異世界の最強料理人、日本に店を構える

@v_alpha

第1話 出会いの夜のマサラ・チャイ(前)

 ブルーノ・メイスは、スィナル大陸では知らぬ者がいない料理人だ。


 既存の料理概念を打ち崩した調理法の開発、新たな食材の発見、芸術的な皿の構成。


 神出鬼没な彼の料理を食べることができた幸運な者は、ブルーノは不世出の天才だと口を揃えていう。


 雨のようにふる貴族からの専属要請を全て蹴り、宮廷料理人の座も鼻にもかけず、流浪する彼の目的はただひとつ。


 未知の味への探求。そのための自己研鑽。

 

 欲の向かう先が明らかで、しかもとことこんまで突き詰めた人間は、だいたい厄介である。


「魔王ってどんな味がするのだろう」

 

 ブルーノは、その好奇心からスキルを磨き始め、勇者でないどころか、戦闘ジョブですらない、ただの職人ジョブの料理人のまま先日ついに魔王を討伐してしまった。

 そんな彼が、「神ってどんな味がするだろう」と言いださないうちに、女神フロルは彼を友人の地球の神に押し付けることにした。


 

 








「ねえ、恵比寿、あなた新しい商売に興味ない?」

「ふぉふぉっふぉ。急に遊びにきたと思ったら、いきなりなんじゃフロル」

「実はこういう事情でね」


 神同士の不思議能力で、フロルはこれまでの経緯を伝えた。


「なるほどのぅ」

「なんだなんだ、珍しいやつが来ているじゃないか」


 大黒天の登場である。


「よいところに。食の話ならばお主の領分でもある。実はこういう事情でな」


 恵比寿天は、つい先ほど送られてきた情報を転送Fwd:する。


「あれ、集まっちゃって何やってるの?」


 弁財天である。この流れがだいたい四度ほど繰り返され、あれよあれよというまに七福神が揃って議論を始めた。


「こちらに呼んだところで、ふらふら動かれてはかなわないぞ。聞けばその人間は何をしでかすか分からないではないか」

「毘沙門の言う通りだと思うわ。あの人間は、神の想像を超えてくるわよ」


 現に、職人ジョブ料理人の基本スキル『スライス』で、ブルーノが魔王を極薄に刻んだのを目撃していたフロルの言葉には恐ろしく実感がこもっていた。

 極めたところで、細胞壁を壊さずにヤンソンたまねぎのようなものをカットできて涙が出ない、くらいの平和な効果しか設定していなかったのだ。まさか細胞壁を壊さず、新鮮に魔王をスライスするなど、誰が予想する。


「それにお金もないだろうしな、稼ぐ手段は与えたほうがいいんじゃないかのう」

「ジョブの力とやらはそのままになるのだろう?」

「ある程度は制限されるはずだけれど、あの人間は規格外だからどうなるか分からないのよね。万が一の備えはしておいたほうがいいと思うわ」

「こちらの世界の常識もないしのう。強力な力で殺生でもされて輪廻を乱されるのは困るぞ」


「それなら、店を与えるのはどうかしら」


「わしもそう考えておった。弁天の、意見が合うの」


 笑い合う弁財天と大黒天の案に、場の流れが傾いていく。

 それまで静かに話を聞いていた福禄寿が、口を開いた。


竹深たけぶか町に信心深い人間がいただろう。先日亡くなった。あの者が残した料理屋があったではないか」

 

 それだ、と皆が思った。ここが決まればあとは細かいところを詰めるだけである。

 トントン拍子に話がまとまった。


「じゃあ私は人間の方に話をつけてくるから、調整はよろしくお願いするわね」




 機嫌よく自分の管理世界に戻ったフロルは、早速、宿屋で眠っていたブルーノの精神体を呼び出した。


「ようこそ狭間に。ブルーノ・メイス。私は創造神フロル。突然だけど、あなた、異世界にほんの料理に興味はない?」















 地下室の扉を開くと、森の匂いがした。

 異様な明るさが目に刺さる。昼間なのかと思ったが、窓の外の空は暗い。

 天井から吊るされているランタンが、直視できないほどの光を放っているだけだった。

 一歩踏み出せば鮮やかな緑の床は柔らかく体重を受け止める。不思議に思って四つん這いになり、顔を近づけると、細かい筋が見えた。どうも植物を編んで敷物としているらしい。森の匂いのもとも、この床だ。

 面白い習慣だ。この植物は食べられるのだろうか。床を舐めてみるが、味はほとんどない。

 その代わり、さわやかな香りが口に広がる。

 アパンの腹肉と共に煮たら面白い味になるかもしれない。

 この植物は実はつけるのだろうか。

 花は?花が咲くとしたら、その蜜は甘いのか。しょっぱいのか。

 

「面白い。面白いぞ、異世界ニホン。一歩めから俺の興味を引いてくれるじゃないか」

「ガウッ」

「フェン、わかっている。すぐに向かう」


 遠くから吠える声が聞こえる。俺たちがやってきのとは別のドアの外へ消えた俺の旅の相棒だ。

 たまたま白熊からフェンの親と兄弟を救って、料理を振舞って以来懐かれている。

 フェンリルという珍しい種類の狼で、氷魔法が得意であるため、食材の保存を考えてもなくてはならない存在だ。


 ドアの向こうは下り階段で、ここは二階だったらしい。

 土埃一つないしっかりした作りの木製の階段を降りると、段差があった後に、石床になった。みたこともないつくりだ。

 

 フェンが吠える音が近くなった。

 なぜか布がかけられている門をくぐると、そこは銀色の世界だった。

 ほとんどが見慣れないものだ。けれど、俺にはわかる。


「調理場か……!」

 

 興奮したフェンがくるくると俺の足元を回った。気持ちはとてもわかる。最高だ。最高だぞ異世界ニホン

 ずらっとかけられている鉄鍋、銅鍋、よくわからない金属の鍋。

 調理台は歪み一つなく平らで、ぐらつかない。

 金属でできているから、温めるのも冷やすのも簡単だろう。調理の幅が広がる。

 水場があるべき場所には、金属の大きな四角い空き箱が二つはめ込まれている。箱の上にはこれまた金属の首が伸びていて、水の匂いがした。

 

「ワォン!」


 フェンの声がまた遠くからする。あの相棒は、俺よりよほど飽きっぽい。

 急かされるように建物の中を探索したが、あの女神に言われた通り小さい飯屋だということが分かっただけで、どこもかしこもスィナルとは違っていた。

 良い方にだ。何より清潔なのが良い。埃っぽさはかけらもないし、隅々まで綺麗に磨かれていて気持ちいい。

 ここが、これから俺の店になる。そう考えると最高の気分だった。

 

「ぐぅぅぅぅ」

「相変わらずすげぇ音だな、フェン」


 興奮すると腹が減るのは、みんな同じだ。盛大に響いた腹の虫に、フェンが恥ずかしがるようにそっぽを向いて、俺の足を尻尾でバタバタとはたく。


「せっかくの異世界だ。飯、食いに行こうぜ」

        

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