第25話 《群竜騎士団》VS《物見遊山》
――
それは、〔
口さがない者達からは『公開処刑』などと言われている《群竜騎士団》対《物見遊山》の決闘が行なわれるその日、アレン達は、一般用
そして、クラン・マスターであるアレンだけは、決闘前に
中央に一つ、大きな長方形の
精悍な面立ちを厳しく引き締め、普段装備しているものより更に重厚かつ華美な甲冑とマントで身を
示威行為か、自尊心の表れか、
羊皮紙が広げられている長方形の
彼が、アレンに求めたのは、羊皮紙に――誓約書に記されている内容の確認。先に来ていたフェルディナンドは、既に確認を終えているとの事。
そこに記されているのは、
――敗者側は、勝者側のあらゆる要求を受け入れる。ただし、勝者側には、敗者側に自殺や犯罪行為を要求する事を禁じる。
そんな記憶にある通りの文言がそこにあった――が、それだけではなく、その後には補足が付け加えられている。
目を通して見ると、奴隷は契約者の所有物、つまり、財産であり、契約者の死亡で奴隷が殉死した場合、勝者側に受け取る権利がある財産が損なわれてしまうのは不当である。それ故に……、と理由も列記されているため少し長くなっているが、要するに、奴隷に殉死を禁じる、という内容。
フェルディナンドが求めているのは、奴隷のリエル――血に特殊な力を宿すエルティシア王家唯一の生き残りである『ネレイア・リーン・エルティシア』。
所有者である気に入らない小僧は殺したい。だが、それで彼女が殉死してしまっては元も子もない。これは、そんな問題を解決するための措置だろう。
実のところ、自分が死亡した場合は、『殉死』ではなく奴隷からの『解放』へと既に契約を変更してあるのだが……
――何はともあれ。
「――気に入らん」
よくよく目を通して問題がない事を確認した後、自分の血を混ぜ込んだインクと、古式ゆかしい羽ペンを使って
そして、アレンが退室する段になって、無言を貫いていたフェルディナンドが口を開き、
「この
憎々しげに、
それに対して、肩にリルを乗せているアレンは、足を止めて振り返り、
「平常心を保つなんて、武芸者なら誰もが心掛けている事でしょう?」
円形闘技場の
《物見遊山》の控室は、地上1階にある小規模クラン用。最大で3パーティ、18名で使用するための部屋は、全身甲冑や大盾など、
アレン達は、そんな部屋で決闘の開始時刻がくるのを待っている。
それにしても、小規模クラン用とはいえ、8名と1頭で使うには広過ぎた。
メンバーは部屋の半分に集まっていて、穏やかなのは、同じ長椅子に並んで座り、リルを抱っこして構っているエリーゼと、瞑想しているアレンの周りだけ。他のメンバーは冷静さを
「――なぁ、アレン」
カイトが口を開いたのは、もふもふのリルの愛らしさと、アレンのまるで大樹のような泰然とした雰囲気に守られているエリーゼ以外が、誰もいない残りの半分の空間から、まるで目に見えない巨大な何かがいるかのような圧迫感を覚え始めた
「やはり、考えは変わらないか?」
呼ばれてゆっくりと
彼らのクラン・マスターが、決闘には一人で
当然、始めは
しかし、修行を見て、求められてはアドバイスして、結果、メンバー全員の技量や装備の性能を把握するに至ったアレンが下した決断であり、その上、全員で参加すると犠牲者が出る、や、敗北する可能性が高くなる、と言われてしまうと、【予知】が使えるという事を知っているだけに返す言葉が見付からなかった。
それでも、仲間を一人で死地へ送り出す訳にはいかないと、【
「『全員で参加すると犠牲者が出る』――なら、一人でも、二人でも、三人でも……連れて行って問題ない奴は連れて行け」
そう言われて、仲間達に目を向けるアレン。
リエル、レト、クリスタ、ラシャンは、それぞれ、ポンチョ風ケープ、ワンピースのようなポンチョ、魔法使い風のローブ、ミニ丈のワンピースと袖口が広がったローブを脱げば、その下は〔
リエル、レト、それに先日、クリスタの〔
ラシャンは、装備の質が低下しているとはいえ、第一線で活躍していた現役の冒険者。
カイトは、現役を退いてから
そんな素晴らしい仲間達を前にして、アレンは思った。
一緒にダンジョンを探索したり、冒険をしたりしたい、と。
それと同時に、こうも思った。
戦場に、人間同士の殺し合いの場に、連れて行きたくはない、と。
アレンは、さてどう答えたものか、と思案し……
「こう言ってしまうと、自信ではなく、過信や慢心だと思われかねないと黙ってたんですけど……」
そう前置きしてからあっけらかんと言い放った。
「俺は、無益な殺生を好まない。なので、可能な限り死者を出さずに勝ちたいと思っているんですよ」
束の間の静寂は、その言葉の意味を理解するのにかかった時間で、
「お前ッ!? 全員で参加すると出る犠牲者って、俺達じゃなく、《
唖然、呆然、愕然とする仲間達の視線を受け止めながら、アレンは、はい、と頷き、
「相手は集団での戦いに慣れている。対して、こちらの連携はまだ
そう言われて、
《群竜騎士団》の精鋭とはいえ、〔超魔導重甲冑〕の自己鍛造弾は、【盾】や【障壁】など、
「闘技場の舞台を、内臓や肉片が浮かぶ血の海にして勝つのは簡単だと思います。でも、それじゃ気分よく勝利を喜べない。そうでしょう?」
『…………』
誰もが勝ちたいと思っている。しかし、そのような勝利を望む者は一人もいない。
アレンは、一同を見回し、自分もそうだと言わんばかりに頷いてから、
「だからと言って、俺のように
そう結論付けたちょうどその時、ドアがノックされ、入ってきた
返事をしてアレンが席を立つと、エリーゼの膝の上からベンチの座面に降りたリルが、ピョンッ、と跳ね、ご主人様の背中に飛び付いて肩まで
「俺、じゃなくて、俺達、だったな」
こちらの首や頬にしなやかな身体をすり寄せてきたリルにそう話しかけつつ、出入口へ向かうアレン。
「――アレン様っ!」
その背に向かって呼び掛けたリエルは、足を止めて振り返ったご主人様に向かって、
「ご武運を」
それに対して、アレンは、ありがとう、と言って気負いのない笑みを見せてから、大丈夫、と続けて、
「なんせ、大勢の弟子を育て上げた師匠と老師が太鼓判を押してくれたから。――お前は
それに、自慢の孫だ、とも。
実は後者を言ってもらった時のほうがずっと嬉しかった事を思い出して、これから決闘の場へ
「ちょうど良い機会だから、よく観ておいてほしい。結局のところ、みんながそんなふうに心配してくれたり不安を
そう言い置いて、
満員御礼の円形闘技場に鳴り響いたのは、開始を告げるファンファーレ。
それを待ちに待っていた観客達の盛大な歓声が
〔皆様、お待たせいたしました。これより…………〕とたっぷり溜めてから〔――クラン《群竜騎士団》とクラン《物見遊山》による決闘を開始いたしますッ!!〕
呼び出しの順番は、普段行われているランキングバトルなら下位の者から。決闘なら申し込んだ側から。
つまり、今回は《群竜騎士団》から。
装置が起動し、100対100で向かい合ってもなお余りあるほど広大で、基本となる平らな地面のような舞台、その東側の地面が降下して行き…………それが浮上してきた時、そこには《群竜騎士団》の精鋭、完全武装した90名の姿が。
そして、参加者の入場が告げられ、それぞれ二つ名を持つ残りの10名が、一人ずつ呼び出され、東側入場門から登場する。
〔まず最初はやはりこの人ッ!! 勇猛果敢な赤竜隊の切り込み隊長――〕
そんなアナウンスを、アレンは、西側入場門の奥、バックヤードの通路で、旅人の必需品であるごく普通のマントを背に払って装備を確認しながら、それとなく聞いていた。
身に着けている長袖のシャツとズボンはありふれたものだが、ブーツは自分の足に合わせた特注品。防具は軽装で、両脚、胸、背中には、
腰の左に
右腿の外側には、魔法銃〔
「ふぅ――…」
武装の確認を終えたアレンは、背に払っていたマントを直して前を合わせると、意識を正面、通路の先にある円形闘技場の舞台へと向けて……
「…………、
右手を胸に当てた。心拍数は平常値と呼べる範囲内。だが、かすかに増えているかもしれない。
しかし――
「大丈夫」
そう自分に言い聞かせる。
幼い頃、本格的に修行を始める前は、魔法適性の高さを原因とする虚弱体質のせいで毎日寝たきり、寝台の上で躰を起こす事すら
あの頃のどうしようもない、どうして良いか分からない恐怖と比べれば、武器であれ、魔法であれ、モンスターであれ、悪意を持った人であれ……他の何であろうと怖くはない。――師匠と老師が、
「それに、頼もしい相棒もいてくれるしな」
肩の上にいるリルに頬を寄せると、みゅうっ、と返事しつつぐりぐり頭をすり寄せてきた。
アレンがそうして
〔〝踏み躙る赤竜〟ッ! 〝金剛鬼神〟ッ! 敵味方から尊敬と畏怖の念を込めて呼ばれる異名は数あれど、この場において最も相応しいのはやはり〝絶ッ対ッ王ッ者ァ〟ッ!! 我らが
相手側の呼び出しはこれで9人目。
そして、最後は代表者、つまり――
〔己を鍛え、剣を磨き、同志を
ほとんど聞き流していたが、8人目は、【電気】の、正確を期するなら【雷電】の〔超魔導重甲冑〕の所有者で、悪を
アンガスにせよ、フェルディナンドにせよ、これまでに聞いた話だと《群竜騎士団》に対する世間の評判は最悪で、事実、やっている事は
(対戦する俺は、悪役か?)
いったい自分はどんな紹介をされるのか、ちょっと興味を持ったその時、
〔――え? これ、間違いじゃなくて?〕
聞こえてきたのは、実況担当者が漏らした困惑の声。それからすぐ、あっ、とマイクが起動したままだった事に気付いたらしく、ごほんっ、とわざとらしい
「このラビュリントスで、また新たに一人の冒険者が誕生した。まだ都会の空気に馴染めず、時代の流れに取り残され、実戦で役に立つとは思えない骨董品の
入場門の内側で登場のタイミングを
一歩手前で一礼してから舞台に足を踏み入れ、肩にリルを乗せて
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