第26話 会社は戦場 7

「こちら白の騎士ホワイト・ナイト、我操舵不能アンコントロール、繰り返す我操舵不能アンコントロール


 操舵不能アンコントロールって操縦できなくなっちゃったってこと?

 お空を飛んでるのに、それ、まずくないかな。

 そう思ったのは私だけじゃなかった。


「ちょ、ちょっとどういうことよ。答えなさい、白井君」


 格納庫の出口に向かって走りながら、紀藤さんが無線に向かって叫ぶ。


「上からミサイルでマップ上のロボットは全部やっつけたんですけど……反撃くらったのが今更効いてきたみたいで……ハハッ、俺ヘマやっちゃいましたよ」


「白井、落ち着け、何か方法はあるはずだ」


 もはやコード・ネームを気にする者は誰もいなかった。


「町田、操縦譲ってくれってありがとな。ロボットに乗るの夢だったからさ、最後にこうして乗れて本当に良かったよ。皆と一緒に戻れたら、もっと最高だったのにな」


「しらいいいいいいいいいいいい」


「あばよ、姉さんと嬢ちゃんのこと、たのんだぜ」


 その言葉を最後に、無線から凄まじい爆発音、そして地面が揺れた。

 格納庫の出口から丁度出た私たちの目に、遠くに立ち上る、煙が見える。


「そ、そんな……白井君……」


 膝をつき、力なく崩れ落ちる紀藤さん。

 私はさっきあれほど偉そうなことを言っておきながら、やはりこの時も彼女に何もしてあげることができなかった。




 それから一時間ほど後だろうか、気を取り直して合流した私たちの目の前に真っ黒に焦げた地面があった。この世界のロボットは、破壊されてしばらく時間が経過すると消える。

 おそらくゲーム世界だからなのだろうが、それがあのロボット兵器にも適用されたとみえる。白井さんの姿は、どこにも、無い。


 私と紀藤さんが辿り着いた時には、町田さんはもうそこにいて、体育座りをして地面をじっと眺めていた。言葉を交わすこともなく、私たち二人もその隣に座る。


 しばらくして、町田さんが誰にともなく話しだした。


「俺のせいだ。俺が白の騎士ホワイト・ナイトに乗ってればよかった。そうしたら白井は……グズッ」


 紀藤さんがそんな彼の頭を優しく撫でる。


「こうなったのは町田君のせいじゃない。白井君のことは私も残念だけど、自暴自棄になっちゃだめ」


「紀藤さん……」


「彼に私とハルコちゃんのこと、託されてたでしょ。守ってくれないの?」


「そんな言い方、ずるいですよ」


「それにここ、迷い神が作り上げたゲームの世界だから、白井君も死んだわけじゃないはずなの」


「いや、それはそうかもですけど、そうか……って、迷い神?」


 納得しかけていた町田さんが、知らない単語に悩んでいる。


「ハルコちゃん、さっきの話いいかしら?」


 私は頷くと、紀藤さんに話したのと同じ話を彼に語った。




「なるほどな、この世界はその迷い神ってお化けに作られた世界なわけか。俺と白井の作ったゲームをいいようにしてくれたもんだな、まったく」


「でも、二人が作ったゲームだったのは幸運だったかもね。攻略法がわかってたからここまでこれたわけだし」


「確かにそのとおりですけど、製作者としては不満ですよ。もうちょっと調整してからにしてくれればクソゲーなんて言われることなかったのに」


「ちょっとそれ、私に何か文句言いたいわけ」


「勘弁してくださいよー。しかし、俺たち現実じゃ行方不明になってるのか……まいったなこりゃ。やっぱり使用禁止の第二サーバ室に入ったバチでも当たったのかな」


 第二サーバ室。私を飲み込んだあの扉に書いてあったのはその文字ではなかっただろうか。私は断然興味が湧いた。


「使用禁止って何ですか?」


「何でかわからないけど、朝来たらいきなり上司から使っちゃダメだって言われたんだよ。それでフロアの方からじゃ回線つなげないから、せめて直接このゲームのデータだけでも抜こうと思って白井と一緒にサーバ室に向かったら、なぜかここに来てたって感じさ」


 ということは、町田さんも白井さんも私と同じ第二サーバ室に飲み込まれたんだ。迷い神はそこにいる可能性が高い。

 使用禁止にしたのは上司さんか。迷い神の関係者さんだったりするのかな?


「町田君、朝から仕事もせずにゲームって……そのせいで私までこの世界に来たのよ。本当勘弁してほしいわ」


「紀藤さん、どういうことです?」


「私、町田君と白井君と部署は別なんだけどプロジェクトは一緒なのよ。二人が打ち合わせに来ないから、席に行ったら近くの人が第二サーバ室にいったまま戻ってこないっていうからさ。そしたら探しに行くじゃない普通」


 なるほど、紀藤さんも同じ。やっぱり使用禁止の第二サーバ室が怪しいんだ。

 そして、三人が息が合ってた理由も判明。仕事も一緒にやってたなんて。


 でも残念すぎる。こうして迷い神のいそうな場所がわかったというのに、私はおそらくその迷い神が作り出した空間の中。外にいる大牙に伝える手段も無い。



「ハルコちゃん。ひとりで考え込んでちゃダメよ」


「そうでした……って、紀藤さん!」


「フフッ、図星だったみたいね。でもね、自分でできないことはスパッとあきらめて、自分にできることをしないとダメよ」


「自分にできないことはあきらめる、ですか」


「今私達ができるのは、このゲームをクリアすることくらいだからね、そこは頑張るの。きっと、ハルズガーデンのあなたは、外にいる仲間に連絡することを考えてるのかなって思うんだけど、こんな状況じゃ無理よね。ここで大事なのは、外にいるその仕事仲間を信じること、かな」


「仕事仲間を……信じる……」


 大牙の顔が頭に浮かんだ。


「何となく、わかりました」


「いい顔になったから大丈夫そうね。じゃあ、もう少し休んだら、最後の一頑張り行ってみよう」


「はいっ!」



 それから少し休憩をとった後、私たちは最後の戦いの場所、敵基地に向かった。

 白井さんが、ロボット兵器でマップ上の敵を掃討してくれたというのは本当らしく、道中は全く敵に遭遇しなかった。


「これは元の世界に戻った後で白井のやつに一杯おごってやらないといけませんね」


「そうね。いつものお店にいきましょ。あーなんだかホッケが食べたくなってきたホッケ。ホッケにポン酒のアツいやつ」


「この世界お腹すかないから、何か食べたいって思うことなかったですけど、そう言われてみると、俺もたこわさが食べたいです。それに焼酎ロックで」


「決まりね、絶対にクリアして元の世界に帰って飲みに行く!」


「イェス、マム!」


 大人は飲みにいくのが本当に好きらしい。

 お酒というとどうしても父のあの酒臭い嫌な息を思い出してしまうけれど、あれは飲み過ぎだからで、嗜むお酒、仲間と楽しむお酒ならいいのかもしれない。

 いつか私も、お酒飲むときが来るのかな。


「ハルコちゃんも一緒にいきましょうね」


「えっ、私、お酒はちょっと……」


 未成年ですから、と言いそうになってひっこめる。誤魔化す。


「あら飲めないの、それは残念。でも、ソフトドリンクでもいいからいきましょうよ。ハルコちゃんみたいな可愛い子なら、お兄さん達喜んでおごってくれるわよ。来ないと損よ」


「そうだそうだ、白井に全部おごらせよう」


 これって、中学だと、欠席者が何かの委員会にさせられるみたいな、そんな感じ? おごるっていうお話が、いつのまにかおごらせるってお話になってるし。


 でも、町田さんの言葉に、白井さんへの悪意は感じない。何となくだけど、もし白井さんがここにいても、いいよおごってやるよ、って言いそうな気がする。

 いなくても、いるのと同じ。これが仲間というものなのかも。

 大牙がいたら何ていうかな? マタタビかな? 何だか怒られた気がする。


「あははは。考えておきますね」


 笑顔でこう言えられたのは、だからかもしれない。

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