第19話 私、店長代理です②

 まさみは帳簿を読んでこの店には大きなテコ入れが必要だとひしひしと感じた。その中でもまずは出費を減らすことが必要だと考えた。晴人は年に何回もアメリカに行って古着の買い付けに行っている。まさみは確かに晴人がよくアメリカへ買い付けに行っているなと思っていたが、それは利益が出ているからできるのだと思っていた。この頻繁な買い付けが経営に大きな打撃を与えているので、一度に大量の古着を買いつければ、費用が抑えられそうだ。しかし節約できたとしても、売上を上げなければ黒字は難しい。まさみは帳簿を見ながら頭を抱えた。

「そりゃあお金が必要だわ……」

 まさみは晴人が肝臓移植をする際の条件に金が欲しいと言ったことを思い出し、思わず独り言が零れた。

「うん? なんか言った? 」

「いいえ! なんでもないですよ。それより沢口さんって他にもお店を経営してるんですよね? なんのお店を経営してるんですか? 」

「飲食店だよ。駅前にイタリアンのお店あるでしょ? あれも俺の店」

 まさみは独り言が聞こえていたのではないかと話題を変えたが、杞憂だったようだ。

「えっそうなんですか! あそこのパスタ大好きです」

 まさみの言葉に信五は笑みを浮かべた。

「ありがとう。他にもダイニングバーも経営してるよ」

「すごい! 知らなかったです。でもどうして晴人と仲良くなって一緒にお店を経営することになったんですか? 」

「あいつがまだ会社で働いていた頃に会社の中にフットサルチームがあって、対戦相手が俺たちのチームだったんだよ。試合の後にチームのみんなと飲んでるうちにあいつと仲良くなって、気がついたら二人でよく飲むようになった。二人で飲んでる時にあいつが会社を辞めて古着屋をやりたいって言い出して、俺も古着に興味があったから二人で店をやろうってなったんだ」

「そうだったんですか。沢口さんも古着が好きなんですね」

「うん。そうなんだけど俺、買い付けがどうも苦手でさ……。何度も買い付けをやってみたんだけど目利きが出来ないんだよね。これはどこどこのブランドのものだって言われて買い付けてみたら偽物だったり、原価よりも高い金額で売りつけられたり。それに他にも店を経営してるからそれで晴人に任せてるところがあって……」

「それで強く言えなくなっちゃったということですね」

「うん。そういうこと。何度も晴人にこうした方がいいんじゃないかって言ってるんだよ。でも聞いてもらえなくてさ」

「晴人って頑固な所がありますからね。特にこのお店には凄い思い入れがあるだろうし」

「そうなんだよな……」

 二人はこの店の経営方針に頭を巡らせていると、一人の男性が店に入ってきたので話を中断した。男性は一時間近く商品を漁り、ジーンズとアンティークのリングを買っていった。その男性がその日に商品を買った最初で最後の客だった。


「それじゃあ行ってくるね。お昼と夕食は適当に作ったやつだけど食べて」

「ありがとう。今日も遅くなんの? 」

「多分ね」

「分かった。気をつけてな」

「はーい。行ってきます」

 晴人はまさみが仕事へ行くのを見届けると、足を引きずりながら店へ降りていった。少し前までは医者から絶対安静を言いつけられていたが、今ではだいぶ良くなりむしろ運動を勧められるほどに回復した。晴人は時短営業ではあるが店を開けることに決めた。しかし客は相変わらず入らず、閑古鳥が泣いている状態だ。だがそれよりも彼の頭を悩ませる問題があった。それは最近まさみの帰りが遅い事だ。彼女の仕事は残業が多いことは分かっているが、それでもここ最近は繁忙期でもないのに毎日残業して帰ってくる。更に家の中でもパソコンを使っていて、晴人がまさみの後ろを通ろうとすると、画面が見えないように隠してしまう。晴人はまさみに好きな人が出来たのではないかと考えていた。結婚してから一年経ったので、好きな人ができたとしても晴人には止める権利はない。

「でもまさみなら好きなヤツができた時点で教えてくれると思ってたんだけどな……」

 晴人の言葉が一人きりの店の中に消えていった。


 晴人は夕食を食べ終えて、食器を洗い終わると玄関のドアが開く音がした。

「おかえり」

「ただいま。夕ご飯食べた? 」

「うん。まさみは? 」

「私も食べてきた」

「そっか……」

 晴人はふとまさみと夕食をここ一ヶ月は一緒に食べていないことを思い出した。

「お邪魔します」

「信五、どうした? 」

「実は私が呼んだの。この三人で話したいことがあって」

「この三人で? 」

 晴人は不思議に思いながらもテーブルについた。

「うん。二人に見て欲しいものがあって」

 まさみは鞄から資料を出すと二人の前に出した。資料の一番上には経営改善案と書かれていた。

「これは? 」

「晴人のお店を手伝って分かったんだけど、このままだとまずいと思う。だからこれからこういう風にしたらいいんじゃないかって資料を作ってみたの」

「これいつ作ったんだよ? 」

「休みの日とか仕事終わってからだよ」

「家でパソコン弄ってたのはそういうことか。もしかして最近遅かったのは? 」

「色々古着屋さんに行って偵察してたんだ」

「なんだよ……。そういうことかよ! 」

 晴人は思わず気が抜けてしまった。

「えっ? なに? 」

「いやいや。大丈夫! 気にしないでいいから」

 晴人は話を変えるようにまさみが作ったページに目を通した。

「これ初めて書いたにしてはよく出来てるよ。着眼点がいいと思う」

 先に読み終えた信五が口を開いた。

「本当ですか? ありがとうございます! 」

 まさみは資料に三つの改善点をまとめていた。その改善点とは「頻繁な買い付けは止めて一度に大量の古着を買い付ける」、「新商品入荷や店が休みの時を知らせるためのSNSの開設」、「店のリフォーム」という内容だった。この三つの案はまさみが他の古着屋に行って調べたり、ホームページを見たりすることで考えついたものだ。晴人は一通り資料を読み終えた。

「どうかな? 」

「まさみさんのアイデアすごくいいと思うんだけど」

 まさみと信五は晴人の返事に固唾を呑んだ。

「色々調べてもらって悪いけど無理」

 晴人ははっきりとした口調で断った。


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