第2話  第1章 転校生 1

 トン、トントントン、トン

 金太は丸椅子を踏み台にして、あたりを気にすることなく、大きな音を立てて横長の看板を扉の横に釘で打ちつけた。 

「さあ、これでやっと準備ができたぞ」

 昼が過ぎたばかりの初夏の陽射しは容赦がない。汗びっしょりになった金太は昂揚が抑えきれないといった顔でネズミの顔を見る。

 ネズミというのは、小柄ですばしっこく動き回るところから、金太がつけた袴田孝弘はかまだたかひろのニックネームである。小学校6年生のネズミは金太よりはひとつ年下だが、母親同士が生活共同組合の仲間ということがあって、小さいときから弟みたいな感覚でいつも一緒に遊んでいる。

「金ちゃん、これで完成?」

 ネズミは後ろ手にして、嬉しそうな顔で金太に訊く。

「まだ完全じゃない。これから少しずつなおしながら小屋を使っていくんだ。そうじゃないと、いつまでたっても使えないだろ」

 金太は手にしたカナヅチで反対の掌を軽く叩きながら言う。

「そうだね」

 後ろにやっていた野球帽のひさしをもとに戻しながらネズミはうなずく。

 ふたりが楽しそうな顔で出入りしているやっと雨と風がしのげるだけの隙間だらけのこの小屋は、新興住宅地開発に伴う道路建設工事の際、土木会社が資材置き場として金太の爺ちゃんに畑の一角を借りて建てたものだ。

 工事がすんだあと、爺ちゃんが農具入れに使っていた。だが体調を崩してからこっち、畑も小屋も荒れたままになっている。

 小屋の建ってる場所は道路より奥まっているので、あまり人目につかない。そこに目をつけた金太は、4畳半ほどの広さしかないが、念願だった秘密基地が持てることに胸を躍らせた。

 ところが、金太が夢にまで見た秘密基地の計画が、意外なことで暗礁に乗り上げた。母親が、「そんな場所を拵えたら、親の目を盗んでなにをするかわかったもんじゃない」と、猛烈に小屋の使用を反対したのだ。

 金太は、母親のひと言でこれまでの夢を打ち破られ、がっくりと肩を落とした。そんな矢先に、爺ちゃんという救いの神が現れた。「男の子はそういう遊びをして大きくなるもんだ。そんなに頭ごなしに反対せずに、もっと自分の子を信用してやらんといかん」と言う鶴のひと声があって、晴れてきょう小屋が秘密基地として自由に使えるようになったのである。

 小屋から金太の家までは片側にまばらにつづく杉並木の細い道を東に2分ほどで、ネズミの家はその反対に西に3分くらい行ったあたりにあるので、遊び場所としては絶好の場所だった。

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