1-8


ラギルの返答は音よりも早く煌めく鈍色の閃光であった。放たれた刃は狙い違わず吸い込まれるように魔族の額に突き立てられた。


「これが返事か、無駄な事を」


人間であれば命を落としていただろう、人体の急所であるべき場所に突き刺さった筈のナイフは、無造作に引き抜かれて血の一滴にも濡れる事なく地面に投げ棄てられた。


「本当に魔族というのは厄介なカラダをしてますね。切っても裂いてもなんら痛痒無いとは……」


「抵抗は無駄だ。今のでよく判ったであろう、観念しろ」


そう言って魔族が手に再び雷を生むと同時にラギルは駆け出した。狙いを付かせる暇を与えてはいけない。雷擊を浴びせられれば歴戦の騎士であるラギルも動きを止められてしまう、だからこそラギルは走った。魔族の放つ雷を避け、不死身のバケモノを倒せる唯一の武器を求めて。


「すまないね、弟君」


呟いた言葉はカタールに届いていただろうか。闇を灼く稲光がラギルに押し寄せ、大地に突き立つ一本の槍に吸い寄せられて行った。

それは騎士ラギル愛用の長槍。騎士に叙勲された時から使い続け、先程も逃げ惑う獲物を狙い過たず大地に磔にした愛槍であった。


「ゲッ!ボ!ガガギ!ヂィ!!」


「しまった」と魔族が漏らした声は言葉にならない悲鳴に掻き消された。槍を伝う雷がカタールを焼いた。陸に打ち上げられた魚の様に身体をばたつかせては、縫い止められた脚に引っぱられて地面に叩きつけられるのを数度繰り返してから、彼は動きを止めた。


「か……カタール、カタール?起きて?ねぇ!」


目の前の光景が信じられないと肩を揺する。槍が刺さって、魔族が追って来て、雷擊が放たれて、アニヨンの許容はとうに限界を迎えていた。ただでさえロイガーの為にと気を張っていたのをカタールの存在が助けていたのだ。今の彼女に状況を見る能力は無かった。


「いやはや他に手が無かったとは言え不味い事になりましたね。まぁ彼への人質は一人で十分ですし、卑劣な魔族の手に掛かったのであって私の手によるものではありませんので……」


突き刺さっていた槍が引き抜かれる。骨は砕け筋肉は焼き切られ、グズグズになった肉片が穂先にこびりついているのを見てラギルは不快そうに顔をしかめた。


「何より、これで貴方を倒す事が出来ます。この槍を手にした私は……雷なんぞに捕らえられませんよ!」


「げ……外道がぁぁぁ!!」


「いやぁぁぁ!カタール、カタール!」


三者三様の声が森の中に響いた

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