操縦席コックピット内でのパイロットスーツや部屋着だけでは雰囲気が出ない。


 そんな訳で、紋章を含めて格好から入る事にしたらしい。


 出掛けるのは、エリーゼ、付きいにアレンとリル、リエル、レト。それに、毎日毎日拠点ホームの自室で仕事けでは躰に悪い、たまには気分転換したほうが良い、となかば強引に連れ出されたサテラ。


 妙なやからと遭遇して面倒な事にならないよう、やはり人気ひとけのない場所に【空間転位】してから、徒歩とほで店舗へ。


 〔帰還者〕がある今となっては、先に戻っていても大丈夫だろうとは思う。それでも一応、アレンが店内の一角でリルとたわむれながら女性陣が買い物を終えるのを待っていると、顔見知りの男性店員がやってきて、次に来店したら渡すよう指示されていた、と言いつつふところから封筒を取り出した。


 それは、クラン《ペルブランド・ファミリー》のマスターから、クラン《物見遊山》のマスターへ、つまり、アレンにてられた手紙。


 ちなみに、[タリスアムレ]は、生産系クラン《プライヤ&ニッパー》が経営する店の一つで、《プライヤ&ニッパー》は、攻略系クラン《ペルブランド・ファミリー》の傘下さんか


 ひまなので、受け取って封蝋ふうろう徽章シンボルマークを確認してから、封を切って手紙に目を通してみると、当たりさわりのない挨拶あいさつの他には、直接会って話がしたい、というむねが簡潔にしるされているのみ。


 贔屓ひいきにさせてもらっている店の上位組織であり、ラビュリントスで5本の指に数えられる大規模クラン、そのマスターからの直筆の手紙を受け取ってしまったからには、何もなしという訳にはいかないだろう。


 そう考えたアレンは、時空魔法の【超空間通信】を使って拠点にいるカイトに相談し、店員さんに紙とペンを用意してもらって、招待に応じる意思がある旨を記す。


 その流れで店員さんから、夜会パーティーに出席できるような盛装の用意はありますか、と問われて、いいえ、と答えると、[タリスアムレうち]で仕立てる事ができるので一着如何いかがですか、と訊かれ、少し迷ったものの、じゃあ、とお願いする事にして、採寸したり、生地きじの好みなどを話したりしている内に時が流れ……


 この店は日用品などもあつかっているので、エリーゼの装備以外にもお買い物を楽しんで好い気分転換になったらしい女性陣が戻ると、アレンは、サテラにも事情を説明し、受け取った手紙と自分で書いた手紙を見てもらう。その結果、特に問題は認められなかったので、届けて下さい、と店員さんに頼んで《ペルブランド・ファミリー》のマスターに宛てた手紙を渡した。


 拠点に帰って、出迎でむかえた父親カイト披露ひろうされた愛娘エリーゼの装備は、金属製の装甲は一切ないものの、板金鎧プレートアーマー並みの防御力があって肌が露出してる部分でも攻撃を弾いてくれる防御魔法【守護障壁フィジカルプロテクション】が標準付与され、様々なバリエーションの中から自分に合ったものを選択して装備する〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕で、スポーツブラとショーツのような布鎧クロスタイプの貞操帯アーマーをサポーターのように身に着け、その上に、競泳水着のようなハイネックでノースリーブのボディスーツ。あとは、学校の制服っぽい、ブラウス、ベスト、ミニスカート、タイツ、ブーツと、魔女っっぽい大きなとんがり帽子ぼうしにマント。そして、武器は、《群竜騎士団》から没収した大量のアイテムの中から護身用にとカイトが探し出してきた、霊力を込めると初級攻性魔術【電撃の矢エレキトリック・アロー】が発動する指揮者コンダクター指揮棒タクトのような希少級の武器――〔電撃の小杖タクト〕。


 十分な機能性は当然として、見た目の可愛らしさを重視した装備を身にまとい、うれしそうに、ちょっと照れたように、笑っている――そんな今のエリーゼの元気な姿を見ている内に、ふと一日の大半をベッドでごしていた頃の姿が脳裏をよぎったのか、顔を背けたカイトが声を押し殺してガチ泣きしていたが、仲間達はそろって気付かないふりをした。




 ――一夜明けて。


 早朝。留守番のサテラに見送られて、肩にリルを乗せたアレン、リエル、レト、クリスタ、ラシャン、カイト、エリーゼが、【空間転位】で、ギルドがある浮遊市街の一角、人気ひとけのない場所を選んで移動し、そこから徒歩で賢者の塔へ向かう。


 アレン達同様、臨時でパーティ登録をするためにここを待ち合わせ場所にしたのだろう。そんな少なくない冒険者達の中に、カレンの姿があった。


 何か心配事でもあるのか、心細そうな様子でうつむいている。


 先に見付けたアレンが歩み寄り、声をかけた――その途端、ピクッ、と反応する兎耳。次の瞬間には顔を上げ、約束の時間よりだいぶ早く来て待っていたカレンは、だいたい5分前にやってきたアレンの姿を見付けるなり、心細そうな様子から一転、ほっ、と安堵の笑みを浮かべた。


「おはようございますッ! 本日はよろしくお願い致しますッ!」


 元気に挨拶あいさつするカレンに挨拶を返し、早速、仲間達を紹介するアレン。


 ダンジョンの外なので、まだポンチョ風ケープやワンピースのようなポンチョ、ローブなどを身に着けていたが、名前を呼ばれると仮面やフード、とんがり帽子やフルフェイス型のかぶといで、簡単に挨拶するクラン《物見遊山》のメンバー達。


 リエル、レト、クリスタ、ラシャンは、それぞれ個性的な〔戦乙女の鎧ヴァルキリーアーマー〕。


 エリーゼもそうなのだが、彼女の場合は一見しただけではそうと分からないものの、一目見れば質が高い事がうかがえる後衛用の装備を身に纏っていて、今日は、ウエストバックやポーチ、回復専用魔砲機〔回復銃〕を納めたホルスター、空間転移専用魔砲機〔帰還者〕を取り付けた幅広のベルトを腰に巻いている。


 そのとなり、現役復帰したカイトは、左手で、いだフルフェイス型の兜を小脇にかかえ、右手で、鞘としての機能を備えた大盾とそこに納められた両手持ちの長剣バスタードソードたずさえ、身に纏っているのは、筋力や耐久力を数倍に高める厚手の布状の精神感応金属繊維製人工筋肉――〔剛力布メギンギョルド〕を筋肉や靱帯に沿って配した鎧下アンダーアーマーと伝説級の全身甲冑〔魔法騎士の鎧〕。


 そして、剣のように柄が短い状態の〔霊槍・蒼月〕を納めた鞘を背負い、程よく刺繍ししゅうによる装飾が施された革製の軽鎧一式はもちろん、その下に着ている衣服にもセンスが感じられる武防具を装備しているカレンは、うわさのクラン《物見遊山》のメンバーの装備にも注目しつつ、一人一人、顔と名前をおぼえて行き…………最後に、紹介してくれたアレンに目を戻して――


「…………」

「カレン?」

「あっ、いえ、何でもありません」


 アレンと他のメンバーの間で、より正確には、双方が身にまとう装備の間で視線を往復させていたカレンが、半ば反射的にそう言いつつ、何かをごまかそうとするかのように目をらした。


「アレンよ」


 その反応を見てから、自分達のマスターのほうへ目を向けて、みなまで言わないカイト。


 それに対して、アレンも、実用性一点張りの自分の防具を見下ろしつつ、あぁ、とただ一つ頷いた。


 見栄みばえはもちろん、性能面でも雲泥うんでいの差がある。それは事実で、こういう反応をされる事もあるだろうと予想はしていた。


 しかし、実際に、クランメンバー以外に装備を見比べられてこういう反応をされると、予想していたよりはえるし、誰かと出会うごとにずっとこれが続くのかと思うと、流石さすが滅入めいる。


 それでも、自分だけなら、まぁいいか、と気にしない事にできただろう。


 だが、その都度つど、クラン・マスターより等級が上の防具を装備するリエル達に、今のような気まずそうな顔をさせるぐらいなら――


「――よしッ! 装備を新調しよう」


 まだまだ使えるこの防具は、世間が忘れた頃、クラン《物見遊山》のマスターとしてではなく、一介の冒険者として行動する際に世を忍ぶ仮の姿として使えば良い。


「思い立ったが吉日。まずは約束通りダンジョンに潜って、そのあと、[タリスアムレ]にでも寄って相談してみるよ」


 この話はこれでおしまい。気持ちをダンジョン探索に切り替えたアレンは、仲間達をうながしつつきびすを返し、当初の予定通り、賢者の塔へ向かって歩を進め――


「――アレン様っ!」


 その背に声をかけて呼び止めたのはリエルで、レト、エリーゼと何やらアイコンタクトしてから、


「実は、アレン様の装備を注文してたのんでおいたんです。昨日、[タリスアムレ]で」


 そう伝えて、軽くアレンを驚かせた。


 何でも、昨日、買い物の途中でふとその事を思い出し、顔見知りの職人に訊いてみたところ、是非まかせて欲しい、というこころよい返事をもらう事ができた。


 だが、アレンは乗り気ではなかった様子。しかし、〝会合〟か、クラン連合か、または他のクラン・マスターとの会食か、急にいちクランのマスターとして体裁ていさいを整える必要が出てくるかもしれない。


 そう考えたサテラは、自分の責任で、マスターアレンの装備を発注オーダーすると決め、その際、リエルとレトは、使用者アレンに最も近しい人物として意見を求められたので、自分達が知る限りの事を伝えておいた、との事。


 それらを踏まえた上でのデザインや製作など、あとは全て職人任せ。


 ちなみに、気に入れば買い取り、気に入らなければ何度でも作り直す、という契約らしい。


「そうだったのか……」


 その話を聞いてアレンが思ったのは、専用の装備を作るのに採寸とかしなくて良いのか? という疑問だった――が、そのすぐ後、夜会などに招待された時用の盛装を仕立ててもらうために採寸したり、生地の好みを聞かれたりした事を思い出した。


 リエル達の様子からして、サテラも、秘密にしておいて後で驚かせよう、などという魂胆こんたんがあった訳ではないようだし、そんな事情を隠して採寸するために盛装の話を持ち出してきたのではなく、たまたま盛装のほうで採寸したから防具作りのために同じ事をする必要はない、という事なのだろう。


 いや、それでも、盛装と防具は別物。やっぱり使用者本人に意見を訊くべきなんじゃないか?――と思ったアレンだったが……


「ん? なんだ?」


 今、目の前にいるカイトも、人の話など聞かず、自分の自信作を押し付けてくる。


 きっと、どんな細かい注文にでもこたえて完璧に依頼者が想いえがいた通りの物に仕上げるという職人もいると思うが、今回引き受けてくれたのは、カイト同様、使う者の意見はあくまで参考程度で、気に入るか気に入らないかはひとまず置いておき、デザインも含めて己にできる最高の仕事をして完成させた作品を納める、そういう職人なのだろう。


 ――何はともあれ。


「なら、今日は一日、ダンジョン探索に集中できるな」


 今回の参加者は、クランメンバーだけで7名。それに、カレンを加えた計8名。


 しかし、パーティの上限は6名。


 つまり、二つ以上のパーティでの探索――レイドという事になる。


 実際は、ただ同行者が増えるだけ。なのに、初めてのレイド、と言い換えただけでワクワクしてしまうのだから不思議だ。


「さぁ、――行こうッ!」


 アレンは、ちょっとはしゃぎぎだな、と内心で反省しつつも、楽しそうに笑っていたり、微笑んでいたり、苦笑していたりする仲間達に目を向けてからきびすを返し、先頭を切って歩き出した。

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