第24話 会社は戦場 5

「最終マップはこれまでとは敵の桁が違う。いつもと同じやり方ではこちらがあっという間に殲滅されてしまう」


 町田さんが珍しく重々しい声でメンバーに語る。


 今は基地にて最終マップを前に、戦いの打ち合わせ。

 スクリーンには、マップ全域と、敵ロボットの配置が表示されている。

 これまでのマップに比べると、敵の数は十倍以上のようだ。

 最終決戦らしいといえばそうだけど、こちらが殲滅されてしまうのは困る。

 それではクリアできない。現実世界に戻れない。


「じゃあ、どうするのよ。打つ手ないってこと?」


 腕を組んだまま、紀藤さんが尋ねる。


「いつもと同じやり方では、って言ってます」


「もったいぶるの無し、早く言って、イライラする」


 紀藤さんの手厳しい言葉に怯えつつ、町田さんは説明を続ける。


「北側のA地点に、格納庫がある。ここに人が乗れるロボット兵器が隠されてる。まずは格納庫を制圧し、このロボットを手に入れる。あとは白井に乗ってもらって、ロボット兵器を戦力の中心に他の敵部隊を各個撃破する」


「なるほどね、敵は今までの十倍の数とはいっても広いマップに分散してる。格納庫の近辺だけ見ればいつもどおりの数だし。妥当な作戦ではあるわね」


「敵基地周辺の敵を掃討したら、後は基地の中のメインコンピュータを破壊すれば終わりなんだけど、ここでもう一つ問題がある」


「もう一つの問題?」


「敵基地の中にはロボット兵器が持ち込めないし、狭い通路が多いから、いつもどおりの戦いができない」


 なるほど、通路がグネグネしてたら遠距離で撃つタイプの私の武器とか全然役に立たない……困ります。


「じゃあどうするのよ? このゲーム、人によって武器は固定なんでしょ。どうしようもないじゃない。まったく誰が作ったのよ、このクソゲー」


 目の前の作者二人がいるのにも関わらず容赦ない紀藤さん。

 おかげで町田さんの説明口調は完全に崩れてしまったようだ。


「クソゲー言わないでくださいよ。最後まで同じやり方でいけたらその方が面白くないじゃないですか」


「最後の最後で変えるって方がおかしいわよ。これまでの努力とか無にされるプレイヤーの気持ちにもなってみなさいよ。お金返せって感じよ」


 もっともだ。もっともすぎる。お金払ってなくても言いたくなる。

 今から他の武器を使いなさいと言われたら困る私も全くの同意見です。


「そのあたりの調整はもうちょっと後の方でする予定でおりました……」


 気が付くと完全に敬語? 丁寧語? っぽくなってる町田さん。


「ともかく、方法はあります。この時点で、プレイヤー各々のこれまでの戦闘経験をもとにした最終決戦用の武器やアイテムが追加されてるはずです。確認してみてください」


「あ、本当だ。私のは何よ、これシールド?」


「そのまま盾ですよ。敵の攻撃を防いでくれます。いつも前に出すぎだからそのデータからコンピュータにこれが最適だと判断されたんじゃないですかね」


「それじゃ私がまるでいつも前に出たがるバカみたいじゃない」


「いや、出てるじゃないですか……」


「あんたたち男二人がいつも不甲斐ないからでしょ。出たくて出てるわけじゃないのよ」


「はい、わかりました……」


「まあ、いいわ。私の武器は多分基地内でも普通に使えるってことなんでしょ。だったら問題ない。あら、どうしたのハルコちゃん」


「追加された武器を見てみたら、その……」


「どれどれ。うーん、これは無いかな。まあ、私の後ろにでも隠れといてくれればいいから」


 どうやら、紀藤さんも私と同意見らしい。

 この武器、絶対に私が使いこなせるとは思えないし、このゲーム向きじゃない。



 ともかく、その後も慎重にミーティングにミーティングを重ねて、ついに本番がやってきた。


 転送されて降り立ったのは一面の氷の大地。

 南極ってこんな感じだろうか。


 地面に凹凸が少なく、全く遮るものが無い。これはこれで敵を発見しやすいけれど、逆に敵に発見されやすくもある。常に周囲を警戒しなければならないから気疲れしそうだ。

 敵を発見したら、即報告、そして私の長距離砲で即攻撃、これはリーダーの町田さんから厳命されている。


 幸い敵と遭遇することなく、A地点の格納庫近くまで辿り着いた私たちだったが――


「ちょっとこれ、敵多くない?」


 双眼鏡を覗いた紀藤さんが呻く。

 私も見てみたけれど、確かに多い。ひょっとしてマップ上の敵全部集まってるんじゃないかとというほど多い。

 敵ロボットは神殿を守る石像か何かのように、周りをびっちり固めている。そして動かない。

 ここにきてから、しばらく経つけれど動いた形跡が全くないから、どんなに待ってもいなくなることはなさそう。


「なるほど、俺の追加アイテムは、基地内じゃなくて、このためのものだったらしいな、クックック」


 町田さんが誰にともなく言う。

 とくに誰も反応しない、静寂。

 言った本人が何だかとても気まずそうにしている。


 これは、聞いてほしいのかな? 聞いてほしいんだよね、多分。

 何となく本当は紀藤さんから聞いてほしいんじゃないかと私は思うんだけど、彼女は全く聞く気が無いっぽい。仕方がない、私が聞いてあげよう。


「町田さんの追加アイテムって何なんですか?」


「ふっふっふ、これだよ」


 彼が自慢げに手元のアイテムスイッチを押すと、彼の足が光輝き、ブーツの形が変わった。いや、これはブーツじゃない。なんだか後ろに変な吹き出し口が付いて、ゴテゴテした形になってる。


「何ですか? これ」


「ジェットシューズだ。移動速度が車並になる」


「車並って、あんた、転んだら大変なことにならない?」


 ようやく紀藤さんがツッコミを入れてくれた、よし選手交代。

 あとはお任せします。


「設定上は大丈夫なはずです」


「設定上って……」


 車がそのまま滑ってごろんといったら大惨事な予感が私もするのだけれど、このゲーム作った当人が言ってるんだから、大丈夫だと思っていいのかな。


「とにかく他に方法はありません。俺がこのジェットシューズで囮になって格納庫の周りのロボットを全て引き付けますから、その間に格納庫に入ってロボット兵器を奪取してください」



 彼が口にした囮という言葉に私はやはり反応してしまう。

 それはハルズガーデンでのいつもの私の役目。

 でも私の場合は、大牙や貴子さんが絶対に守ってくれる。

 彼らがどこかで私を見ていてくれる、最後には私を襲う迷い神を倒してくれるという安心感がある。


 町田さんが今からやろうとしていることも、基本的には同じだ。

 私たちが格納庫からロボット兵器を奪えば、町田さんを追うロボットの群れを倒せるはず。私にとってはいつもと立場が逆。私が大牙や貴子さんの役目になる。

 同じはずなのだけれど、やはり自分がそっち側だからか、そんなに上手くいくのか、自分にできるのか不安になる。



「よし、それでいこう」


 気合なのか、バシッと両手で音を立てる紀藤さん。

 その音で私は現実に引き戻された。


「ハルコちゃん、やるわよ」


 紀藤さんは、私の目をまっすぐに見ていた。そしてほほ笑む。

 私の不安を見透かしたかのように、その不安を取り除いてくれるかのように。


「大丈夫。ここまで一緒にやってきた私達ならできる。やれる」


 傍らの白井さんも武器をガチャとしながら頷いてる。


 紀藤さんの顔に、立花さんの顔が重なる。

 仕事はひとりでするものじゃない、か。

 そうだ、私はひとりじゃない。白井さんも紀藤さんもいるんだ。この素晴らしいチームで、できないかもなんて不安に思ったらいけない。


「その顔、大丈夫そうね。でも無理しちゃだめよ。危険な時は私のシールドの陰に隠れるのよ」


「はい、その陰からバンバン敵を撃っちゃいます! まかせてください」


 息まく私を、紀藤さんは嬉しそうに撫でてくれた。

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