第2話 リベンジ

 ゴールを挙げ、ガッツポーズをする俺を他所に、チームメート…いや、応援していた両チームの保護者も含め、この場にいる全員が唖然とした顔で俺を見ていた。


 静寂………。なんか、俺、いけない事でもしたか?いや、大人が、しかもプロが子供の試合で本気出してゴールを決めるなんて、そりゃ大人気無いんだろうけども。そう考えると、夢とは云え、急に恥ずかしくなってきたな。



「いやぁ、なんか、スミマセン」


 照れ笑いを浮かべながら頭を下げる。その瞬間、大きな歓声が上がった。


 味方も敵も、観戦してた親達も驚きの声を上げている。



「スゲェスゲェ!大輔、いつの間にそんなにドリブル巧くなったんだよ!?つーか、なんだあの弾丸シュートは!?」


 高橋も笑顔で驚いている。まぁ、俺は一応日本代表だからな。小学生相手に大人気無かった気もするが、これは夢だ。リベンジする夢なんだ!


「どんどんパスをくれ。今日の俺、絶好調だから!」


「絶好調にも程があるだろ!でも、分かった!どんどんパス出すからな!」


 チームの士気が一気に上がる。まだ点差は4点もあるのに、やっぱりワンプレイで状況が変わるのがサッカーの面白い所だよな。



 定位置に着くと、再び香田と目が合った。香田も今度は俺をジッと見て目を逸らさない。


 フッフッフッ…俺なんか眼中にも無かったハズの香田の脳裏に、俺の顔を焼き付けてやったぜ。



 プレーが再開すると、俺は直ぐ様相手のパスコースを読んでボールをカットすると、そのまま2点目のゴールを決めた。



「ウオオオーッ、どうしちゃったんだよ大輔!お前、なんでそんなに急に巧くなってんだよ!?」


「へっ、俺は将来の日本代表だぞ?残り時間もまだあるし、この試合、勝つぞ!」


「「オオオーーーッ!!!」」




 その後も俺のワンマンショーとなった。


 展開を読む力があれば、小学生レベルのサッカーならパスコースを特定するのは然程難しくは無い。


 その上、俺は小学生としては身長も高かったので、サイズで当たり負ける事も無かった。


 一度ドリブルを始めれば俺を止められる小学生はいない。そして、シュートを放てばキーパーは成す術も無くゴールを許した。



 試合は残り1分。点差は4対5まで追い付いていた。



 俺がボールを受け取ると、一斉に歓声が上がる。


 現実では、香田が後半だけでハットトリックを決め、試合の主役となった。今回も、俺が投入される前に2点は決めたみたいだが、その後の俺の活躍により、この試合を見ていた人達の頭の中には香田の事はもう記憶に残って無いだろう。俺は、それだけのプレーを披露してしまったのだから。



「抜かせねぇ」


 香田が俺の前に立ちはだかる。前線の香田がここまで下がって来るとは…俺が出てからサッパリボールが回って来ないもんだから痺れを切らしてたみたいだもんな。

 良いだろう。多少大人気ないが、これも夢の中。大人気なくにしてやる!



「お前がか?…悪いけど、俺にとってお前なんか眼中に無いんだよ」


 ちょっと棘のある言い方だったが、それでも香田の表情を見ると動揺を誘う事は出来た。

 こう云うトラッシュトーキングは、プロの世界では日常茶飯事だ。まぁ、プロの殆どは精神的にも鍛えられてるから然程効果は無いのだが。


 香田はボールを奪う事に固執し、馬鹿正直に俺に突っ込んで来た。その隙に高速シザースからの切り込みでアッサリと香田をかわす。


 そして、ゴール右隅に同点ゴールとなるシュートを突き刺した所で、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。


 チームメイトにもみくちゃにされる。皆、俺のプレイに驚いている様だが、それ以上に嬉しさが勝っているんだろう。

 このチームは俺の原点でもあるし、チームの勝利に貢献出来たんだから当然嬉しい。…夢だけど。



 観客は騒然としている。後半残り10分から入った俺が、小学生離れしたプレーで5点を奪ったのだ。

 後半頭から入って2点決めた香田の事など、この試合を見ていた人達は皆忘れてしまっただろう。



 リベンジを果たした…。あの、どうしようも無い程の実力差を実感させられた記憶に。例え夢であっても心は充たされていた。


 さあ、夢よ覚めろ。もう充分だから、早く俺を日本代表のピッチに戻してくれ…。









 …………あれ?どういう事だ?


 俺は未だにチームメイトに揉みくちゃにされ、岡田監督も狂喜乱舞している。


 って言うか、今更だけどこの夢、なんでこんなにもリアルなんだ?




「ちょっと良いかしら?」


 疑問に思いながらも帰り支度をしていると、サングラスを掛けた綺麗な女の人に声を掛けられた。


「は、はぁ…」


 身体は子供でも、心は大人だ。つまり、こんな綺麗な女の人を見れば、そりゃあちょっとはドキドキする。


「凄かったわ、貴方のプレイ。小学生とは思えない位」


 まあ、小学生じゃ無いからね。


「あ、申し遅れました。私はこう云う者です」


 女性から名刺を頂く。


 …東条学園サッカー部戦略部長・新間志乃にいましの。東条学園?確か…


「戦略部長だと分からないかな?要は、私は全国から有望な選手をスカウトする担当の責任者なの。」


 スカウト?…思い出した!東条学園って、香田の母校だ!


「本当は、今日は別の子を視察に来たんだけど、貴方みたいな子がいるなんて、ビックリしたわ。それで、貴方さえ良かったら東条学園ウチに来ない?」


「お、俺が!?東条学園に!?香田じゃ無くて!?」


「そう、本当は香田君を見に来たんだけど、彼も素質はあるけど、少なくとも現段階では貴方の方が遥かに上ね。もし、貴方が来てくれる意志があるのなら、ウチでは私の権限で貴方の入学を即決定させるわよ?」


 俺が東条学園に?


 東条学園とうじょうがくえんは中高一貫校で、この時、まだ開校二年目の新設校だったハズ。

 特にスポーツには力を入れており、サッカー部はこの後、全国大会の常連となる名門校だ。


「貴方一人では決められないでしょうから、一度ご両親に会わせて貰いたいのだけど、今度連絡させて貰って良いかしら?」


「え?あ、はい」


「ありがとう。じゃあ、またね」


 そう言って、新間さんは去っていった。



 それにしても、東条学園にスカウトされるとは。本来なら、香田がこの時スカウトされたんだろうが…まあ、夢だし。……本当に夢なのか?


 どー考えても感覚が夢じゃない。どうなったんだ?これ、もしかして本当に“タイムスリップ”ってやつか?そんな事、ある訳…



「オイ…」


 いきなり声を掛けられて振り向くと、そこには俺を睨みつける香田がいた。


「お前、名前は?」


 急に話し掛けてくんなよ!緊張するじゃねーか!


「お前?人に名前聞く時はまず、自分から名乗れよ」


「…香田圭司だ」


 あれ?案外素直だな。


「…俺は日向大輔だ。で、何か用か?」


「……次は負けねーからな」


 それだけ言うと、香田は去って行った。



 ふむ、本来ならこの試合で、香田は俺の事なんか記憶の隅にも残らなかったんだろうが、どうやらしっかりと俺の存在を認識したみたいだな。






 さて、そろそろ夢が覚めるかな~?

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