第2話「ニートの騎士」



 とりあえず状況を整理しよう。

 

 煙草を一本取り出し、ぐんまーさん?のかがり火を借りて火をつける。ライターもあるにはあるが、節約しておくべきだろう。

 幸い、おれのポッケには色々入っていた。


 □ライター(オイル残量8割ほど)

 □煙草約1箱

 □目薬(なんかお高めのやつ)

 □睡眠薬3シート(計30錠)

 □Amaz●nギフト券(ぐんまーさんにあげてしまった。後悔はしていない)

 

 


 これだけあればなんとか……ならないだろう。

 肺いっぱいに煙草の煙を吸い込み、数秒待ってからゆっくりとはきだす。少しだけ落ち着いてきた。やるな、ニコチン。 

 

 こんなアマゾンの密林みたいな未開の地じゃクロネコの兄ちゃんも来てくれないだろうし…。せめてスマホがあればな……。いやでもここ電波入らなそうだ。

 


 うだうだと足りない頭を使っていると、ぐんまーさんの一人が『ヘイ、カモンボォォ…イ…!』みたいな仕草をした。

 

 行く当てもない、感謝してついていくしかないだろう。アマギフも喜んでくれたみたいだし、悪いようにはされないと思いたい。

 

 使用言語が違うのは本当に不便だ。せめて英語でも話せれば良かったのかもしれないが、そんなスキルは持ち合わせていない。

 ちなみに英検2級は取れそうだったのだが、二次試験の面接みたいなやつをバックレた。他者……それも複数の視線に晒され、評価されるのを想像しただけで身体の芯が冷えた。そうして試験当日、おれはさも当然のように二度寝を決め込んだ。

 というか、ペーパーテストを解くのと実際に使用するのとでは、かなりの溝があるように思う。

 

 どっかの漫画だかアニメだかで、とある英語教師も言っていた。

『ナンセンス!高校の英語教育がなんの役に立つ?』と。  ……お前なんで英語教師になったの? 


 そんなこんなで、ぐんまーさんの群れについていくとひらけた場所に出た。

 

 暗闇で薄っすらとしか見えないが、竪穴式住居みたいなやつが点々と建っていた。

 

 その中でも、ひときわ大きな家の前まで連れていかれる。村長かなんかの住処だろうか?

 やたらでかいのは、会合にでも使うためかもしれないな…。

 


 などと考えていると、痩せた体躯に白い髭をこれでもかとたくわえた、THE:村長みたいな人がのっそりと入口から現れた。

 第一声は『わしがこの村のそんちょうじゃ……』だろうなと思った。

 

 家の周りを囲む柵。その出入口に垂れた玉すだれをかき上げる瞬間、白髪の隙間から覗いた老人の瞳が、俺を捉えた。

 

 思わず全身が硬直する。

 脇や額から、じっとりとした汗がにじむ。

 

 心臓はこれでもかと悲鳴を上げているのに、身体の芯は冷え切っていた。

 

 ただただ浅い呼吸を繰り返すだけのおれに、老人は品定めするでもなく。

 肩に手のひらをそっと乗せるとぼそりと呟いた。

 ―――紛れもなく、彼の発した言葉は。


「……ありがとう」

 

 あやうく忘れかけていた久々に聞く日本語であり、親しみのこもった言葉であり。

 おれが何よりも欲していた―――存在を、その価値を、認める言葉だった。


 

 小学生時代、クラスメイトに菓子や玩具を奢った。

 そのときも、ありがとう、と言ってくれた奴は数人だがいた。それは、彼らにとって価値のあるものだから。

 けれどこの未開の地で、おれが渡したamaz●nギフト券に何の価値があろう。

 この老人は、物自体ではなく、おれの行為“そのもの”に価値を見出してくれたのだ。

 

 そんな、取るに足らないような理由で。


 おれは、この村のちからになろうと決めた。老人の手を取ると跪き、仕えようと、決めた。

 さながらどっかの女性向けアニメで見た、騎士のように。……まあ、家に帰るまでという条件付きなのだが。


 


 ―――この土地には謎が多い。多すぎる。それを調べるにも、彼のそばに置いてもらえれば最高だろう。

 

 悪役みたいにニヤリとしてみたかったが、そこは引きこもり。

 普段から表情筋を使わな過ぎて、ただ口の端っこがプルプルしただけだった―――。

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