レイワガハジマルマエニ

 僕の質問に対して、隣にいる少女は頭を一回だけ縦に動かした。

「それだけ?」

 少女はもう一度首を縦に動かす。

 冷たいな、と言うが少女は頭を下げるだけ。

 土手の上を二人で歩いているはずなのに、一人で歩いている気がしてきた。

 犬を探していると、このは言った。モフモフして、小さな子だと言う。

 勇気を探す旅に出て、小犬を探していると言うのは、何とも滑稽だ。小犬の名前が勇気でも無い限り、僕はこの小犬を探す意味は無い。

 ただ、水分補給に寄った公園で泣いていたこの子を見たら、助けないといけないと思ってしまった。

 けれど、周りの視線が気になる。多分兄弟の様に見られているだけなのだろうけれど、僕からしたら誘拐している様にしか見えない。まぁ、決してそうでは無いのだが。

 普段しない事をすると、ちょっと緊張する。そのせいだ。

 土手を降りて、元いた公園の方へもう一度向かう。先程とは少し違う道を通ってみる。

 のび太やしんのすけが住んで居そうな住宅街。

 と、黒い尻尾が走って行った。

 少女が「あ」と声を上げた。

 目標発見。


 早い。

 少女をおぶって追いかけるが、中々追いつかない。

 いつのまにか住宅街は抜け、少女の泣いていた公園も通り越した。

 全く土地勘のない僕は、スマートフォンに頼らなければ、元の場所まで戻れないだろう。

 黒い尻尾は元気に左右に揺れている。何を楽しんでいるんだ。こっちはヘトヘトなんだぞ。

 何度か足を止めてしまったが、その度に少女が肩を叩くのだ。とんだパワハラ上司だ。

 ハァハァと息を切らしながら、やっと犬に追いついたかと思えば、ギリギリ手が届きそうなところで急加速。避けスキルが凄い。

 「クッソォ〜」

 すかさず僕も急加速。既に疲れは感じていない。ランナーズハイってやつだろう。

 それからしばらく追いかけ、行き止まりが現れる。

 「ヨシッ」

 右手で小さく拳を作った。

 上手いこと小犬を行き止まりに追い込み、何とか捕まえることが出来た。


 「ありがとうございます」

 少女が始めて喋った事に少しだけ驚きつつも、その感謝の言葉に嬉しくなった。

 「その子は何て名前なの?」

 少しだけ期待をしながらそう聞くと、少女は小犬の頭を撫でながら答えた。

 「トト」

 「そっか、良い名前だね」

 そもそも、勇気という名前を人間以外に付ける人を見たことは無かった。

 「ありがとうございます」

 「次からは、逃しちゃダメだよ。多分僕とはもう会わないんだから」

 「はい」

 そう言うと、少女は犬を抱えながら帰って行った。


 何と無く、晴れやかな気分だった。

 普段しない事も、やってみれば良い事だったなとそう思った。

 と、そこで思う。

 泣いている少女に声をかけてあげるというのは、十分勇気のいる行動ではなかろうか。

 そもそも、一人で旅に出るなんて事自体、勇気がないと出来ない。

 僕はいつの間にか、勇気を手に入れていた…?

 さらに思い出す、僕が探した犬は“トト”という名前だった。

 トトという名前の犬。


 ――ああ、そうか。



 彼女がドロシーだったのか。

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