第6話 だから、しつこい男は嫌われるんだってば

 お妃教育が始まった。


 一週間は七日。

 そのうち五日が教育日で、残り二日が休日。

 そんな予定だったのだが、教師が二人になったので、予定変更。

 授業が行われるのは週に二日づつ。

 一日二教科だから、残り五日が休日になった。

 授業自体午前中の各一時間だけだから、フリーな時間は一杯ある。

 

「貴族社会の授業が意外と面白くてびっくりしたわ」

「そうね。決まり事としては知っていたけれど、何故そうなのかという理由付けまでは教わりませんでしたもの。その辺りがはっきり理解出来ていれば、対応を間違うこともないわね」


 あらかじめ教え込まれていたアンナ、初めて学ぶエリカ。

 どちらにとっても新鮮で興味深い授業だ。

 ただし、がつく。


「なんとかならないかしら、貴族の先生」

「そうよね、あれ、やめてほしいんだけど」


 貴族社会での決まり事を教えてくれる教師。

 教え方は上手いし、つまらない質問にも丁寧に教えてくれる。

 だが、たった一つ、我慢できないことがある。

 その日の最後の授業の時に限ってお誘いがあるのだ。


「お昼をいただきながら続きをお話しませんか」

「午後はピクニックがてらお茶をご一緒しませんか」


 ・・・うぜえ。


「親交を深めようって下心が見え見えね」

「なんとか繋ぎをつけようとしているみたいだわ。浅ましいこと」


 とにかく気持ち悪い。

 授業中も意味もなく部屋の中を歩き回り、さりげなーく顔を近づけたりするのだ。

 何を思ってかの行動か、あからさますぎる。

 お前は粘着犯か。


「ここはキッパリと生徒と教師の線引きをしたほうがいいわね」

「隙を与えちゃいけないわ」


 そう、このあいまいな状況は絶対よくない。

 私たちとあなたとでは立場が違うのだ。

 こちらは未来の皇太子妃。

 そっちはただの教師。

 それをわきまえないあの態度。

 きっちりとけじめをつけなければ。

 そして二人が取った行動はというと。


「では、今日の授業を終わります」

「「ありがとうございました !」」

「どうです、この後・・・」

「アンナ、忘れないうちにノートを整理しましょう」

「そうね、エリカ。お昼の前に復習を済ませたいわ」

「お昼は何にしようかな」

「朝のスープが残っているから、サンドイッチにしません ?」


 貴族の先生を無視してとっととプライベートエリアへ引っ込む。

 後に残されたのはポカンとアホ面さらした教師のみ。

 


「上手くいっていないようだね」

「申し訳ありません」


 候補者二人の想像通り、残った教師には教育の他に、どちらかを色仕掛けで脱落させるという任務があった。

 もし二人が同等の資質を持っているとしたら、後は皇太子以外の男性に興味を持つかどうか。

 己が皇太子妃候補であるという自覚を持っているかどうか。

 もし他の男性に心が揺らぐ瞬間があるとするならば、これからの妃殿下人生においてもそのような可能性があるということだ。

 そんな女性は妃殿下にはふさわしくはない。

 だが。この二人は貴族関係の教師がどんなに声をかけても応えることはないという。


「二人とも熱心すぎるのです。次回はこれについて説明すると言っておくと必ず予習をしてきますし、復習も完璧です。なにより仲が良い。いつも一緒にいます」

「どちらかが必ず皇太子妃になるんだ。相手を追い落としても不思議ではないんだがなあ」


 貴族関係の教師はどうにもなびかない少女たちにイライラしている。


「確かにあの二人は勉強熱心です。自分の授業でもそれは現れています」


 エリカの突拍子もない質問にアンナが補足を入れる。

 アンナの考えすぎな意見をエリカが簡略化する。

 二人でいるからこそ面白い考えが出る。

 教師としてこれほど楽しいことはない。


「君は二人を誘ったりはしていないのかね ?」

「していません。まだ授業が始まって二週間。時期尚早です。信頼も得ていないのに、個人的な誘いはどうかと思いますよ」


 外交関係の教師は眼鏡を薬指でクイっと上げて言う。


「今は学ぶことが楽しくて仕方がない時期でしょう。恋だの愛だの、考えもしないのではないですか。要するにあの二人はまだ、お子様なのですよ」


 もう少し様子を見てから動きますよと教師は言う。

 だが総裁を含む三人は気が付くはずもなかった。

 あの二人の中身がお子様ではなくて、おば様だったということに。


 

 授業も始まり休みもある。

 候補者の二人はそろそろ動き出そうとしていた。


「やっとこの日が来たわね」

「ええ、大人しく我慢していたかいがあったわ」


 家中の窓と扉に鍵をかけ、不法侵入に備える。

 普段から授業以外の日はプライバシーを理由に一階のカーテンは閉めている。

 間違っても覗かれることはない。


「じゃあ、いくわよ、アンナ」

「ええ、エリカ。覚悟はいい ?」


 地下室の怪しい収納棚。

 その秘密をついに暴く日がきたのだ。

 中身を丁寧に床に並べていく。

 空になった棚を二人で動かす。


「横にスライドかしら」

「観音開きかもしれないわね」


 残念ながらどちらも動かない。


「おかしいわね。絶対に何かあるはずなのに」


 長期間放置されて動かなくなってしまったのか。


「押してもダメなら引いてみな」

「引いてもダメなら押してみる ?」


 そう言ってエリカが棚に寄り掛かった時だった。


「ちょっと、大丈夫、エリカ !」


 思いっきりしりもちをついたエリカをアンナが助け起こす。

 顔をあげた二人の前には、お約束の通路が開いていた。


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お読みいただきありがとうございます。

不定期更新です。

次回は一週間以内に更新いたします。

よろしくお願いいたします。

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