第14位 松尾芭蕉

 日本人は基本、盛るのに疲れる。

 これを書いている今現在、世はチル傾向。つまり丁度、その盛り疲れの時期なので感覚的に伝わり易いタイミングではないかと思う。

 ずっと日本人は放っておけば、言葉は違えど、盛らない……要は侘び寂びの方向性へと流れて行った。そこが落ち着くのだ。昔から日本人はチルが好き。


 これを得意とするのが松尾芭蕉。

 この人、俳諧(俳句の元)世界をチルに導いたインフルエンサーだ。


 そして、用事もなく家引き払って半年、東日本をぶらぶら旅した記録が『おくのほそ道』。

 フォトグラファーが「良い写真撮るには旅に出ないと!」と言うのと全く同じ。詩人たる者、旅人でなければ、という訳で、それをする。


 有名な冒頭は『月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり』云々と続く。

 小難しいが、要は、


「ちょっとチルってみたら、もっとチルりたくなった。足のばしてチル旅、行って来るわ」


 と言う為に、


「昔っから人間、彷徨うもんだし、人間どころか時間だってふらっと行きっ放し。もうチル旅って、この世の摂理じゃね?」

「舟の上に生きる船頭、馬と共に歩んで老いる馬引き……これぞ旅って人生」


 なんて有閑人種の論理をぶち立てている。


 いやいや、ここで挙げられた、船頭さんは家族を養う為に(職場は水の上だけど)地に足つけて必死に「労働」しているし、馬引き係さんにとって愛馬であってもそれは「経済動物」だから、別に呑気にふらふら一緒に旅を味わう連れではない。


 と、思うかもしれないが、そういうことには蓋をするのが他人の提供するチルを楽しむ作法だ。

 写真だって、本当にだらっだらしてたら、そんな絶妙にアンニュイでエモい絵は撮れないだろう。それを判って、いいね、と反応するものだ。


 勿論、松尾芭蕉は半年旅しても、連行されるような憂き目にあわない。旅費面だけでもかなり恵まれている。然も、一人ではなく連れのソラ君がいる。好き勝手に歩く旅に同行者がいる充実ぶり。

 これって凄まじく贅沢だよね? 必死に近場で盛ってるのが可愛く思える程の豪遊だよね?

 そして、この長大な距離を半年で踏破するって……チルか? すっごい頑張ってる、普通に考えて。


 そんなことは皆、気付くのだけれども、そういう部分を基本隠し、情報配信をする『おくのほそ道』。

 インスタグラマーが写真を撮る感覚で、松尾芭蕉は句を詠む。これが良い具合にエモい。

 だから、受信者側はそれに合わせ、見えないものを見ようとしないで、ちょっとチャンネルを一部機能不全にして楽しむのだ。


 この瞬間的にチャンネルを調整する気になった者だけが『おくのほそ道』という作品を開いてくれる。

 だが、『おくのほそ道』というタイトル。流石、チルの達人、松尾芭蕉のつけたタイトル。絶妙だ。

 ちょっと普通じゃないのが来そうだな、とピンと来るのだ。


 ポイントは細道。小路、小径や小道ではない。細道。

 この違い、重要です。

 俳人の松尾芭蕉が文字数さえ纏まらない、こんな間抜けなタイトルを付ける訳はないのだが、これが仮に「おくの小路」だとする。


「今、銀杏並木。でも、ちょっと逸れてみよっかな?」

 ↓(6分経過)

「待って待って、なんか急に普通の道。どうしよう……人いない。何処ここ?」

 ↓(5分経過)

「いい感じのアンティークショップと運命の出会い」


 例えば、こんなことが起きそうな印象になる。

 自然の中であっても、小路や小径や小道では人がならしてくれた後を出来るだけ楽に行く感じがしてしまう。


 細道というのは道そのものの幅以上のことを指し示せる。

 三次元空間的に狭いからこその細道。人の通る場所が狭いのだ。

 つまり、手で草や枝を掻いたり、身をかわしたりして歩く様が目に浮かぶ。より人の匂いのしない旅、原野を通るさまが題名からイメージされる。当然、苦労も多かろう。

 更に「おく」という語に「ほそ道」が続くことで、人手の入らない自然を行く雰囲気がより強まる。


 これを酔狂でするから、松尾芭蕉はチルなのだ。

 そして、普通、そこまでする人は余りいない。自分に出来ないことを他人がやって、然も、疑似体験出来る形を提供してくれる。

 それをタイトルから読み取った人間が真っ先に開いてフォロワーになる。

 後はシェアにシェアを重ねて、時の人だ。それ位に良い情景を送って来る。1つの絵(俳句)が猛烈に駆け巡る。


 勿論、文明の利器を使い放題しながら移動出来る場所で量産出来るようなチルだと読者はがっかりする。

 だから、ペンネーム:松尾芭蕉さんは毎日更新なんてことは出来ない。纏めて数話上がったと思うと、ぷっつり動きがなくなる。実際、良い絵にならないこともあるし、そんなに易々と遭遇出来るチルは彼に求められていないからでもある。


 フォロワーは皆、知っている。その時、彼がチルの為に奮闘していることを。でも、知らないことにして、次、如何にも彷徨の中、ふとした情景を「自然に」撮れたことにしてアップされるのを待つ。

 提供する側と受信する側の一種の芝居だ。


 だから、そもそもそういうことが面倒で、性に合わない方には向かない。

 また、世がどうであろうと盛るのが好きな方にも向かない。

 それ以前に写真に全く興味がなければインスタを見ないのと同じでジャンル的にも向かない人がいる。


 そのような訳で、支持基盤は硬いが、嗜好の壁が厚い為、この位置に留まる。

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