第25話  8

 二日後――。

 櫻子は俊一が出社するのを待っていた。

   “ミステリー・スポットを探せ” 第二弾『トンネルの怪 目撃者は語る』

 第二弾が載った週刊誌が発売された。櫻子はほぼひとりで記事を拵えたのだが、自分が投入した気持ちと反響は反比例した。だが結果は結果として受け止め、少しでも早く俊一に合流しなければならないと考えていた。

 ところが、朝から何度も俊一に電話やLINEをするのだが、一向に連絡がない。このところ夜遅い日が続いていることもあって、昼近くになって顔を見せることもあるため、諦めた櫻子はランチがすむまで我慢することにした。

 昼休みがすみ、午後の仕事に取り掛かる前に、櫻子はもう一度俊一に電話をした。やはり通じることはなく、事務的な言葉で留守電に切り替わるのだった。

 櫻子は首を傾げた。几帳面な俊一はこれまで連絡を入れないことはまずなかった。大なり小なり何かしらの連絡はして来た。けしてそれが悪いというわけではないが、どうでもいいことまで連絡して来るのだ。

 そんな俊一が連絡もなしに会社を休むことなんか考えられなかった。

 三時くらいまで待った櫻子は、俊一の欠勤を内緒にしておこうかどうしようか散々悩んだ末、意を決して槇原デスクに話すことにした。

「なんだって? 俊一と連絡が取れないって?」

 槇原デスクは、会議室の壁が揺れるくらいの声で訊き直した。

「はい。何度電話しても出ないんです。これまでこんなことはなかったから、ひょっとして事件に巻き込まれた可能性も……」

 櫻子は俯いたまま、まともに槇原を見ることが出来なかった。

「あいつに何かの取材をさせてたのか?」

 槇原は低い声になって訊いた。

「はい、じつは……」

 櫻子は、俊一に入手した情報を元にバー「ラフレシアナ」の聞き込みをさせていたことをつぶさに槇原デスクに話した。

 ………

「いま話を聞いた限りでは何ともいえないが、事件に巻き込まれた可能性も捨て切れない。そうだな、もう少し様子を見てそれから捜索願を出すことにしよう」

 槇原はひょっこり俊一が顔を出してくれることを期待しながらいった。

「私、いまから俊一のアパートを見て来ます。いいでしょうか? 彼はイエ電を持ってないので、もしかして、スマホに出られない状態になっているかもしれません」

「それは構わないけど、何が起きてるかわからない状態だから、櫻子も充分気をつけて行動してくれよな」

「わかりました」

 櫻子は会議室を出ると、急いで身支度をすませて地下の駐車場に向かった。


 外は雨が降りはじめていた。

 俊一のアパートまでは電車を利用すれば十分ほどで行くことが出来るのだが、別の場所に移動することを考慮したら少し時間がかかるかもしれないが車で行くことにした。

 道路は混み合う時間になっていた。以前に二度ほど来たことはあるのだが、うろ覚えの記憶とナビのお陰で、十五分ほど余計にかかって何とかアパートに辿り着くことが出来た。

 本降りになって来た雨を避けるようにして車から出ると、小走りでアパートの廊下に跳び込んだ。

 俊一の部屋は、一階のいちばん奥「106号室」だ。櫻子は服に着いた雨粒を払い落としながら急いだ。

 櫻子は、ドアの前で一呼吸してから、ノックをした。しばらく待ったが、部屋のなかからは物音は聞えて来ない。隣の部屋をノックしてみる。やはり応答はなかった。引き返して二階への階段下にある郵便ポストを覗いてみる。

 新聞は取ってないらしく、入っていたのはカラフルなチラシばかりだった。これでは俊一の生存を確かめることが出来ない。

 櫻子は、手にしたバッグを傘代わりにして、隣りの敷地に住むアパートの大家のインターホンを押す。なかなか返事がない。そのうちに雨で上半身が濡れねずみようになってきた。もう一度鳴らして応答がなかったら諦めようと思った。

 その時、インターホンのスピーカーからくぐもった声が聞こえて来た。櫻子は急いで用件を話す。理解してくれたらしく、鍵の束を手にした老人が傘も差さずに玄関から姿を見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る