第14話 私たち、遊園地でキスします?
晴人は運転席で煙草を吹かし煙を窓から吐きながら、まさみが車に乗るのを待っていた。まさみが家から出てくるのを見た晴人は煙草をすぐに消した。
「ごめんごめん。おまたせ」
「遅せぇよ」
晴人が笑いながら言うとまさみも笑って返した。まさみが助手席に乗り込んでシートベルトを装着したのを確認すると晴人は車のアクセルを踏んだ。
環奈は遊園地のチケットをプレゼントする代わりに遊園地のお城の前でまさみと晴人のキスした画像を送ってほしいと言うので、二人は遊園地に行くことを渋っていたが、結局は行くことにした。行くことを決めた時はまさみは行きたくないと文句を言っていたが、カーラジオから流れる歌を口ずさんでいて楽しそうに見えた。
「あんなに嫌がってたのに楽しそうだな」
「だって行くんだったら楽しんだ方がいいじゃん」
「環奈と大喧嘩したくせに」
「私と環奈が大喧嘩? いつ? 」
「してたじゃん! 遊園地のチケットを貰った時に」
「あれは大喧嘩には入らないでしょ。私と環奈の喧嘩っていつもあんな感じだったよ」
「嘘だろ。姉妹ってもっと仲良いもんだと思ってた」
晴人は信じられない顔をした。
「晴人の親戚に姉妹の人いなかったもんね」
「うん。全員男兄弟だからな」
「大体あんなもんだよ姉妹って」
「そうなんだ……。環奈がキスした写真を送れって言ってたけど、キスしたように見える写真を撮って送ればいいだろ」
まさみのスマートフォンに環奈からメッセージが届いた。
「ちょうど環奈からメッセージが来たよ」
まさみは環奈からのメッセージを見ると、マジかと呟いた。
「何? どうした? 」
「『遊園地楽しんできてね。二人のキス画像よろしく。言っておくけどキスしたふりの画像は止めてね。ちゃんとキスしてよー』だそうです」
車内が一瞬沈黙に包まれたがすぐにまさみが叫んだ。
「完全に手の内バレてるじゃん! えぇどうすんの?! 」
「アラサーがお城の前でキスするなんて痛すぎるだろ! まずいな……。キスしないっていうのは駄目か? 」
「多分だけど環奈は私たちの関係を怪しんでるんじゃないかな。だからキスしなかったらそこを攻めてくると思う……」
「だからあんなにどうしてキス出来ないのって聞いてきたのか。するしかないな……」
車内は再び沈黙に包まれた。
「仕方ないね……。私は腹を括りました。キスしましょう! 」
「そうだな。それで環奈の疑いが晴れるならやるしかない」
二人が覚悟を決めたところで遊園地の城が見えてきた。晴人はアクセルを踏み込んだ。
遊園地に入ってすぐの二人は気持ちが沈んでいたが、遊園地特有の非日常感に気持ちが高まり饒舌になった。
「遊園地なんて大学生以来かも! 」
「俺もめちゃくちゃ久しぶりだな」
「久しぶりすぎて何があるのか分からないなー」
「まず何乗りたい? 」
「あれ乗りたい! 」
「いいよ。行こ」
まさみの言葉に晴人は頷いた。晴人はまさみの行きたい場所にどこでも着いて行き、まさみの好きなキャラクターがいる場所や彼女の知らないアトラクションを教えた。まさみは晴人は何年も遊園地に来てないはずなのに、妙に詳しいことが気になっていた。二人は夜に行われるパレードを見るために、早めのディナーを遊園地にあるレストランで食事をしていた。この時間に夕食を取ればパレードに間に合うと教えたのも晴人だった。まさみはレストランで食事をしてる時に晴人に聞いてみた。
「遊園地久しぶりなんだよね? 」
「そうだけどなんで? 」
晴人は啜っていたストローから口を離した。
「だって遊園地のこと変に詳しいじゃん。もしかして元カノとでも来たの? 」
「来てねぇわ! 」
「じゃあなんで詳しいの? 最近のアトラクションとかお土産もめちゃくちゃ知ってるじゃん」
「別に。たまたま知ってただけだよ」
晴人は髪を撫でるとちょっとトイレと言うと席を立った。まさみは晴人の後ろ姿を見送る時に、彼が履いているジーンズの後ろのポケットから遊園地のガイドブックが顔を覗かせていた。ガイドブックには付箋が貼られていて、所々擦り切れていた。まさみは気付かないふりをしようと思ったが、嬉しさが上回り晴人が帰ってくる時に笑顔で出迎えた。
「なんでそんなにニコニコしてんの? 気持ち悪」
「別にー」
晴人が悪態をついているがまさみは憎たらしさを全く感じず、ずっとニコニコしているまさみに晴人は何となく気まずさを感じた。
「そろそろ行かないとパレードに間に合わないぞ」
晴人はそう言い終わると勢いよく飲み物を飲み干した。
「パレード凄かったね! 」
「ああいうのって大人は楽しめないイメージあったけど全然そんなことなかった! 」
まさみと晴人は見終わったばかりのパレードに興奮していた。二人はパレードの感想を話しながら歩いていると城の前にたどり着いた。
「着いちゃったね」
「そうだな」
まさみは大勝負の前のスポーツ選手のようにふぅと大きく息を吐くと、晴人に向き合った。
「やろう」
「わかった」
晴人はスマートフォンを取り出してインカメラの状態にして、まさみと一緒の画角になるように調整をした。まさみはそれを見届けるとそっと目を閉じた。晴人はまさみの顔に近づいたがすぐに離れた。
「いやいやいや……」
「何? どうしたの? 」
「心の準備が出来てない……」
まるで激しい心臓の鼓動を抑えるかのように胸に手を置いている。
「乙女じゃないんだから」
まさみは呆れた表情を浮かべた。
「なんでお前は緊張してないんだよ」
「たがかキスだよ」
「されどキスだろ」
「もういいからキスするよ」
まさみは背の低い晴人のために屈んでキスしようとした。
「やっぱり駄目だ」
晴人は後ろに下がりながら恥ずかしそうに顔を歪めて笑った。
「そんなに私とキスするのが嫌なわけ? 」
「そういう訳じゃないけど……。お前は嫌じゃないのかよ? 好きでもない男とキスするのは」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。これで画像を送らないと契約結婚だって疑われるんだよ! いいからするよ!! 」
まさみは晴人の肩をガッチリ掴むと彼の唇を奪おうとした。
「止めろ馬鹿力! 」
晴人はまさみから逃れるためにまた一歩後ずさりした。
「誰が馬鹿力じゃ! 」
まさみはコブラツイストのように晴人の体に巻き付いて唇を奪おうとした。
「止めろって! 」
「あのー。お客様」
晴人は顔を背けていると一人のキャストが声を掛けてきた。
環奈は一時的に日本に戻っている時は実家で過ごすようにしていた。今回も長居するつもりはなかったので実家で過ごすことを決めていた。環奈はまさみと晴人のことが気がかりで二人の出方次第ではしばらく日本に残ることも考えていた。彼女はまさみと晴人が偽装結婚ではないかと感じていた。そう考えなければまさみと颯太が婚約解消になったタイミングで晴人が結婚してドナーになるなんてありえないと思った。だからことあるごとに揺さぶりを掛けていた。その度に二人の結婚は偽装だと確信していった。今回二人がキス出来なければ、自分の考えていることを伝えようと思っていた。
そろそろまさみから連絡が来る頃だと思い、スマートフォンを何気なく操作していると、まさみからメッセージが来た。環奈はアプリを開いてメッセージを読み出した。
『ごめん。キス出来ませんでした』
環奈はやっぱりと思った。二人は移植のために結婚した偽装結婚なのだと。続け様にスマートフォンにメッセージが届いた。環奈はそのメッセージに目を通した。
『しようと思ったけどキャストの人に止められました…。最近トラブルになる事が多いからお城の前でキスするのは禁止してるんだって』
環奈はまさかと思いスマートフォンで調べると、確かに他の客から冷やかされたことに怒ってカップルの男性がその相手を殴りかかろうとしたという記事を目にした。だとしても彼女には体のいい言い訳にしか思えなかった。彼女は反論するための文面を考えているとまさみから画像が送られてきた。その画像はまさみと晴人がお城の前でピースして写っていた。二人は寄り添って幸せを抑えきれないといった感じで満面の笑みを浮かべていた。環奈は二人の画像を見ると、なんだか気が抜ける思いがした。
『楽しそうで良かった。この前はキスしろってしつこく言ってごめんね。晴人さんと仲良くね! 』
環奈はそのメッセージを送るとベッドに倒れ込んだ。彼女は二人の結婚を偽装結婚だと思い込んで、勝手なことをしてしまったことを反省した。しかし二人の様子に安心し、ふと笑みが零れた。
まさみと晴人は遊園地の帰りに車の中で環奈にメッセージを送った。二人はキスが出来なかったので、偽装結婚が明るみになるのではないかとビクビクしていた。返事を恐れながら待っていると、まさみのスマートフォンが震えた。
「環奈からメッセージ来た! 」
「なんだって? 」
「『楽しそうで良かった。この前はキスしろってしつこく言ってごめんね。晴人さんと仲良くね! 』だって……。急に態度が変わりすぎて気持ち悪いんだけど」
まさみは嫌いな食べ物を食べた時のように顔を顰めた。晴人はその顔を見て吹き出した。
「酷いな。疑われてないみたいでよかったじゃん」
「そうなんだけどね……」
まさみは釈然としない様子だったが、晴人が遊園地の思い出を話し始めるとまさみはそんな気持ちが薄れていった。二人を乗せた車は今日の思い出と環奈の為に買った土産と一緒に走り続けた。
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