第9話 私たち、両家顔合わせします

 まさみの退院後すぐにまさみと晴人は彼の静岡にある実家へ行き結婚の挨拶をした。晴人の母親の加代は息子の結婚に大変喜び、まさみのことを気に入ったようだった。まさみと晴人はまずは一安心だった。両家顔合わせは都内のホテルで行うことになった。

 当日まさみと晴人は緊張した面持ちだった。まさみはベージュのシックなワンピースを着ていた。ワンピースから見える肌はファンデーションで黄疸をなんとか隠している。晴人はスーツを着ていた。この扉を開ければ両家顔合わせが始まる。ここで話が拗れれば、結婚の話は流れてまさみは移植が出来なくなる。

「大丈夫か? 」

「そっちこそ」

「お前の格好……」

「何? 」

「馬子にも衣装ってヤツだな」

「はぁ? そういうアンタだって七五三みたいじゃない! 」

「ふざけんなよ。誰が七五三だよ」

 まさみは吹き出した。

「大丈夫そうだな」

「うん。頑張りましょう」

 二人は固い握手を交わすと扉を開けた。二人は部屋に入ると自分の簡単な家族の紹介をした。部屋には穏やかな雰囲気が流れていた。まさみと晴人は立ち上がった。

「皆さんにお伝えしたいことがあります」

 まさみの言葉に部屋にいた全員がまさみたちに注目した。

「私は肝臓に病気があります。助かるには肝臓の移植をする必要があります。晴人さんに適合検査をお願いしたら、晴人さんと適合しました」

 まさみは次の言葉を言おうとしたが言葉が詰まった。すると晴人は他からは見えないようにテーブルの下でまさみの手を握った。

「晴人さんとご家族には大変申し訳ないと思っていますが、晴人さんとの結婚と移植手術を認めてくださいませんか? 」

 まさみと晴人、そしてまさみの家族は晴人の家族に頭を下げた。

「頭を上げてください」

「晴人の肝臓を移植すればまさみさんは助かるの? 」

「はい」

「良かった」

「えっ? 」

「まさみさんが助かるなら肝臓でも心臓でも持っていっちゃって」

「心臓を持っていかれたら、俺死ぬんだけど」

 晴人は思わず呟いた。

「好きな人の役に立てるなんてこんなに嬉しいことはないわよ。そうよね晴人? 」

「まあな」

「それに適合する確率なんて低いんでしょ? 」

「はい」

「それって晴人とまさみさんは相性がいいっていうの? 二人が結婚するってことは運命じゃない」

「運命って……」

 晴人の兄の豊が吹き出した。

「うるさいアンタは! 」

「俺の母親は意外とロマンチストなんだよ。昔、花より男子のドラマを観て大号泣したんだ」

 佳代と豊は軽く言い合っている中、晴人はまさみの耳元で囁いた。まさみはなるほど晴人は佳代に似たのかと思った。晴人の父親の誠が二人を窘めていた。

「それに晴人はもう決めたんでしょ? 晴人が決めたら変えないんだから」

「許してくださるんですか? 」

「もちろん」

「ありがとうございます! 」

 まさみとまさみの家族は頭を下げた。

「もう頭を上げてください。これから家族になるんですから」

「はい」

 部屋にはまた穏やかな雰囲気が流れ始めた。


「二人は結婚式はどうするの? 」

 佳代はまさみと晴人に聞いてきた。二人はあらかじめこう聞かれたらこう答えるというのを考えていた。

「結婚式はしなくていいかなって」

「どうして! 一生に一度のことじゃない」

「手術でお金がかかっちゃうっていうのもあるんですけど。多分これから色々なことにお金がかかっちゃうから、そういうことに使いたいなって二人で話したんです」

「そうかもしれないけど……」

「それに結婚式はいつでも挙げられますし」

「そうだよ。落ち着いたら式を挙げればいいじゃん」

「でも……」

 納得していない佳代をどう宥めるべきかとまさみと晴人は考えていると、今までほとんど話していなかった誠が口を開いた。

「いいじゃないか。二人で決めたことなんだろう? 」

「ああ」

 誠の助け舟に少し驚きながらも晴人は頷いた。

「それならもう言うことはないな」

「それもそうね」

 誠の言葉にようやく佳代は頷いた。

「ところでまさみさんはこいつのどこが好きになったんですか? 」

 豊の言葉にまさみは固まった。その質問は想定していなかった。

「えっと……」

「兄貴、そういうこと言うのは止めろよ」

「悪い悪い」

 晴人が止めてくれたのでまさみは一安心したが、環奈が口を開いた。

「それじゃあ晴人さんはお姉ちゃんのどこが好きになったんですか? 」

「ちょっと環奈、止めてよ」

「なんで? お姉ちゃんのどこが好きになったか気になるよ。お父さんたちだって聞きたいよね? 」

 環奈は親たちを巻き込んだ。焦っているまさみとは反対にニコニコしていて楽しそうだ。まさみはこの顔を何度も見たことがある。環奈が妙に楽しそうな時には悪巧みを考えているのだ。

「もしかしてお姉ちゃんの好きな所言えないんですか? 好き同士で結婚するのに? 」

 環奈はわざとらしく好き同士を強調した。まさみはもう我慢出来なかった。彼女はいい加減にしなさいと妹に言おうとした。

「ずっと好きだったんです」

 全員が晴人に注目した。

「大学生の頃からまさみさんが好きでした」

「どうして好きになったんですか? 」

 妙子が聞いた。

「いつも楽しそうで明るくて自然体な所に惹かれました。はっきりとまさみさんが好きだと分かったのは僕が会社を辞めて古着屋をやりたいって話した時です。俺の家族や友人は全員反対しました。このまま頑張ればそれなりのポジションが待ってるんだからそれを捨てなくていいって。だけどまさみさんは晴人が決めたことなんだからいいんじゃないって言ってくれたんです。晴人は営業より古着屋の方が向いてるって。古着屋をやることに不安がありました。でもまさみさんの言葉で不安を吹っ切れることが出来たんです。今の俺がいるのはまさみさんのお陰です」

 晴人の言葉に全員感動していた。例え晴人の口から出たでまかせだとしても、まさみもつい感動と同時に照れくさく感じた。

「晴人さん。本当にウチの娘を思ってくれているのね……。まさみをよろしくお願いします」

 妙子は晴人に頭を下げていたが環奈はつまらなそうにそっぽをむいていた。

「ところで二人はいつ婚姻届を出すんだ? 」

「実は婚姻届を持ってきてるんです。保証人のところを誰かに書いて欲しくて」

 剛士の言葉に晴人は鞄から婚姻届を出した。

「それなら俺と晴人くんのお父さんが書くのはどうだ? お父さんいいですか? 」

「ええ。いいですよ」

「それじゃあお願いします」

 まさみがお願いし、剛士と誠が婚姻届の保証人の欄に名前を書き終わると、家族全員で婚姻届を出しに行った。

「おめでとうございます」

 役所の職員はまさみたちを祝福した。これで二人は正式な夫婦になった。

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