第6話~8話

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 球を得た黄組は、進行を開始した。ペースは小走り程度だが、シルバの前方では早くも二人が転倒していた。だが助けはなく、黄組の面々は躱して進み続ける。

 目の前のリィファを気に懸けつつ、シルバは足を動かす。リィファは転ぶまいと懸命だった。

 道の外の芝生は、規則で侵入禁止である。芝生上に疎らに並ぶ家々の前では、女性や小さな子供たちが楽しげな表情で声援を送っている。

 黄組は終始、騒がしく、一直線の大通りを進んだ。足が縺れる者は多かったが、大事故は起きていなかった。

 コロッセウム周りの環状道路は広く、二十人は悠々と通行できるほどだった。達した黄組はわっと散開。全力疾走で、他の組の者に向かっていく。

 土の道のあちこちで、行進の勝敗に関係がない格闘が生じていた。水を得た魚の顔で、参加者たちは身に付けた技量を存分に発揮する。

 進み続けるシルバは、見失っていたリィファを十歩ほど前方に見つけた。どういう経緯か、開始時に投入された黄球を脇に抱えている。

(無事だったか、良かった。そのままゴールで球を置ければ、「良い思い出だった」で終わるんだがな。果たしてそう上手くいくか)

 シルバが懸念していると、立ち止まったリィファは振り返った。シルバの頭上に、深刻な視線を遣っている。

 訝しんだシルバは、素早く後ろを見た。仰角が四十度ほどの位置に握り拳ほどの大きさの物体を見つけて、注視し始める。

 物体はどんどん、大きさを増していっていた。全容を把握したシルバは、驚愕する。

 根こそぎ抜かれた樹が、シルバに向かって飛来してきていた。

 高さはシルバの倍ほどか。すぐさまごうっと空気を切り裂く音まで届くようになり、シルバの背筋に冷たい物が走った。

(やばい――。避け――)

 シルバは左に跳んだ。 身長の三倍ほどの高さにまで到達していた。着地後の前転と同時に、ばんっと乾いた破裂音がする。

 起き上がったシルバは、さっと辺りを見渡した。何人かが身体を押さえて蹲っていた。

 近くには樹の破片と思しき物が転がっており、人の頭ほどの大きさの欠片さえあった。

(爆散した木片で、怪我をしたのか? さっきの木は何だ? いったい、何が起こってやがる?)

 何気なく真後ろを向くと、リィファが先ほどまでと同じ位置で立っていた。荒い呼吸をしながらも、シルバに安堵の微笑を投げ掛けている。

「はあっ、はあっ。──げほっ。良かった。先生、無事、で」

「……リィファ? 何でそんなに、息を荒げてる? お前が助けてくれ……」

 思わず出た言葉が終わらないうちに、リィファはふらりと倒れ込んだ。横向きの眠るような姿勢のまま、目を閉じて微動だにしない。

「よーやく、正体を現しやがったか。全く、手間を取らせてくれんぜ」

 呑気な声がしたかと思うと、ラスターと二人の自警団員がリィファに歩み寄った。三角形の配置でリィファを取り囲む。

 戦いを止めた参加者たちが、シルバたちに注目し始めた。ややあって、憮然とした面持ちのラスターが口を開く。

「てめえら、耳をかっぽじってよーく聞けや。こいつは城門付近に出没している連中と同じ、地球からの刺客だ。ま、どういうわけか、やけに可愛らしい顔をしちゃあいるがな。さっき見ただろ。こいつがどっかからどでかい木を呼び込んで、俺らの頭上で爆発させた様をよ」

 投げ遣りだが厳しい声で、ラスターは叫んだ。しだいに辺りはどよめきに包まれる。


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「ちょっと待て、何を断定してやがんだ」

 シルバは、力を籠めた低い声で割り込んだ。

 ラスターはおもむろに向き直った。他人を小馬鹿にするように、口角を吊り上げている。

「飛んできた木が破裂して降り注いだ。その後すぐに、リィファが気を失った。それが、起きた現象の全てだろ。いったいどういう論理の流れで、リィファが犯人だって結論になるんだ?」

 憤りを滲ませつつ、シルバは端的に指摘をした。黙り込んだ群衆が、シルバに注目し始める。

「隠したつもりでいんのかもしれねえがよ。俺はきっちり知ってんだぜ。『私は完全に無害です』って感じで澄ましてるリィファが、地球から飛んできてすぐに、おめえらを襲ったってよ。そこにきてこの超凶悪事件だ。直後に倒れたリィファ改め危険人物は、どー考えてもクロだろ」

 自信満々なラスターの指摘に、シルバは口を引き結んだ。ラスターの主張も一つの見方だが、あまりにも決め付けが過ぎている。

 ラスターは一瞬にして、わざとらしく驚いたような顔になった。

「つーか、シルバ君よ。どうして、リィファを庇うわけ? 地球からぶっ飛んできたお仲間への、同情心が湧いちまったってパターンか? 怖いもんだなぁ。爛れに爛れた共同生活って奴はよぉ」

 ふざけた口調の台詞に、シルバは首を捻る思いを抱いた。

「低俗な邪推は良い。馬鹿馬鹿しくて答える気も起きねえ。だがその前だ。何を抜かしてやがる? 俺は孤児だが、アストーリ生まれだ。お前も知ってるだろ?」

 シルバの詰問に、「あっちゃー、口が滑っちまった。話しちまうか。寛大なあの方なら許してくれんだろ」と、気楽な雰囲気でラスターは独り言ちた。

「シルバ、よーく聞け。おめーはな、この国の奴じゃあねえんだ。赤ん坊の時に、胴色のおべべを着て地球から降って来たんだよ。俺の後ろでおねんねしてるリィファみたいにな」

 強烈な視線をシルバに向けるラスターは、嬲るような風だった。

 呆然としたシルバは、「……詳しく話せ」と、何とか捻り出した。

「おっ! 食いついてきたねぇ! でもタダじゃあ教えねえよ? 偶然にも舞台は、年に一度の三角行進トライアングルマーチだ。俺ら三人とのバトルで勝ったら、じっくりじっくり教えてやんよ。愛しの姫君も助けられて、一石二鳥だろ! 気合を見せてみろよ、シルバ!」

 貪欲な喜色のラスターが叫ぶと、リィファの後方の二人が、すっと前に出てきた。強く決意を固めたシルバは、ジンガの姿勢を取る。


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 シルバに応じるように、自警団員の三人は体勢を整えた。

 端の二人がボクシングのファイティング・ポーズを採る一方で、ラスターは腰を落としていた。僅かな間隔を空けた両手を、胸の前に据えている。ラスターの専門、レスリングの構えだった。

 一瞬、左の女の自警団員の身体が揺らいだ。

 気の緩みを見抜いたシルバは、地を蹴って全力で加速。左手を斜め前に突いて、左、右。フル・パワーで両足を振り抜いた。

 鼻に食らった女自警団員の身体は、ぐんっと後頭部から後ろに向かった。一度、地面で跳ねた後に、ぐったりと横たわった。呼吸こそしているが、起き上がってくる素振りはない。

 両足で着地したシルバはすっと直立状態になった。

「相手が女でも容赦なしってか。骨の髄まで外道だねぇ」女自警団員に首だけを向けながら、ラスターが茶化してくる。

「気ぃ抜けまくりが混じってたから、手っ取り早く潰しといただけだ。戦いの場に女も男もないだろ。それにな。いくら俺が半人前でも、三人掛かりの卑怯者に人の道を説かれたかねえよ。胸糞が悪くて、吐き気がする」

 シルバが言葉を投げつけると、ラスターはおもむろに顔を戻した。にやにやした面持ちには、妙な余裕が感じられる。

「おうおう、好きなだけ吐いてくれて一向に構わんぜ。なにせお前は、腹立たしいぐらいの圧倒的ナンバー・ワン。光り過ぎてうざったい、同期の星って奴だ。三人でもなんでも、ぶちのめしたくもなんだろが!」

 ラスターは喚くなり、ダッシュをしてきた。

 重いタックルに、シルバはとっさに側転。左に入り込むや否や、ラスターの右足のすぐ外に己の右足を持っていく。

(ヴィンガティーバで無惨に転ばせてやる! レスリング風の技で倒しゃあ、相当な屈辱だろ!)

 冷たく思考したシルバは、右肘を打ちつける。が、胸に到達する直前、左頬への衝撃とともに視界が揺れた。

 目だけを遣ると、残りの男の自警団員が左手を引くところだった。シルバの肘打ちは斜め上に逸れる。

 僅かに遅れて、男自警団員から右ストレートが飛んでくる。

 後ろへの勢いを利用して、シルバはポンテ(バック・ブリッジ)をした。男自警団員の右手が空を切る。

 地を蹴ったシルバの両足は、大きく弧を描いた。ワン・ツーを避けたついでに両足を開く。まだ近くなはずのラスターへの攻撃が目的である。

 しかし、右足には何の感触もなかった。

 苦々しく思いつつ、シルバはすとんとバク転を完遂した。敵の二人は、鋭い表情をしていた。

(経験の少ない複数相手の戦闘だ。二人ともただの雑魚だが、上手く立ち回らないと勝機はねえな)

 集中を高めたシルバは、今度こそジンガを開始した。

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