第26話 夢の終わり
―あれから…
地面に打ち付けた頭と左膝の怪我はそれほど重症では無かったが、右足の怪我は深刻なものだった。自分でも気が付かない内に、左足を庇いながら右足を酷使していた結果なのだろう、疲労骨折に加え前脛骨筋の損傷。
診断結果は無情なもので、最短で、
ただ、右足は、年齢以上の酷使が蓄積されたのが原因で、完治しても以前の様なプレイが出来るかは半々と言うものだった…。
“常勝の絶対王者、選手生命絶望か!?”
“翼をもがれた王様。復活はいつ?”
“陥落した王様と革命を成した皇帝!”
初めの内は、俺の怪我は日本の損失として悔やまれ、復活を望む励ましの声も多かった。
病室には多くの花束やプレゼントが届き、病院側の要望で自粛する程だった。
見舞いにも、多くの人が来てくれた。
J1のチームに入団した権田や高橋や年代別代表で苦楽を共にした仲間達。内村をはじめとした東条サッカー部の後輩達。あの新間さんも来てくれた。
サッカー協会のお偉いさんや、多くのサッカー関係者も見舞いに訪れてくれた。
その間…
香田は卒業後直ぐに、オランダリーグ・VVVフェーロンに入団して結果を残してる一方で、俺の名前は時が経つにつれてメディアから次第に消えていた…。
進まないリハビリ。医師も、最短で6ヶ月とは言っていたが、状況は全く好転していない。
こんな形になるとは思って無かったが、予想通り開いて行く香田との差…。
俺のサッカー人生は、タイムスリップ前よりも遥かに絶望的な状況となってしまった。
これは
それが、苦労はしても日本代表で一花咲かせるハズだった未来さえも奪ったって言うのか?
あんまりじゃないか。あんまりじゃないか、神様。タイムスリップは別に俺が望んだ事じゃ無いんだぞ?
俺は、苦労しながらも代表に選ばれ、そんなあの頃に満足してたんだ。なのに、勝手に過去に戻して、本来香田が歩むべき道をトレースさせて!
俺だってそのレールに乗り続ける為に必死に努力して来たってのに、これからって時にレールから降ろす所か、サッカーそのものを奪うなんて!
そんな荒んだ感情では、リハビリが上手くいくことも無く、見舞いに来てくれた人達にも冷たく当たる様になり、時間だけが過ぎていった…。
…季節は過ぎ、ヨーロッパのリーグは全日程を終了した。あの選手権決勝から6ヶ月が経過していた。
オランダリーグ、VVVフェーロンを、入団たった3ヶ月でチームの主力となり、勢いそのままに優勝に導き、更なるビッグクラブへの移籍も噂され、すっかりスタメンを勝ち取った日本代表…A代表にも選出されて、親善試合の為に帰国した香田が、空港でファンに揉みくちゃにされていた。
そのVTRを病室のテレビで眺めながら、俺はタイムスリップしてから高校三年まで、香田に勝ち続けていた事が夢だったんだと、自分で区切りを付けようと思っていた。
選手権前、複数のクラブが俺の獲得に名乗りを上げてくれた。中には海外の強豪クラブもあった。
でも今は、そんなクラブは一つも無い。メディアも、俺の事なんてもう見向きもしない。
目の前が真っ暗になった。
もう香田と戦う事も出来ない。
日本代表に選ばれる事もない。
…もう、サッカーが出来ない。
前の時間軸の頃から、サッカーは俺の全てだった。
タイムスリップしてからは、それまで以上にサッカーに打ち込んだ。遊ばず、恋もせず、全てをサッカーに捧げて来たんだ。
なのに、もうサッカーは出来ない。
今の俺に何がある?何も無いじゃ無いか…。
ぼ~っとテレビを眺める。すると…
「元気か大輔~。また来たぜ~」
「リハビリは進んでるか、日向」
「先輩お疲れ~っス」
高橋、権田、内村は、未だに俺の見舞いに来てくれる数少ない友人だったが、今の俺はとても会話する気にならなかった。
「はははっ…なんか今日も元気無いなぁ、大輔。らしくねぇぞ?」
「まあ、俺もお前の状況ならそうなるかもしれない。でも、そろそろ真面目にリハビリしないと、日常生活にすら影響するって、医者も言ってるんだろ?」
「そっスよ!早く怪我を治して、日向大輔大復活って、世間を驚かせましょうよ!」
高橋も、権田も、内村も、皆俺を元気付け様としてくれているのは分かる。分かるのに…どうしても俺の腐った感情が、皆の言葉を違う意味に捉えさせるんだ。
「……うるせぇよ。元気?元気になんかなれるかよ!
日常生活だと?…お前は今もサッカーが出来て、俺は頑張っても日常生活か!?
復活?出来もしねーってお前だって分かってんだろ!?
てめーら、ふざけた事ばっか抜かしてんじゃねーぞ!」
今まで我慢していた、溜まっていた負の感情が爆発してしまった。
「大輔!俺達はそんな…」
「いいよなあ!お前らはJリーガーじゃねーか!俺を見ろよ!あんだけ将来有望だって騒がれて、今じゃこの様だぞ?ふざけんなよ…ふざけんなよ!」
感情のままに叫んでしまった俺に、三人は黙ってしまった。
すると、テレビのモニターからは、そんな俺にトドメを刺すような映像が流れて来た…。
『なんと!今回、香田選手に与えられた背番号は10番!日本の新しい司令塔は、これから日本代表を引っ張って行ってくれる事でしょう!』
テレビでは、ニュースキャスターが香田の今後の活躍を期待するコメントを熱く語っている。
「…ああ、その通りだよな。香田はこれから日本のエースとして大活躍するさ。…それこそ、世界を代表する様な選手になる可能性だってあるかもしれない。
なのに、俺はなんだ?もしかして、俺の存在理由って、香田を更に進化させる為の捨て駒でしか無かったってのか!?」
「そんな事…そんな事ある訳ねーだろぉ!?」
「だったら、この差はなんなんだよ!!アイツと、俺の今の差は!!」
沈黙…。誰も、俺の問いに答える事が出来ないでいる。それが、今の自分の置かれた状況なのだと、改めて認識させられてしまった…。
「……出てけよ!お前らはもう、二度と俺にそのツラ見せんじゃねえ!出てけよ!!!」
高橋と権田は心底辛そうに…内村は大粒の涙を流しながら…部屋を出ていった。
こんなの、只の八つ当たりだ。アイツ等は、心底俺の事を心配してくれている、残された数少ない友人だったのに…。
自分で自分が嫌になる。もう、生きてたって仕方ないんじゃないか…?
……死のう。
そうだよ、この世界での俺の役割が、香田の更なる成長だったんなら、もう役目は終わっただろう?
神様、今から死ぬから、また元の時間軸に俺を戻してくれよ。
そして、あのアジア最終予選のピッチに戻してくれよ!苦労が漸く報われ様としていたあの瞬間に!
ずっと…ずっと目標にしていた香田と共に、日本代表として立ったあのピッチに、もう一度俺を立たせてくれよ!
―病室の外
「もう泣くな、内村」
「だって…あんな先輩、辛くて見てられないッスよ」
「…きっと、時間が解決してくれるさ。アイツは俺達のキャプテンだぞ?きっと立ち直ってくれるさ」
「…いや、今回ばかりは無理かもしれねえなぁ…」
「高橋…お前!」
「誤解すんなよ。
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