第9話 現状把握 1

「ショーキって……何? うちの会社タバコの匂いでもするの?」


 いろいろ悩んだあげくようやく口にできたのがこの疑問らしい。

 高橋さんは一般人。理解できなくても無理はない。

 私も最初はそうだったから。


「瘴気っていうのは澱みだ。人の恨み辛みなんかから産まれる歪んだ霊気は溜まるんだよ。そしてそこから迷い神が産まれる。迷い神の温床ってことだ」


 大牙が用意してきたお札を会議室に張りながら説明する。


「うちの会社そんなにストレス抱えてる人多いのかなあ……」


「人が生きる限り、そうした感情から逃れることなんてできない。普通のことさ。この世にはどこにだって澱みはある。多かれ少なかれ」


「でもそれがうちの会社に溜まってるってことは、マイナスの感情を抱えた人間が多いってことじゃないんですか?」


「うーん、理解してもらえるかはわからないが、瘴気っていうのは川みたいに流れるものでな、一所にずっと留まるわけじゃない」


 大牙はとうとうホワイトボードに何かを書き出した。

 あの四角いのはもしかしてこのビル?

 丸い頭に棒で書かれてるのは働いてる人?

 あ、なんか煙みたいにもくもく書いてる。

 流れて流れて、外側でまとまって……

 まさか最後に書いたのって迷い神じゃないよね?

 大牙、これまでの人生、うんと、神生で美術の勉強とかしなかったの?

 ……こんな前衛的な絵で、高橋さん理解できるのかな?



 しかし、私のこの心配は杞憂だった。

 高橋さんは私が思った以上に柔軟な思考の人物らしいのだ。


「川の流れ……じゃあどうして溜まるんですか?」


「川だって、湖や池や海に注ぐだろう。そんな感じさ。もっとも瘴気の場合は単なる地形じゃなくてその場所に引き寄せられる由縁ゆえんが何かあるんだけどな」


「由縁?」


「人が多く死んだ合戦場だったり城だったり、神社みたいに何某か強い霊気のある場所だったり。前者は、澱み同士が引き合うイメージ、後者は霊気に引き寄せられてってイメージだな」


「ということは、うちの会社の建屋があるこの場所に何かあるってことですか?」


「そうだ。それが何なのかはわからないけどな。瘴気の溜まっている原因を取り除くことが、この会社で起きてる事件の解決につながるはず」


「なるほど……ところで、ウチの会社で起きてることって何なんですか?」


 ストレートな疑問。

 でもこれは私も興味がある。あの日高橋さんが持ってきた封筒の中身のこと、私も実は知らされていないのだ。

 知らされないと言うことは、中学生の私に言えない内容なのかとも思いはしたので、無理には訊かなかったのだけれど。


「そうだな、ここにきて、この瘴気。二人には伝えておいた方がよさそうだ」


 大牙の珍しく重々しい態度に、私は思わずごくりとつばを飲み込む。

 それから彼はあの資料の中身について語った。

 かいつまんで整理するとこんな感じだろうか。



●『休憩室で自殺未遂』


 休憩室というのは、仕事の合間にくつろぐことを目的として利用することができる部屋で、ソファやテーブル、自動販売機が設置されている。高橋さんの会社では各フロア毎に一室あるそうだ。


 深夜、休憩室に灯りがついたままだったので確認するために入った見回りのガードマンがそこで死にかけている社員を発見したらしい。

 私に配慮してか、どんな状況だったのか詳しくは教えて貰えなかったけれど、救急車を呼び、その社員もまだ入院中だというから、本人の命に関わる行為だったのは間違いない。


 問題は、同じ部門の同僚に確認しても、当人が特にストレスを抱えていたという報告はなく、意識を取り戻してから本人に訊いても、何故自分がそうしたのか覚えてないということ。


 本件については、発生したのが夜間であり、同フロアに他に社員が残っていなかったこともあり、公にならずに済んでいる。



●『刃傷沙汰』


 とある課で部下から上司への刃傷沙汰が発生。予算の話をしている間に、突然部下の顔色が変わり、側の机からカッターナイフを取り出して切りつけたのだという。


 確かに予算に関する内容はストレスを伴うものではあるが、事件発生当時周りにいた社員からのヒアリングによると、険悪な雰囲気でもなく、上司の側は終始部下を支える感じで接しているのを感じていたとのこと。わけがわからない。


 幸い近くに居た柔道有段者の社員によりすぐに取り押さえられ、怪我が軽傷ですんだこと、元々信頼関係のある上司部下であったことから、上司側は部下を障害で訴える意思はないとのこと。


 では、部下の側はというと、事件後担当した心理カウンセラーからの情報では、あの時は急に上司の言葉を厳しく感じて耐えられなくなってしまったのだという。なぜそう感じてしまったのかはわからないと言っている。自分の犯した事をとても悔いていて、現在会社には来ていないらしい。

 

 ちなみに、当時フロアにいた目撃者には箝口令をしいている。漏れた場合に会社のイメージがそこなわれることを繰り返し社員に訴えているからか、今のところ社外に漏れてはいないようである。時間の問題かもしれないが。



●『流行病』


 どう定義したら良いのか悩ましいのでこの名前にしている。

 最近部署を問わず、体調を崩す社員が多い。休みをとらせてみると、すぐに回復するのだが、会社に来ると調子が悪くなるのだという。その繰り返し。


 会社としては当然個人の精神的なものを疑うわけではあるが、特に若い社員だけというわけでもなく、特定の部門というわけでもなく、社員の属性は万遍無いし、彼らの上司に彼らの仕事ぶり等確認しても、毎日定時帰りの社員も普通にいて、とくに仕事の負荷によるものではないようだった。

 全員と面接した会社の専属カウンセラーも首を傾げる始末。

 何か手をうちたいところではあるが、この状況では原因が不明で、手のうちようがない。


 恐ろしいのは、日々、罹患する人数が増えているようであること。

 休む人間が増えれば増えるほど、いない社員の仕事をカバーするために他の社員への負荷は高くなる。もはや、奇病のせいなのか、仕事の負荷が増えたせいなのかもわからなくなってきている。

 このままのペースが続けば、いずれ破綻するのは目に見えている。

 

 


●『行方不明』


 数名、会社に来ない社員がいる。自宅に連絡しても応答が無い。どころか、逆に会社に行ったまま帰ってこないという家族の声も。

 状況を重く見た会社の上層部は、プロジェクトチームを編成して調査に当たらせた。しかし、何の成果も得られなかった。


 勤怠の記録、入退室の記録から、該当社員は会社にいるはずのステータスとなっている。しかし、会社の中を隈無く探しても見つからない。

 周囲の同僚に確認しても、気がついたらいなくなっていたと口を揃えて言うだけ。社員同士でこんなことを何か示し合わせて行うことは考えづらいから、本当に知らないのだろう。


 彼らはどこに行ってしまったのか? まさに神隠し。

 本件家族から警察に届け出が出ていることもあり、他の件にも増して解決に至急を要する。他の件もそうだが、世間に明るみになれば会社のイメージダウンは避けられない。

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