3 貧乏くじの給仕(1)


「本日は三十一日にございます」

 早朝、おとずれた女官長の言葉である。

 きさき選びも二カ月半がち、やっとフェリアていへの王マクロンのおしの日となった。

「はあ」

 フェリアは素っ気ない返答をらす。

 女官長は顔こそ動かさないものの、やしきの様子をひとみさぐっていた。じよもおらず、食事も届けなかったこの邸のあやしさの答えを瞳に焼きつけている。

 べつまなしで緑豊かな畑になった庭園を見つめ、フッと鼻で笑った。

はなのないことですこと」

 庭園を言っている風に見せかけて、フェリアに華がないと言っているのだ。その意味がわからないフェリアではない。フェリアもフッと鼻で笑い、薬草畑をわたした。

「実のなる華がもう少しできますわ。でるだけの華より、実の力を持つ華が私は好きですの」

 実の力、実力が私にはありますのよと、フェリアは応戦している。

 女官長の目の色が変わる。女官長の低位妃候補に対するいやがらせは、フェリアだけではない。だが、応戦するのはフェリアだけである。それも、おこることなく、くやしがることなく、なみだすることなく、そしてこうべを垂れることもなく。

 だからこそ、女官長はやつになる。どうにかして、フェリアをおとしめたい。気落ちさせたい。自身にすがらせたい。そんな思いが女官長のこうげきに表れる。

「では、華が咲くまで……実を成すまで、愛でるかたの来訪はなくても良いでしょうに」

 王の来訪は必要ないだろうと女官長はニヤリとんだ。フェリアもニヤリと笑みを返した。笑みには同じ笑みで。口撃には口撃で。フェリアのモットーである。

「元よりそのつもりだと二カ月半も前にお伝えしましたが、お忘れに?」

 確かにフェリアは二カ月半前に、女官長に言い放っていた。『ここに来たくて来たわけではありませんし』と。女官長の仕返しも、王のお越しもフェリアにとって、どうでもいいことなのだ。

 女官長は、いっさいへこたれないフェリアにだんむ思いである。体をこわばらせまばたきもせず、フェリアをぎようしている。頭を回転させ、次なる口撃を考えている。

 しかし、先にけたのはフェリアだ。

「王様のお越しをじやした方がいいわよ。だって、私はこう言えばいいのですもの。『侍女も居ず、食事も届かない、衣服もなく邸はほこりまみれ、楽しい二カ月半の後宮生活でしたわ』とね」

 女官長は大きく目を見開いた。自身の行った仕打ちが自分に返ってきたのだ。そんなことがマクロンに知られてしまえば、女官長の立場はなくなるだろう。ちようばつものである。

 しかし、フェリアにくつすることをよしとしない女官長は、ギリリとみしフェリアにたいした。

「これだから、田舎いなかものは……女の宮の美徳も知らぬとはなげかわしい。女の宮でのしよぐうを口にするはずべきこと。ご自身のほこりもないのですか?」

 後宮のことは後宮内でおさめるのが美徳と言っている。女官長はふふんと笑った。それに対して、フェリアはうふふと笑う。

「ええ、田舎むすめですから、このような立ち回りしかできませんの。あら、ごめん遊ばせ。そろそろパンが焼き上がりますわ。失礼」

 フェリアは女官長のはんげきも意にかいさず、日常にもどっていった。

 女官長はいかれるこぶしをそのままに、フンッとこれまたきびすかえす。その足は王を引き止めるべく、邸を出てくねった道を早足に進む。そうすれば、フェリア邸に向かっている王と出くわすのだから。

 そして、女官長は見事マクロンを足止めする。邸の管理についての諸問題をうつたえ、31番目の妃邸に向かうのをし続けたのだ。

 やがて、王の元に仕事のさいそくをしに文官がやって来る。女官長のおもわく通り、マクロンとフェリアの最初で最後であろう朝の一時の交流は見送られた。

 しかし、これが女官長のこうかいとなる。一人一人の妃候補らと、きちんと向き合う努力をしているマクロンは、31番目の妃邸へ……夕刻向かうことになったのだ。


 夕刻はやってくる。

 王のお越しの日だということを、フェリアもらも失念していた。女官長をはらい、もう来ないだろうと思っていたのだ……。

 ビンズは急ぎ足でフェリア邸に向かっていた。王の来訪のさきれを告げるために。

 侍女もいないフェリア邸にそれを告げる者はいない。今朝は女官長が行ったが、その女官長のぼうがいでフェリア邸へマクロンの訪問はなくなっている。

 二カ月半前のマクロンであるなら、えんがなかったと邸には行かない判断を下しただろう。しかし、マクロンは努力している。しようがいはんりよを選ぶために。後宮に色んな理由でし上げられた妃らに向き合うために。

「フェリア様、急ぎおえください」

 ビンズは夕食を作っているフェリアの元にけつけた。

 かまの前のフェリアはすすけていた。

「ふへ?」

「王様がお越しになります。急ぎ……湯あみとお着替えを」

 フェリアは思いっきりまゆを寄せた。

「嫌よ」

 そう答え、作業を続けている。

「フェリア様」

「このままでいいわ。これが私だもの」

 ビンズはフェリアをたしなめようとしたが、フェリアはそれを許さない。ふんわり焼けたパンを窯から取り出したフェリアは、煤けた顔で最高の笑みをビンズに向けた。

れいなおひめさまや、ごれいじよう様はきているでしょ。かざるのは、かみにつけたリボンだけ。ドレスも着ず貧乏くじのお妃様の方が王様には楽しくってよ」

 フェリアの髪のリボンが風にれた。みつせいしゆうほどこしたお気に入りのい緑色のリボンである。

 ビンズや担当騎士らは固まった。やはり、規格外のお妃様だと。加えて思う。やっぱり、侍女が必要であったのだと。自分たちでは、このお妃様をごういんに着替えさせられないのだからと。

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