第2章:彼女の覚悟と、彼の信念
第12話:再出発
――もう戻ってこないように。
ドラマのような送別の言葉を受け取り、刑務官と握手を交わす。
自分が二年間お世話になった刑務所を見据え、まじまじと観察する。
武骨で冷たい要塞は悠然と、冷然と、傲然と構えているだけで、何の感慨も覚えなかった。
あそこにはまだ、何千人もの悪人が収容されている。怪人なんかよりよっぽど凶悪で罪深い罪人たちは、世間から隔絶され、光を求めて手を伸ばし、解放を待ち望んでいる。
――もう戻ってこないでください。
母親からの最後の手紙にはそう書かれていた。
殺人未遂を犯した鬼畜など、もう娘でも家族でもないということらしい。結局面会には一度も来なかった。
被害者への治療費や慰謝料は、家を売り払ってこしらえたそうだ。我が家に蓄えがなかったというより、地元にはもういられないと父親が判断したという。引っ越し先は「暖かいところ」と書いてあったが、具体的な住所や連絡先は手紙に載っていなかった。
「さむっ」
外の世界の寒さは、想像以上に堪える。私は両肩を上げ、コートの襟を立てた。運動の時間でたまに建物から出ることはあったが、塀に囲われていたからかあまり冬の寒さを感じたことはなかった。
「寒いなぁ」
あたりを見渡すが、平坦な道がどこまでも伸びていて、自販機もコンビニも見当たらない。一面にコンクリート舗装された道路が広がり、等間隔に広葉樹が並んでいるだけだ。停車している車が一台、人通り皆無。もっとも、こんなところに寄りつくのは刑務所の職員と被害者・加害者家族くらいだろうが。
被害者――私が殺しかけた相手の顔を思い浮かべ、心の奥底に沈めたはずの感情がふつふつと煮立ってくる。
あの男はもう関係ない。禊は済ませた。誰に何と言われようと、私はもう犯罪者じゃない。つまりはただの一般市民。これからは再び社会の一員として人生を全うする。
正義を愛し、悪を憎む。
「
突然後ろから乱暴な声をかけられ、身体がびくん、と跳ねる。
おそるおそる振り向くと、そこにいたのは担当の保護司だった。仮釈放の間、わたしの監督を担当する人だ。
「迎えだ、乗れ」
「あ、どうも」
かっちりとした黒のスーツ以上に堅苦しい印象を与える顔つきだ。オールバックの髪型も相まって、他を寄せつけないという雰囲気が全身からにじみ出ている。
さっき停まっていた車は、保護司さんのだったのか。
出所の直前になって担当者が変更になったため、会うのは今日が初めてだった。
「行くぞ」
リュックを背負い直し、後ろをついていく。
今日から新しい生活が始まる。
人生のやり直しにはまだ間に合うはずだ。
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