第一章 4月9日の邂逅

1-1話 高校生活の始まり

 ──何故俺は初めて出会うはずの少女にここまで興味を持ったのか?


 2019年4月9日

 日本の世間は今、新元号『令和』が発表されて話題の持ちきりだ。

 俺は令和を前にして、平成最後の真っ只中に人生最大のピークを迎えようとしていた。言い換えるとすれば、俺が新時代のヒーローになった瞬間、と言っていいかもしれない。


 俺の名前は影地令、15歳。やや短めの茶髪と、きつい目付きの赤い瞳が特徴だ。身長も163cmと同年齢の男子と比べても5cm程は低い。

 俺が生まれた半年後に、『令』の名付け親であった母が不倫を起こして離婚。以降は父から男手一筋で育てられ、人間関係も女性とは無縁な日々を過ごしてきた。

 父の転勤によって、俺は愛媛県八幡浜市から千葉県船橋市に暮らすことになり、県立海神かいじん中央高校の生徒として、今日から3年間の高校生活が始まるところである。


「俺1人で入学式に行くわけだし、余裕を持って学校に行くか」


 既に父は出張の連続で、入学式には来られずにいた。折角、高校の入学式という人生唯一のイベントに1人だけで行くのも、なんか寂しい気もする。まあ愛媛から千葉の学校まで来るのも俺くらいだし、仕方ないのも当然だ。

 俺は船橋に来て、まだ1週間しか経過していない。どんな人間がいるのか、施設があるのか、それすらもまだ未知のままである。

 途中、道端を歩いていた社会人が、船橋で今起こっている噂話をしており、俺も直ぐ様聞き耳を立てた。


「おい知ってるか? 令和も近くなってるというのに、最近ここで怪しい連中が住み着いてるらしいぜ」

「みたいだな、しかもなんかオカルトのような力も使うらしくて、勧誘活動も行ってるらしい。まあ市街の迷惑かけることだけは勘弁してほしいがな」


 怪しいオカルト集団か……船橋も物騒な噂も聞いていたし、近いうちに事件が勃発しそうだ。まあ俺は、オカルトになんて特別必要なものとは思わないし、仮にもし勧誘されても素直に断ればいい。

 それに俺は、オカルトのような胡散臭い力よりも、小学生の時から父からの薦めでやっていた器械体操を習い事として、中学生の時から動画サイトをきっかけで知ったパルクールを独学で体得している。自ら覚えた物だけで十分だと感じ、オカルトなど不要そのものだ。


「変な力よりも、俺自身の力を頼る」


 元々体を動かすことが好きだった俺は、大人になってからでもやっていけるものだと感じ、やり始めた。今となったら外に出る暇さえあれば、やれる場所を探して練習に励む程、熱中できるものとなった。

 身体能力の高さは、他の同級生に負けない自信はあるが、球技や団体戦の競技に関しては全体的に苦手。その為、体育は好みの科目ではなく、よく授業中でもクラスの足を引っ張っていたり迷惑もかけていた。


 市街の平穏を乱すような政派がいるとなれば、万が一の為に体慣らしをするべきと思い、俺は通りすがった公園に僅かな時間でパルクールの特訓をすることにした。


「まずは公園内を見ないと、ん? 奥に制服を着た少女がいる……」


 奥のベンチに、地上にも空があるように思える薄い水色で腰まで届いている長い髪の少女が、地面を見つめて座っていた。

 公園を巡回していた俺は思わず、その少女に釘付けしてしまい、特訓どころではなくなった。


「すごい容姿だ……」


 あのKCの入ったエンブレム付きのブレザーは間違いない、海神中央高校の制服だ。それにクレストが入った、深緑色と紫色を合わせたストライプのネクタイ。この色は今年の1年生が付けるものだから、俺と同じ新入生だろう。

 外見は、神秘的で宝石のような輝きを放つ綺麗な紫色の瞳、眉毛は細め、顔つきはまだ中学生に見えてしまうあどけなさが残る。

 下半身も、校則を破る程に短いスカートから繰り出す、雑誌やテレビらで見るモデルと遜色ないすらりとした脚線美と魅惑な太もも。着用している褐色のパンストも、不思議な雰囲気を持つ少女ともマッチしている。

 そして特に目が入ったのは、純真で幼さが目立つ外見とはかけ離れした、豊満ではちきれそうな胸だ。いくらなんでも発育が良すぎる。Gカップ……いやHカップはある程、高校1年生にしては規格外のサイズだ。多少の動作だけでも揺れてしまいそうなその胸は、圧巻そのものだ。


「新入生にこんなハイスペックでミステリアスな少女がいるのか、入学式前に会えるなんて俺は幸運の持ち主?」


 容姿端麗・美脚パンスト・推定Hカップと大人らしさと幼さを重ね備えた人形、もしくは妖精……はたまた今の同世代に例えるなら、VTuberが現実世界に迷い込んだかのような、謎めいた綺麗な少女だ。

 ただ少女からは霊妙さもさることながら、何かもの悲しさも感じられる。一体何故だろうか? 見るからに無愛想で口数も多くは感じられない。

 また、少女の瞳である紫色は高貴なイメージ以外にも、不安や死を連想する二面性のある色であるのも聞いたことあるが、この年代の目の色なんて親からの遺伝だろうと思った。


「少女の手に何か光が輝きだしてる?」


 少女の両手から、普通の人間が出せるものとは思えない、金色に輝く小さな物体のようなものが廻りだしていた。

 それはもの悲しい少女を煌めく光の象徴みたいなようだが、光にしてはやや暗い印象もある。


「光が……消えた?」


 少女は祈るような手で、廻りだす光が消えていった。もしかして、少女はマジシャンなのか?

 ただ、少女もまた裏をひっくり返せば、オカルト教で市街を暗躍する集団の仲間の可能性もある。それとも少女自身が本当に妖精そのものなのか? 


「今はやめとこう、まだチャンスは十分にある」


 本当は公園で体慣らしをやりたかったが、見知らぬ少女の前でいきなり身体能力を披露して俺格好いいアピールなんかしたら、逆にすぐ嫌われるだろう。

 とは言いながらも、転校や不祥事といったことをしない限りは、3年間同級生として学校にいるはずだ。クラスメイトになってる可能性だってあるし、お楽しみは入学式の後に取っておこう。


「それにしても不思議な少女だった」


 外見に関しては完璧だし、先輩を含めた男子生徒に留まらず、最悪教師までも狙いに来る。校内の男達から注目の的になりそうだ。

 少女を見てまだ1分すら経っていないのに、何故俺は少女のことで頭が一杯なのだろうか? 考えすぎるのもよくないが、学校へ着くまでの間は何も考えないでおこう。


「いて」

「なんだこのガキ、ちゃんと前見ろだべ」

「わしらに対して怒らせない方がいいアルよ」


 俺が学校へ向かおうとした時、公園の入口で2人組の男とぶつかってしまう。2人揃って人相が悪い上に、大きく数字の『6』が入った紺色の長袖Tシャツ。 それに関東内で今のご時世に『だべ』や『アル』の語尾が入った、いかにも噂話でもあったオカルト集団の一員としても疑って十分な男達だ。


「すいません」


 あくまでも先にぶつかったのは俺だから一応謝ったが、どうしても奴らの態度と存在が何か気に入らなかった。とは言いつつ、見るからに一般常識がなさそうな大人達に歯向かおうとは思わないし、相手にしない方が身の為だ。

 ああいった連中が船橋の迷惑をかける存在であると俺は予感したが、それが的中してしまう。


「あ、あなた達は」

「ついに見つけただべよお嬢ちゃん」

「制服姿も随分とお似合いアルね」

「きゃっ……離して」


 奴らはベンチに座っていた少女の所に向かい、襲おうとしていた。少女は気配を感じることができず、腕を拘束されてしまう。

 普通であるなら、被害女性は大声で悲鳴をあげることが一般的だ。誰かが助けに来てくれる可能性もある。

 しかし、少女は大声ではなく悲壮的に嘆いたことと、奴らとの対話的に普段は見た目通り物静かな少女であると俺は確信した。


「これはまずいぞ」


 恐喝現場を見てしまった俺は一体どうしたらいいんだ? 自力で少女を助けに行くか、無視して学校に行くか、警察を呼ぶか、自ら大声を出して他人任せをするの4択を考えた。

 この4択でやるとすれば1つしか俺は考えがなかった──

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る