第21話 会社は戦場 2

「こちらホワイト・ラビット。前方より接近するアンノウン三体発見、どうぞ」


 吹きすさぶ砂ぼこり。横倒しに倒れたビルの陰に隠れている私。

 視界はクリアーとは言い難いが、確かに影らしきものが三体前方に見える。


 ヘルメットのスピーカから聞こえた無線の声。

 ホワイト・ラビットということは白井さん。

 私と同じくらいの背丈の小柄なお兄さん。髪の毛はくせ毛でもじゃもじゃ。

 この環境のせいなのかは不明なのだけれど、もうちょっと何とかならないものかと思う。思ってしまう。


 今はAだかMだかアルファベットのついた名前の、連射ができる大きな銃を持って偵察に出てる。

 アンノウンっていうのは敵のこと。ロボットの兵隊。

 もう何度も戦ってはいるけど、まだこの名前を聞くと私は身震いする。



 戦闘中に互いのことを、どうして名前で呼ばないで、ホワイト・ラビット等と言うのか訊いてみたら、そういうものなんだと諭された。

 私はそれ以上追及しないことにして現在に至る。

 白井だからホワイト・ラビットなのかな? 覚えやすいからいいんだけど。

 コード・ネームって言うみたい。私はあだ名だと了解している。



「こちらマーチ・ヘア。了解した、引き続き状況の報告を継続せよ、どうぞ」


 マーチ・ヘアは町田さん。肩くらいまである長髪に眼鏡の男性。背は多分高橋さんと同じくらいかな。

 白井さんの同期らしい。

 この小隊チームのリーダーのはず、たぶん。

 きっと町田だからマーチ、絶対に町田だからマーチ。


 武器のたくさん入った箱を持ってて、手りゅう弾なげたり、銃で撃ったり、電磁ナイフで斬ったりと、状況に合わせて多彩な技で皆をサポートしてくれる。器用さんなんだと思う。



「チェシャ・キャットよ。もー面倒だから撃っちゃっていい? どうぞ」


 チェシャ・キャットは、紀藤さん。割とキツめな性格のお姉さん。

 ポニーテールのせいか、今の私と同じくらいの年に見える。

 でも実際の年は他の二人の男性よりも少し上とのこと。

 それだからか、町田さんの指示に口を挟むことが多い。

 この部隊の影のリーダーは彼女なのだと私は思っている。

 

 だけど銃の扱いは、誰に聞いても彼女が一番だというくらい上手い。

 マシンガンを連射して、敵を次々と沈めてゆく。

 この前は彼女だけで全部の敵を仕留めていたので、私含めた他の三人は、何のために自分がいるのか、存在意義に頭を悩ませることになった。


 紀藤さんだからキャットなのかな? 猫好きだって言ってたからそっちが濃厚かも。

 待ちきれない性格の彼女も、白井さんホワイト・ラビットと一緒に偵察に出ている。

 二人も行くことはないという、町田さんマーチ・ヘアの制止を振り切って。



「こちらマーチ・ヘア、無駄弾になるといけないからなるべく引き付けてから撃ってください、どうぞ」


「チェシャ・キャットよ。そんな思い切りのないことだからあんた彼女もできないのよ、どーぞ」


「マーチ・ヘアだ。大きなお世話です。それよりも慎重に動いてくださいよ、短気は損気ですよ、どうぞ」


「チェシャ・キャットなんだけど、今の何。私が短気だっていいたいわけ!?」


 何だかとっても雲行きが怪しくなってきた。

 頼みの綱のホワイト・ラビット、白井さんは面倒くさくてツッコミいれないんだろうな。無線での会話って、相手が対面にいるわけじゃないから、気兼ねなく話せていいんだけど、こういうときは逆にそれが悪く出て困る。


 こうしている間も敵は接近してきている。

 おっと、もうすでに、輪郭がはっきり見えるまでになっているではないですか。


 細く長い四本の脚、その上に胴らしき箱があり、そこから伸びた首の先に銃のついた頭。敵ロボットだ。


 よし、ここは私が!


 私は、スコープの照準を三体いる敵のうち真ん中の一つにあわせる。

 よし。

 あとは引き金を引くだけの簡単な作業。

 私の武器は銃身の長い、長距離射撃用、私はスナイパー。

 本当に体を動かす以外はゲームみたい。この軍隊みたいなカーキ色の服にヘルメットも着慣れたものだ。


 くらいなさいっ!


 ドーン。着弾する音、巻き起こる煙、崩れ落ちる敵。


「アリス、やりました!」


「こらこらこらハルコちゃん、じゃなかったアリス。他の人が射線に出るかもだからいきなりはダメだって言っただろう」


 怒られてしまった。

 そうだ、味方の銃撃でも当たるとダメージになるから、味方に当てることがないように宣言してから撃つようにしないといけないんだ。

 あんなに注意されてたのにと、私は深く反省する。


「町田さん、じゃなかったマーチ・ヘアさんごめんなさい……」


「いやいやいや、よくやったよアリス。チェシャ・キャット突貫する。左をやるから、ホワイト・ラビット右をお願い……ファイア!!!」


「ホワイト・ラビット、右了解」


 しばらくして爆発の音とともに、二つの煙が立ち上った。


「ホワイト・ラビット、全ての敵の沈黙を確認しました」


 私たちワンダーランド小隊の勝利だ。





「ハルコちゃん、お疲れ様。顔少し油っぽいわよ、これで拭きなさい」


「ありがとうございます」


 紀藤さんから蒸しタオルを受け取り、顔を拭く私。

 柔らかくて暖かくて心地よい。

 今は戦闘マップではなく、基地の中だから余裕がある。


 白井さんと、町田さんは武器を磨いている。

 この世界の武器は、自動で整備されるし、自動で弾も装填されるくらいなので、本当はそんなことはしなくていい。

 一度、あれ私もやったほうがいいんですか? と紀藤さんに尋ねたら、あの二人は気分でやってるだけだからやらなくていいのよ、と答えられた。


「ハルコちゃんの長距離射撃のおかげで本当楽になったわ。この分でいけば、もう少しでこのゲームクリアできそうね」


 このゲームの世界では、人により与えられる武器が変わるらしい。

 私の武器、長距離ライフルは、遠距離から敵を狙い撃つことができ、接近してくるまでにダメージを与え、敵の数を減らすこともできるため、重宝されていた。


「あ、ありがとうございます。頑張ります。でも、このゲームクリアしたら、戻れるんですかね、私たち」


「信じるしかないわ」


 そう、私たちはそれを信じて戦うしかないのだ……。


 実はこのゲーム、白井さんと町田さんが会社のサーバコンピュータ上でこっそり作成していたネットゲームなのだという。何でも、社内でのプログラミング研修の課題で作ったものを進化させたとかどうだとか。

 会社でゲームなんか作ってもいいんですか? と言ったら二人とも目を逸らしていたから、きっとイケないことなんだと私にもわかった。


 でも、もちろんここまでリアルなゲームではなく、普通にパソコンで画面を見ながら遊ぶタイプのものだったらしい。彼らの話を信じるなら、会社のサーバルームにいたら、いつの間にかこの世界に来て武器を渡され戦うことになっていたということになる。


 私は三人の名前を、行方不明者のリストで見た記憶があった。

 だから、迷い神によるゲームの世界の実体化の可能性が高いとは思うけれど、それこそ信じてもらえるかはわからないので、それを彼らに伝えることはできなかった。


 開発した二人によると、マップを全てクリアすればゲームエンドになるとのことで、現在私たちワンダーランド小隊はマップ完全制覇に向けて奮闘中。

 しかし、ゲームエンドになれば本当にこの世界から開放されるのかが、やはり目下の不安。


 姿が見えない他の行方不明者も似たような状況にあるのかもしれないと思うと、いてもたってもいられないのだが、現実世界にいる大牙に伝える術は無いのでどうしようもない。

 なんとか真実にたどり着いてくれることを祈るしかない私だった。


 でも、仕方ないのだ。大牙にあんなに近くにいろと言われながらも、自分勝手に動き回ってしまったのは私なのだから。

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